第3話 指名依頼、発動

 冒険者ギルドの歴史の始まりは古い。今から実に、二千転刻ビジン以上前にさかのぼる。


 当時のこの地――フェデォンヴァトーラ大陸はまさに戦国時代。群雄は割拠し竜虎は相争う、数多の国が勃興しては滅亡するのを日々繰り返していた頃だった。


 当時は冒険者という言葉は存在せず、遺跡を盗掘する墓泥棒がいるだけだった(当時、フェデォンヴァトーラのあちらこちらに点在する古代遺跡はみな『墓』とみなされていたのだ、戦のせいで遺跡を研究しようという人々もいなかったので)。そして、遺跡を一つでも根こそぎ盗掘し終えた者は、ほとんどの場合国を興し、新たな勢力として活動し始めるのが普通だったのだ。


 古代遺跡はほとんどの場合、それを可能とするほどの財物を内に秘めている。単純に金銀財宝だけでも一生遊んで暮らせるほどの金額になることが多いし、たいていの古代遺跡はそれぞれ『これぞ』という逸品を身の内に封じているのだ。


 恐ろしく強力な威力を持つ武器防具や、ひとつで戦況をあっさりひっくり返すような魔力を持つ魔法道具。世界を変えてしまう可能性を有する魔法装置や、手に入れたものを人を超えた者に変えてしまう術式。


 そんな代物が当時は山ほど存在していたために、群雄割拠の戦国時代が続いていたともいわれる。なにせ当時ほとんどの国々は、そうやって古代遺跡で得た宝物を元手に国を興したらしいから。


 だが、戦国時代も半ばを過ぎた頃、ある国が『遺跡探索組合』――冒険者ギルドの前身を立ち上げる。


『重要な財産である古代遺跡を保護し、その探索を効率化するため』『遺跡探索者たちを支援し、無事帰還する人々の数を増やすため』――というのを名目にして、新勢力の誕生を防ぐための一策だった。


 帰還する探索者の数が増えれば、最終的に遺跡を踏破する人間が持ち帰ることができる財物は当然少なくなるし、探索を支援し続けていれば、とんでもない効果を持つ宝物が持ち帰られた時に、なんのかんのと名目をつけてそれを取り上げやすくなる、という見込みで行われた、自国の安全を少しでも高めるための数多の策略のひとつだったのだ。


 が、その計略は、見事に大当たりした。というか、この企みを考えた人々の意図するところとは別の方向に、予想をはるかに超えた大成功を収めたのだ。


 遺跡探索者たちの中には本気で新勢力を興し、周囲の国家を打破しよう、と考えている者たちもいたが、大半は戦に倦んで疲れ果て、食べていくことすら難しくなって最後の望みを遺跡探索に託した者たちだった。そんな奴らにとっては、探索を支援――必要なものを安値で売ってくれ、持ち帰った財物はすぐに現金化してくれる、そういう組織があるのはありがたいことでしかなかったのだ。


 遺跡探索組合は一時国の屋台骨を揺るがすほどの費用を国庫から奪い取りもしたが、順調に組織が回り始めると、国の金蔵を満杯にしてもまだはるかに余るほどの利益を国にもたらした。そんなものを他国が黙って見ているはずもなく、周辺各国もこぞって真似を始め、おおむね同様の収益を得ることに成功する。


 どこの国もみんな金持ちになったならば、戦争で他国から富を奪う必要もなくなり、戦国期は次第に収束する。遺跡探索組合が(誰もそんなつもりでやっていたわけでもないのに)フェデォンヴァトーラの国々を安定期に導き、平和をもたらしてしまったわけだ。


 そこでさらに各国は共謀し、遺跡探索組合を『冒険者ギルド』と改名して、所属する者たちを『冒険者』と定義する。ここに所属する者でなければ遺跡探索に加え、悪性領域も探索を禁ずると明言した上で、『冒険者』たちを国家の枠外にある戦力として位置づけたのだ。


 それは『冒険者』たちが、組合の支援を受けてなんとか遺跡探索を無事続けていった結果、数も質も決して無視できないほどの戦力となってしまったことを理由とする。


 数人単位で一隊を組み、強力な魔物や強烈な罠を退けて生き延びた『冒険者』たちは、能力的には潜入工作隊の精鋭に匹敵しただろう。そんな連中が数多存在することも、そいつら全員が個人の自由意思で勝手に動くことも、国を統治する側としては肯んじえなかったのは理解できる。


 それを無理やり国家組織に組み込むのはほぼ間違いなく激しい反発を招いただろうし(なにせたいていは『国家に救われなかったから冒険者になるしかなかった』連中なのだ)、そもそも基本常に非常事態の連続である遺跡探索を職分とする『冒険者』たちは、上意下達を旨とする軍隊組織と相性が悪すぎる。


 そこで、『冒険者』を職業としてある程度の職業的な保証と保障を行うと同時に、何でも屋的な仕事――国民の依頼から発する問題解決業を職務の一環として加え、場合によっては国庫から褒賞に補償するということも明言した。つまり、動かすだけでも金が相当にかかる軍では対応しきれない諸問題に対処する戦力として、ある程度首に縄をつけて、便利に使おうとしたわけだ。


 これも図に当たった。というか当たりすぎた。


 冒険者たちは、かつての自分たちのように、国家に無視されかけている民人を助ける(そして報酬をもらう)仕事に心血を注ぎ、その仕事に練達した。彼らは国民の身近な護り手となり勇者となって、子供の憧れる存在となり、職業としても自分の口を糊する程度の金は稼げる仕事として認知された。


 結果、軍の大多数を占める、雑兵として大量に『使われる』ような人材――若さと体力の有り余った、あるいは戦闘技術しか手に職のない連中がどんどんそちらに流出していってしまったのだ。


 各国の軍備はじわじわと弱体化し、この機会を逃してなるかと文官たちも暗躍して、多くの国で文治勢力は一気に向上した。相対的にも文官たちの権力は強化され、フェデォンヴァトーラでは国府の仕事の大半は『軍事的でない』ことが一般的になった。


 まれに軍部が権力を握り、軍備を拡張させ周囲の国々に打って出ようとする場合もあったが、大半の場合そういう国は国民が、あるいは戦争を仕掛けられる側の国が、冒険者ギルドに依頼を行って『戦争が行えない』ようにしてしまう。民人の身命を護るために、無益な戦争を『起こさせない』ようにするのは、『民の護り手』とされる冒険者ギルドの重要な仕事のひとつである、と考えられたわけだ。


 そんなこんなで冒険者ギルドには、腕っぷしに自信がある者、冒険という試練で自らを鍛えぬくことを目指す者、一生遊んで暮らせるだけの金を稼ごうとする者等々、方々から種々雑多な人々が集まってくるわけだが――そのすべてが成功者として大成するかというと、当然ながらそんなことはない。


 いかに冒険者ギルドが手厚く冒険者を保護しているといっても、命懸けの働きが常態という仕事だ、冒険者の引退事例の数割はいまだに死亡によるものだし、強烈な恐怖などの精神的な打撃を受けて二度と剣を握ることもできなくなる、なんて人も多い。


 それにたとえ一生冒険者を続けられたとしても、やはりその大半は『うだつの上がらない』と称される連中で、自分の口を糊するだけの仕事を続けていくのがやっと、という者たちも多いのだ。当然そういう連中は大きな依頼を請けることもできないので、名誉を糧に自己満足を得ることもできない。それこそ『うだつの上がらない』一生を、嫌々ながら続けていくしかないわけだ。


 ヒュノが仕官を夢見ているのも、その事実を父親と旅している間中幾度も思い知らされたことが大きいらしい。それなりの身分の騎士の従士にでもなれれば、一生で稼げる平均金額は圧倒的に高くなる。おまけに騎士さまのおまけにしろ領民たちには頭を下げてもらえる、というわけで、将来の士官を夢見ている奴らはけっこう多い。


 ロワは、こういう知識を、冒険者ギルドに所属するための試験勉強の時に学んだ。『冒険者ギルドの歴史』は試験の中でも必須項目だ。つまり、冒険者なら誰でも知っている知識ということになる。


 ……始まりから長い年月を経て、冒険者たちや冒険者ギルドに対する世間の目も、冒険者たちの自己認識も変わった。戦そのものが、ほとんどの地域で、遠い歴史の中にしか存在しなくなっている昨今では、冒険者たちへの一般的な認識はよろず厄介事の請負業者であり、民人たちの生活の下請けだ。『戦の技しか能のない奴らの吹き溜まり』と称する奴らもいるほどで、少なくとも冒険者になれたからといって人に尊敬されるわけではまったくない。


 冒険者ギルドはその事実を隠すどころかむしろ積極的に喧伝し、教示している。それを理解した上で冒険者をやろうとする人間のみを集め、選別しているわけだ。そうしなければならないほど冒険者志望の人間――腕一本で稼ぐしか道のない人間というのは数多いわけで。


 なにせ、戦がほとんど起こらなくなったがために、フェデォンヴァトーラの人口は二千転刻ビジン前とは桁が三つは違うほどに増えている。その増えた人口の隅々にまで教育を行き届かせるなど並大抵の労力ではできないし、全員が満足するだけの食料を生産することも並大抵ではない。


 そしてそういう状況ならば、知識や食料、そして富をできる限り独占してやろうという奴も増えるわけで、国を支配する文官たちや豪商たちの間では、すさまじい足の引っ張り合いが行われているそうだ。そしてその結果没落する家も多い(ネーツェの家のように)。


 そんな状況下でも、戦というもの自体を長年遠ざけていたために、戦という概念そのものに拒否感を抱く人間は多く、戦によって自国を富ませようとする国に対しては、周辺諸国がよってたかって優秀な冒険者を雇って、内側から戦ができないように潰してしまう。そしてその冒険者たちがその国の国民からも英雄扱いされるほど、たいていの地域で戦に対しての拒否感は激しい。


 だからこそまれに戦が起こっても人口はほとんど減らず(そしてその『ほとんど』でない部分にロワの故郷の人々が含まれていたわけだ)、食うに困って冒険者になろうとする人間は増え続ける、というわけだ。


 つまり、要するに、自分たち程度の冒険者はそれこそ一山いくらで存在し、冒険者ギルドからもほとんど個別認識はされていないだろう、ということなわけなのだが。


「…………」


「…………」


「…………」


 早朝から数多くの人が行き交う大通りの石畳を、かつかつと踏みしめながら闊歩するエリュケテウレの背後で、ロワたちはこそこそと視線を交わした。(指名依頼って、俺たちに?)(そんな依頼本当にあるのかよ)(まさかギルドが所属冒険者をたばかりはしないだろうが……)という感じの進展のない会話を幾度も無言で繰り返しているわけだ。


 なにせ冒険者になってこの方ずっと、貧乏暇なしを得に描いたような最下層冒険者を続けてきたのだ。ギルド支部で何度も顔を見た相手とはいえ、『本当に自分たちに指名依頼が来るのか?』と疑いたくなるのは当然だろう、とロワとしては思う。


 指名依頼というのは、通常の依頼よりも、指名された冒険者に指名料が入る分依頼人の負担は割り増しになる。その上で特定の冒険者を指名して依頼するというのは、少なくとも一般的には、名の知れた実力派冒険者に頼むことで、『なんとしても依頼を完遂してもらいたい』という要望に応えることを目的とするもののはずだ。


 これまで依頼を完璧に遂行できたことがほとんどない、当然ながら知名度もまるでない自分たちに指名依頼がくるなど、普通に考えたら詐欺以外の何物でもない、はずだ。


 だがエリュケテウレはずんずんと大通りを進み、自分たちとエリュケテウレの所属する、ゾシュキーヌレフ冒険者ギルド北大路地区第七支部へと入っていく。まだ早朝であることを差し引いても、ギルド内は閑散としていたが、エリュケテウレはそれを気にも留めない様子で階段を登り、二階の個室の扉を開けた。


「どうぞ、中へ」


「は、はい……」


 温度の感じられない視線にびくつきながらも、ロワたちが揃って中に入ると、エリュケテウレは最後に入ってきて扉の鍵を閉めた。そんなに機密性の高い依頼なのか、とロワたちの間に言葉にならない動揺が広がったのを感じ取ったのか、冷たい無表情のまま静かに首を振る。


「ご心配なさらず。これは単に、私的な情報の保護の必要性を鑑みた結果にすぎません」


「は、はぁ……?」


「どうぞ、お座りください」


 エリュケテウレが示したのは、小さな個室相応の小さな机の片側に、ぎゅうぎゅう詰めになっている五つの椅子だ。これって自分たち用に椅子を用意してくれたってことか、と少し感動しながら、仲間たちそれぞれと共に椅子を引き出して腰を下ろす。


 エリュケテウレは、自分たちが腰を下ろしてから、その対面にひとつだけ据えられた椅子に座り、自分たちを真っ向から、斬りつけるような視線で見つめ、告げた。


「それでは、依頼についてご説明いたします」


「は……はい」


「今回の依頼は、ゾシュキーヌレフから徒歩で三日刻ジァンほどの距離にある小村、リジを占拠した魔物の排除です」


「え……えぇと?」


「魔物の排除、ですか?」


「はい」


「ええと、その……どんな魔物を、ですか?」


「指名依頼ってことは、やっぱりなんか、すっげーつえぇ魔物とかだったりするんすよね?」


「いいえ。基本的な討伐対象は、ゴブリンです」


『………へ?』


「ご、ゴブリンって、あの? 初心者冒険者御用達の、すげぇ勢いで増える代わりに力も頭も人間のガキ程度な、小鬼の?」


「はい。そのゴブリンです」


『………………』


 さっき同様、エリュケテウレと目を合わせないようにしながら仲間内でこそこそと視線を交わす。(え、いやなにこれ)(なんだこれ)(ギルド支部まで連れてきて詐欺?)(いやそれはさすがに)と視線で相談する――が、エリュケテウレはそんな言葉にできない不安をあっさり一刀両断した。


「当然ながら、ただのゴブリンではありません。本来なら冒険者として最低限の実力しか持ち合わせていない方々に割り振るような相手に指名依頼を出さざるをえなかったのは――彼らが彼らの神より賜った、恩寵にあるのです」


「……神からの、恩寵」


 一瞬、びくりとした。叩き起こされてから即座に連行されてきたので思い出す暇がなかったが、昨日ロワは、夢の中で女神エベクレナと邂逅したのだ。


 いやあれ本当に女神さまだったのかな、自分の妄想だったのかも、などと考えてしまう自分もいたが、逆にロワ程度の精神力でいくら妄想したところで、あの圧倒的な神威をまとった女性が描き出せるとは思えない――などと考えている間にもエリュケテウレの話はどんどん進む。


「ゴブリンたちの奉ずる邪神の一柱に、邪淫と加虐を司る、ウィペギュロクという神がいるのをご存知ですか?」


「えっと……」


「もちろんです」


 眼鏡を押し上げ、口元に笑みを浮かべ、『得意満面という表情をできるだけ隠そうとしている』のを絵に描いたような顔でネーツェが答える。ロヴァナケトゥルゥガの智の学院出身であるネーツェは、たまにこうして自身の知識を全力でひけらかそうとする時がある、が。


「そうですか。それではウィペギュロクが信者に与える加護に、どのような効果があるかも?」


「う、い、え、いや、その、そこまでは……」


 中途退学した一生徒にすぎないため、専門的な知識の話にまでなるとついていけないので、真っ当に知識人と呼ばれている人々と話すとすぐにボロが出てしまう。


「そうですか、それでは詳しくお話ししましょう。ゴブリンやオークといった者たちが、我々『人』と呼ばれる者たちの敵対者として扱われるのは、彼らの奉ずる神々が、我々の奉ずる神々の敵対勢力、『邪神』であるから、ということはご存知ですね?」


「は、はい……」


「まぁ、それくらいは……」


「邪神はさほど数が多くなく、勢力的には我々人の奉ずる神々の方がはるかに優勢であるとされています。ですが、数が少ない分、信者たちに濃密な祈りを捧げられており、一柱の有する御力そのものは人の奉ずる神々より強いといわれ、事実信者に与える恩寵も、人の奉ずる神々が一般の信者に与えるものよりも強力な傾向があります」


「はぁ……」


『恩寵』と呼ばれる神の恵みは、たいていの場合信者に、術法や術式の形で与えられる。術法は術の法理であり、術式は術の方式だ。ロワの知る限り、熱心な信者にまずなんらかの術の一体系の概念や知識――術法を与えたのち、信仰を深めるごとに個別に様々な術の発動・使用方法――術式を与える、というのが一般的な『神の恩寵』となる。


 もともと遡ればほとんどの術法は神々から神託という形で与えられたもの(ロワの召霊術も、ジルディンの浄化術も)。それを周囲の人々に広め、術法としての再定義――いかなる法則に則りいかなる世界を動かすものか等を定義しなおし、いかなる方法で発動するか等を技術・学術的に確認調査を行って、誰でも扱える技術として発展させることで、世間に『術法』と認知されるのだ。


 そうして定義された術法は誰でも学び使うことができるし、それが当たり前のやり方だが、『術法』として成立したのちも、その術法を与えた神、そしてその神と神話的に連なる神々は、熱心な信者に学習の階梯をすっ飛ばして術法や術式を与えることがある。ジルディンもその口で、年若いうちから『恩寵』を与えられた天才神官の一人、と神殿内では扱われていたのだという。


 だが、そういった『恩寵』は、基本的に一方的に神から贈られるもので、神との対話を可能とするものではない。真に神託を受けた者は、そういった一般化された術法とは在り様の異なる、『神の加護によって発動させることができるきわめて強力な力』というものを有している、ということもロワは知っていた。


「つまり、強い恩寵と加護を与えるに足ると邪神が認めた信者は、それこそ社会を揺るがすに足るほどの力を得る可能性がある、ということです。今回リジ村に現れたゴブリンたちには、そういった存在との関連が、ほぼ確実とみなしてよいほどの確度で認められました」


「え……と、つまりそれはその、どういう……」


「バカ! わかるだろそんくらい、新しい邪鬼が出たってことだよ!」


『げっ……』


 仲間たちが声を揃えて呻く。ロワも思わず絶句せずにはいられなかった。邪鬼と呼ばれる、邪神に深い寵愛を受けた〝邪なる者〟は、数転刻ビジンに一度程度の割合で、大陸のいずれかの場所に、無作為と思われる出現率で現れる。


 たいていの場合、同族の他の勢力を併合し、神に与えられた力を駆使して大勢力を築き上げようとすることが多い。当然その過程では多くの人が犠牲になるし、大勢力を築くほどになれば、ほぼ確実に複数の国家と衝突して大戦争になる。現在フェデォンヴァトーラ大陸でほぼ唯一と言っていい、現在進行形の『高確率で起こりうる戦争』だ。


 なので冒険者ギルドは邪鬼の発生を常に警戒しているし、その発生が認められれば八方手を尽くして(国家からもありったけ資金を搾り取り)、なんとか邪鬼を征伐すべく全力を尽くす。民人の護り手という冒険者ギルドの存在意義に関わるのみならず、邪鬼が大勢力を築けば国家そのものが非常事態態勢に陥るため、民人のほとんどが戦争以外のことに気を回す余裕がなくなる≒冒険者に依頼を行う人間が激減するからだ。


 ちなみにいうと、ゴブリンやオークといった邪神を奉ずる種族(人間の中にも邪神を信仰する者は存在するが、種族を挙げて信仰している者たち)を総称して、邪鬼の眷族と呼ぶ。邪鬼は必ずしも彼らの中から現れるわけではなく、人間や獣がその力を得ることもあるのだが、割合でいえば彼らの中から現れるのが圧倒的多数だからだろう。


 なので、邪鬼の発生の可能性が認められた以上、冒険者ギルド全体が一気に非常事態態勢に移行するだろうことは、ロワたちにも予想できる――のだが。


「え? ………あれ? するってー、と……」


「あ、あの、エリュケテウレさん。つまりそれは、その……」


「……俺たちに、邪鬼征伐隊の一翼に加われ、と……そういうこと、なんですか?」


 おずおずと、それでも期待を殺せずに訊ねた自分たちに対し、エリュケテウレはあっさり首を振る。


「いえ、違います」


『うぐっ……』


 予想していた事実ではあるが、あまりにあっさり否定されて自分たちが揃ってへたるのを気にも留めない風で、エリュケテウレは続けた。


「ゴブリンの移動経路の特定をはじめとした、邪鬼に対する情報収集は、ゾシュキーヌレフの全冒険者ギルドの精鋭たちが協力して行い、ほぼ特定が可能となりつつあります。あなた方には、発生したゴブリンたちそのものの排除をお願いしたいのです。邪鬼の眷属たちから情報収集が不可能なのは、経験則とはいえほぼ確定事項として周知されていますから、邪鬼の情報に関して気を使う必要はありません」


「はぁ……」


「いや、ですがそれは指名依頼にするほど……あ、いや、そうか。邪神の恩寵を受けてるんでしたよね……邪鬼から与えられたと思しいものを」


「はい。その恩寵とは、『特定の条件を満たした者でなければ傷をつけることができない』というものでした。しかもそれは冒険者、のみならず戦いの場に立つ者の中では非常に希少とならざるをえない条件であり、その上条件の達成ではなく、不可逆な未達成条件を満たしている者のみに資格を与えるというものでしたので、この恩寵を与えられた者は、たとえゴブリンだとしても、やすやすとは討伐できない敵手となるのです」


『へ、へぇ~……』


 どんな条件かはともかく、『冒険者の中でもほとんどいない条件を満たしている』という事実にちょっぴり自尊心をくすぐられ、そわそわっとした空気が仲間たちの間に流れる。


 ――そこに、エリュケテウレは微塵の容赦もなく告げた。


「なので、改めて確認しておきたいのですが。あなた方は童貞ですか?」


『…………は?』

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