第10話 魔女の誕生

ちょうど日付が変わるくらいの時間だった。


窓に突き刺さるような強い雨音が鳴り響きはじめる。


ランプの明かりを消して、ちょうどとこに就こうとした頃合いに、雨音に混じって軽快な足音が近づいていく。


勢いよく扉が開くと、銀の髪を靡かせながら満点の笑みを浮かべる少女が姿を表した。


「リア! 嵐よ!」


「えっ?」


「だから雨降ってるじゃない! なかなか強いやつ!」


「ああ! そういうことね! えーっと、じゃあ……やる?」


「うん! やりましょう! 私達の真技を!」


レアは私の手を引いて早足で歩いていく。


「あ、レア! ちょっと待って」


「ん?」


「寮母さんがいるかもしれないから、玄関は静かに通りましょう?」


「そうね、ここからはゆっくり行くわ」


曲がり角から半分だけ顔を覗かせて、誰もいないことを確認すると、そろりと玄関口へと向かう。


ドアノブに手をかけたが、やはり鍵がかかっていた。


「閉まってるわね……」


「任せて」


どこからともなく針金を取り出すと、いくらか捻じ曲げてから鍵穴に差し込む。


器用に調整するとものの数秒でカチャリという気持ちの良い音が聞こえた。


「ビンゴ」


「さ、さすがね」


「ウフフ、まあね。今日は調子がよかったわ。最速記録更新かも」


「ここ開けるのはじめてじゃないのね……」


「うん、たまに眠れない時は散歩してるの。夜風が気持ちいいわよ?今度リアも一緒に行きましょう?」


「う、うん、今度ね。でも今は早く外に出ないと」


「そうね」


外に出るとかなり雨風が強かったので、庭にある離れの東家あずまやで準備をすることにした。


壁はないけれど雨を凌ぐには十分だ。


レアは手際よく箱を組み上げて、中に術式を展開する。


次いで雷の魔法から分離した術式を彫りこんだ板を側面に挟み、準備が整った。


「よし、これでバッチリね」


「大丈夫かな……教会にバレたりしないよね?」


「それは分からないわ。結構、派手なことやるから、少なくとも調査は入るでしょうね」


「そう……よね」


「やめる?」


「えっ?」


「ほら、ここまでやるかはリアに任せるって最初に約束したでしょう?もしリアがやっぱりやめるって言ったら私もやめる」


「……」


「どうするの?」


「私……」


「?」


「レア、あのね……私が魔法で人を殺めたことがあるって噂……あれ本当なの。今は何故だかその時のことはあまり思い出せないんだけど、その時使った魔法は、私が好奇心から内緒で習得した、この雷の魔法だったことは覚えてる」


私が話はじめるとレアは箱を置いて静かに聴いてくれた。




それで教会に捕まったのだけど、あの時、本当なら私は殺されるはずだったんだ。けど殺されたのは私じゃなくてパパだったの……私が身勝手にパパの蔵書を盗み見て覚えた魔法なのに、パパは自分が教え込んだのだと嘘をついて、私の罪を背負って代わりに処刑された。


私が余計な好奇心を持たなければパパは死なずに済んだはず。だからもう教わること以外、何かを知ろうとするのはやめようってずっと思ってた。


けどね、レアに会ってから、色んなことを一緒に探求するようになって、それがとっても楽しくて……久しぶりに生きた心地がしたわ。本当に感謝してる。


だけど、こうやって好奇心に身を任せていたら、また破滅が訪れるのではないかって思うと、本当に恐ろしくてたまらない。もしこれでレアが捕まったりなんかしたら、今度こそ私は耐えられないと思う。だから……。





その先の言葉が見つからず俯いていると、レアは私の頬に手を添えて顔をあげさせた。


そのまましっかりと目を合わせるとにっこりと笑いかけた。


「リア? 私はね、真理を探求するためなら命なんて惜しくないのよ?」


「えっ?」


「所与の知に甘んじて何も探求しない人生なんて……そんなの生きているとは言えないわ。ただ存在しているだけよ」


「……」


「私のこと、心配してくれてありがとう。でもごめんなさい。私は生きるために死ぬかもしれない危険を犯しているの。この世にただ存在しているだけの人生になるなら、それこそ死んだ方がまし。だから、たとえこの先で命を落としても、それは私の本望なのよ」


その一点の曇りのない眼差しからは、レアの覚悟を感じさせられた。


「リア、ここまで私に付き合ってくれてありがとう。今私が進む道の先には死が待ち受けているかもしれない。だからここから先ははもう……」


「いや! だめっ! 私も行くっ!! レアと一緒に!!!」


辺りに響く強い雨音に負けないくらいには声を張り上げだと思う。


「今の話を聞いてレアのこと、止められないって分かった。けど、止められないのならせめて一緒に進みたいの!例え死ぬことになったってレアと一緒ならそれで……私、レアのこと、この世界のこと、もっともっと知りたい!」


「リア……ありがとう。私もリアと世界のこともっと知りたい。だから……」


「うん! 落とすわ! 特大のやつ!」


「ウフフッ、やりましょう。私たちの力で」






レアが聖魔法を発動させると、箱の中身が発行し、側面から光線が飛び出した。


鉛色の雲に向かってまっすぐと伸びていく。


「すごい!」


「ま、私は聖女様ですからね」


得意げな顔つきに写るその微笑みは紛れもなく聖女のそれなのだが、やろうとしていることは魔女の悪戯である。


「じゃあ次は私の番ね」


魔力を込めると術式が起動する。


「わあ……」


時折光る稲妻に交じって輝く魔法陣は荘厳な風景を作り出していた。


「リア、お願い!」


「うん!」


術式を展開すると回転しながら空に魔法陣が広がっていく。


私は静かに詠唱をはじめた。


とどろけ閃光、踊れ雷轟。輝ける龍よ。そのまったき姿を暗雲ひしめく天よりさらし、地を這う只人ただびと共に、汝が威を示せ……」


「……」


唱え終えるとしばらく静寂がその場を支配する。


失敗したのではないかと、私はちょっと心配になってしまい、詠唱に間違いがなかったかどうかを必死に思い起こしていた。


その一方でレアは落ち着いた表情で、天を仰いでいる。まるで私たちの魔法が成功すると確信したかのような面持ちだったので、少し安心させられた。


私も一緒に空を見上げると、黒い雲が中心へと収束していく。


その渦が小さくなると、凄まじい轟音と共に巨大な稲妻が天を貫いた。


私はびっくりしてすくんでしまったけれど、レアは相変わらず静観している。


雷鳴が響き渡ると、ようやく成功したのだと実感し、胸が躍るような気持ちになった。


この喜びを分かち合おうとレアの方に振り向くと、その青い瞳から一筋の涙が流れ落ちる。


私と目が合いそうになるとその涙を隠すように下を向いて、傘も持たずに東家から駆け出していた。


「レア!?」


私も後を追って飛び出す。


「フフフッ……」


「レア……?」


「やった! やったわ! アハハッ!!」


普段の大人びた雰囲気を持つレアからは想像もつかないくらいに無邪気な表情で歓喜の声を上げた。


「うん! やったわね!」


「リア! もう一回! もう一回やって!!」


「うん!」


再び魔力を込めるとさっきよりも大きな雷轟が響き渡る。


「キャハハハッ! 光った! 落ちた! 私達の雷!」


「うん! 私たち、やったわ!」


「もう一回! リア! もう一回やって!!」


「よしきた!」


今度は三本連続で落雷を起こしていく。


「すごい! すごいわ! リア! 神様みたい!」


「ありがとう! 聖女様のおかげね!」


「アハハッ! もう聖女なんてやめるわ! 私達は魔女よ! 魔に魅入られた乙女! 神なんかあてにしないわ! 奇跡を起こすのは私達!そう、私達よ!」


「そうね! 私もやめる! やっぱり恭順なんて無理だった! 知りたいことを知って、起こしたい現象を起こすの! それが奇跡だろうとなんだろうと!」


「最高!! 最高よ!!!」


私たちは興奮で完全に我を失っていた。


「リア! 次はあっち!」


「任せて!」


今度はありったけの魔力を込めて天に漂う魔素を操作する。


巨大な閃光がバチバチと音を立てながら聖堂の屋根を飲み込んだ。


「見て! 十字架が黒焦げ!」


「アハハッ、ほんとね!」


建物のてっぺんにある鉄の十字架が避雷針となり、落雷が直撃していた。


雷の熱で焼けただれたためか、随分と形が不恰好になっている。


さすがに後から考えるとやり過ぎた気はするけれど、この恍惚感をレアと分かち合うことができたので全く後悔はしていない。


その日はレアと一緒に豪雨の中、ずぶ濡れになりながら何度も雷で遊んだ。


この時のことを思い出すと今でも心臓がドキドてくる。きっと前世も含めて、人生の中で最も尊い時間であったと思う。


例え危ない橋であろうとも、真理がその先にあるあるのなら、レアと共に渡っていこう。そんなふうに決意が固まった日であった。

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学級崩壊からはじめる世界崩壊 トバリ @tobary

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