第9話 不眠

「ウフフッ、そんなに緊張しなくていいのに。言ったでしょう?リアが困ることはしないから」


「そ、そう? じゃあ……何をすればいいのかな?」


「来月の帰省期間にさ、うちに泊まりに来てよ?お願いはその時にしようと思って」


「えっ! レアのお家? いいの? 私なんかがおじゃまして……」


「もちろんよ。リアに来て欲しいの。他に友達なんて呼んだことないんだから」


「そうなんだ……じゃ、じゃあ行く!」


家に招くのは私がはじめてだと聞いて、ちょっとテンションが上がってしまった。


「あっ、でも、レアの家って大聖堂の方だよね。洋服とかどうしよう」


「大丈夫よ。いつもの格好でも。まあ制服が無難かしらね」


「わ、わかった! あの……パジャマとかは!? 私、すっごくダサいのしかないよ!?」


「フフッ……アハハハッ!」


私の話を聞いて、レアは高らかに笑い出す。


「な、なによ……」


「だってリアがおかしくて! パジャマなんてなんでもいいじゃない!」


「……だってレアに変な格好見られたくなかったんだもん」


「ウフフッ、そんなに気になるなら私の貸してあげる。だから心配しなくてもいいわよ」


「そう?じゃあ、わかった……」


「それじゃあ決まりね! リアとお泊まり、楽しみ」


「わ、私も……楽しみ」


「ちなみにリアは私に何をお願いしようとしていたの?」


「えっ! い、いや……」


「ん?」


レアは不思議そうな表情で私の顔を覗き込んだ。


「なんというか……もうほとんど叶っちゃったっていうか……」


「教えてよ? 気になる!」


「そ、その……今度の休日とかに……レアと一緒に過ごしたいな……なんて……」


「えっ? そんなこと?」


「う、うん……」


「じゃあデートしたいってのがリアのお願い?」


「ま、まあ、二人で行くならね」


「そんなの、別に勝負なんかしなくたって一緒に行くのに」


「ほんと?」


「ウフフッ、やっぱりリアかわいい……そんなに私のこと好き?」


「えっ! いや、その……好ましくは思ってるけど……そ、それよりさ! 円環の術式、ちゃんと分離できたね」


「あー、話そらしたー!」


「そ、そらしてなんかないもん……」


「ごめんごめん、ちょっと意地悪だったわね。ひとまず今回の実験で他人の魔素を操作できることが確認できた訳だから、いよいよ雨雲が内包する魔素を利用して雷を落とすのも現実的になってきたことになる」


「そうね」


「リアの雷の術式を同じ調子で解析すれば、どうやって魔素を組み合わせれば電気に変換できるのかが分かるはずだから、そこを重点的にやりましょうか?」


「うん!また勝負するの?」


「いや、魔素の組み合わせについてはリアに読解してもらって、私は空に術式を展開する方法を考えてみる。ちょっとあてがあるのよ」


「そっか」


「また勝負したかった?」


「まあ、負けっぱなしなのは悔しいし……」


「勝ったら私とデートにいけるもんね?」


「ま、まあ……うん、そうね……いきたい」


「フフフッ、私も」


この世界では自由な時間というのは極端に少ない。


特に大人になるにつれ、私たちの魔力が高まっていけばいくほどに、生活が管理される機会は多くなった。


中等科から全寮制になるのも、実のところ生徒の管理が目的であると、レアと私は睨んでいる。


そんな中で貴重な自由時間を私との時間に割いてくれるというのは、なによりも嬉しいことだった。








実験が成功してから約一週間、私は雷の魔法の術式から魔素の制御機構を分離することができた。


私はこのことをいち早く伝えるため、同じ寮にあるレアの部屋に行く。


「レア! 電気を生み出す魔素の構成が分かったわ! 術式もほとんど書けた!」


「フフフッ、さすがね。私もだいたいできたわ」


カバンから妙な木箱を取り出した。


「なに? それ」


「空に術式を展開させる装置よ」


蓋を開けると中はただの空洞になっていた。側面は外れるようになっており、取り出して見てみると術式が彫られているのが分かる。


「これは魔法陣? 前に分離した円環の術式よね」


「そう、これはテスト用なんだけど、暗いところでこの箱の中に光源を入れると、彫りこんだ術式を壁にマッピングできるの」


部屋の灯りを消して、箱にランプを入れると、確かに魔法陣が壁に投影された。


「おお……」


「こんな感じで手の届かないところに術式を書ける訳なんだけど、もちろんこれだけだとまだ十分とは言えないかな」


「んーそうね。さすがに雨雲までは届かなさそう」


「うん、空に届くくらいに強い光が必要なわけだけど、幸い私は教会の出だから聖魔法は得意なのよね」


「そうなんだ。私、聖魔法なんて見たことすらないわ」


「魔公教会の中でも一部の人にしか伝えられないからね。私は小さい頃から仕込まれてきたのだけど」


「さすが聖女様」


「リアにも教えてあげよっか?」


「え、そんなの外に漏らしちゃっていいの?」


「まあだめだけど、結構便利なのよ? 光の魔法を使えば消灯後にもこっそり布団の中で本が読めるわ」


「それはちょっといいかも」


「最近は術式の投影に使えそうな文献を漁っていたのだけど、夜通しで読めたのも聖魔法のおかげよ」


「そっか。でもレア、ちゃんと寝てる?」


「んー、まあだいたい3時間くらいは寝てるから大丈夫よ。あっ……でも昨日はもう少し短かったかも……」


「えっ! 短いって! だめだよ、ちゃんと寝なきゃ!」


「そ、そうかしら……?」


「一日、6時間くらいはちゃんと寝なきゃだめ! レア、綺麗なんだから、寝不足で肌荒れなんかしちゃったらもったいないじゃない」


とは言ったものの、きょとんとした顔で私の話を聞くレアの肌は、雪のように白く透き通っていた。


「フフフッ、心配してくれてありがとう。でも、私、昔から夜はあんまり寝れないのよ。目を瞑っていると色んなこと考えはじめちゃって……それで気を紛らわそうとして本を読み始めるんだけど、読んでるとだんだん夢中になってきちゃって、気づいたら雀の鳴き声が聞こえてくるのよね。何かよく眠れるいい方法ないかしらね?」


確かにレアは常に色々なことを思考しているから、それを止めてゆっくりと眠るのが難しいのだろう。


「んー、ベタだけど羊を数えるとか?」


「やったことあるわ。因みに12427匹が最高記録よ。一昨日更新したの!」


何故だかやけに誇らしげな顔をしている。


「い、いや、レア……眠るのが目的なのに記録更新してどうするのよ……というかちゃんと無心になって数えてる?」


「いや、途中から数字が素数かどうかとか考えながら数えていたかしら。ただ数えてるだけなんて退屈だもの」


「うん、よく分かったわ。羊を数えるのはだめね。レア、向いてない」


「そ、そうかしら」


「うん、きっと羊もひたすら行進させられてまいってるに違いないわ……他の方法を探さなきゃだめね。んー、催眠グッズとかどうかしら」


「睡眠グッズ?」


「うん、枕をちょっといいのにしてみるとかでも結構変わると思うのよね。ほら、寮の枕ってちょっと低いから、顔の小さいレアにはあんまり合ってないかもしれないなって思うのよね」


「なるほど。いい枕があるといいのだけど」


しばらく頬に人差し指を当てて、考えるそぶりをすると何かを思いついたような表情をする。


そしておもむろに私の方に近寄ると、寄りかかるようにして抱きついてきた。


「えっ! ちょ、ちょ、ちょっと!?」


「あったかい……」


心地よさそうな声で囁いた。


「ど、どうしたの……?」


「ん? 抱き枕……」


「えっ、それ私のこと?」


「リア……柔らかい……」


私がしばらくあたふたとしているとスースーと可愛らしい寝息が聞こえてきた。


「えっ? レア?」


「……」


返事がない。


「おーい」


完全に入眠していた。


「やっぱり寝不足だったんじゃない……」


ついついレアの艶のある髪を触りたくなって頭を撫でてみる。


いつもはどこか達観し、大人びているレアだったが、この時ばかりは無垢な女の子に思えた。


「疲れてたのね。全く、無茶するんだから」


起こさないようにゆっくりとレアをベットに寝かせる。


「レア、いつもありがとう。おやすみなさい」


隣で寝そべりながら、その綺麗な寝顔をじっと眺めていると、知らぬ間に私も眠りに落ちていた。










「リア? リアー?」


「んん……」


少しずつ意識が戻ってくる。柔らかな感触につつまれて、とても心地がよかった。


「ほら、起きて?」


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