第8話 八方美人
「リアの方は調子どう? 解読進んでる?」
「んー、まあまあかな。やっぱり魔力を魔素に変換するロジックがまだ感覚的にしか理解できてないんだよね」
「確かにあそこはちょっと難しいかも」
「あとさ、よくよく見ると無駄というか、意味のない処理が見つかることない? そのせいで術式が読みづらいのよね」
「うん、あれ不自然よね」
「教会の公式魔法にしてはずいぶん粗末な感じ」
「まああれはダミーの処理だと思う」
「ダミー?」
「ほら、本当は天に魔力を捧げることになっているから、そういう処理をしているかのように見せかける記述を入れているのよ」
「なるほど、そこまでは気づかなかったかも」
「まあ術式の可読性が落ちるのは大変だけど、わざわざ隠しているという痕跡を私たちが見つけられたというのは大きな収穫だと思うわ。これでますます表向きの魔法原理が間違っていることに確信が持てるもの」
「そうね! あー早く解読して自由に構築してみたいなーレアの方はどの辺までできた?」
「そうね、リアよりちょっと進んでるかも」
優越感をあらわにしながらニッコリと微笑んだ。
「えー、はやいなー。私も結構進んでる方だと思ってたのに……」
「リアとの約束のおかげで妙にやる気でちゃうのよ」
「約束って……私にどんな命令するつもりなの?」
「それは秘密。私が勝ってからのお楽しみ」
人差し指を口元に添える。
「わ、私も負けないから!」
「ウフフッ、むきになっちゃって……リアかわいい」
「べ、別にむきになんてなってないもん……」
「リアこそ勝ったら私に何をお願いするの?」
「えっ! そ、そっか。どうしようかな」
「あら、まだ決めてなかったのね」
「んー、どうしよう」
「何でもいいんだよ? リアのお願いなら何でも聞いてあげる」
腰を屈めて顔を近づけると妖艶に微笑んだ。
「……何でも?」
「そうよ。何でも……」
「か、考えておく!!」
「フフフッ、楽しみね。まあ私は負けないけど」
しばらく談笑していると1時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
中休みの時間にレアと一緒に教室に戻る。
先生に欠席の理由を尋ねられたが、レアが上手いこと説明をすると、しっかり納得してくれた。
レアと一緒に席につくと私につっかかってきた子達が気まずそうな顔でこちらにやってくる。
「あ、あの……フィリア……さん」
「?」
「さっきはその……私、レアノール様と親しげにしているあなたが羨ましくなってしまって……」
「え、えーっと……もしかして謝りに来てくれたの?」
「は、はい! その……ごめんなさい!」
私に向かって深々と頭を下げてくれた。
確かにひどいことをされたけど、実害があったわけではない。
レアに優しくしてもらえた分を合わせればお釣りがくるくらいには思っているので、謝罪の申し出は素直に受けることにした。
「もう、大丈夫です。頭をあげてください」
「は、はい」
私への申し訳なさも少しはあるだろうが、どちらかといえばレアに嫌われたくないという思いの方が強いだろう。
このクラスにおいて、レアから嫌われることはクラスから嫌われることを意味する。
別にレアが積極的に周りに働きかけるようなことはないけれど、彼女にはそこにいるだけで自身の思惑を伝播させていく不思議な力がある。
号令とともに2時間目がはじまると、レアは何やら熱心にノートに書き込みをしていた。
そんなにこの授業は面白いだろうか。板書すべきポイントなんてほとんどない気がする。
やっぱり真面目で誠実な聖女としての立ち振る舞いなのだろうか。
「レア、いつもそんなに書き取りしてるの?」
先生に聞こえないよう小声で話しかける。
「え? 書き取り?」
「いや、さっきからずっと何か書いてるなって」
「ああ、これは違うわ。内職よ」
「えっ、テスト勉強とか?」
「いや、そんなことしないわよ。そもそもノートなんてとったことないわ。全部、記憶してるから記録なんていらないの。もちろんテスト勉強もしたことないわね」
「流石ね……じゃあ、何の内職してるのよ」
「決まってるじゃない。術式の解析よ」
「えっ、ずるい!……というか、バレたらどうするのよ!」
「大丈夫よ。そのために今日は後ろの席に来たんだもの」
「そ、そっか……」
私の隣に来てくれたのは内職するのに都合がよかったからなのかと思い、少し気落ちしてしまった。
こんなことを思って身勝手に気落ちしてしまう自分のメンヘラ具合にも嫌気がさしてくる。
そんな矢先にレアはそれを察したかのようにして口を開いた。
「それに何より、リアの隣がよかったの。こうして内緒話できるの、とっても楽しい」
「え! そ、そう? エヘヘッ、そっか」
この時の私の口元はだらしなく緩んでいたに違いない。
レアはいつも心を見透かしているかのように、私の心が欲する言葉をくれる。
まあ手の平で転がされているとも言えなくもないのだけど、レアの手の平ならなんだか気持ちが良いので寝心地は悪くはない。
「それよりいいの? このままだと私に先越されちゃうよ? リアもやればいいのに」
「ううっ……私もやる! 負けないもん!」
「フフフッ、私も」
ノートの端に術式を書き出して、ロジックを見直していった。
集中していると時間はあっという間に過ぎていく。
授業も後半に差し掛かるその時だった。
「えー、じゃあフィリア、答えてみろ」
「……」
「おい、フィリア。聞いてるか?」
「は、はい!」
集中していたので全然聞こえていなかった。
突然あてられたので驚いてしまい、思わず立ち上がる。
「え、えーっと、その……」
「ん? どうした? お前なら分かるだろう」
焦りつつも頭をフル回転させて質問を推測していると、隣でレアがクスクスと笑っているのが分かった。
「おい、フィリア、授業ちゃんと聞いてたか?」
もちろん全くといっていいほど聞いていない。先生が呆れた顔で私を見てくる。
するとレアがアイコンタクトをとりながら小声で囁いた。
「倫理法典第5章の題名……」
しっかりと助け舟を出してくれたレアに、心の底で精一杯の感謝をしながら答える。
「『慈しみの魔法と隣人愛について』……です!」
「なんだ。分かってるなら早く答えなさい」
「す、すいません」
レアに小声でお礼を言いながら、座り直して椅子を引いた。
「レア……ありがとう」
「フフフッ、お安い御用」
再び術式の解析に戻っていった。
それにしてもレアは解析の片手間、しっかり授業の内容は頭に入っているらしい。
その後にレアも当てられていたのだが、ペンをぴたりと止めると、すぐに答えを返し、再び解析を続行していた。
私は基本的には一つのことしか集中できないので、器用なレアがなんだか羨ましい感じもする。
そんな彼女と机をくっつけて、隣り合わせに座り、二人で内職しているこの時間は、私にとってはとても尊いものだったと思う。
授業を終えるといよいよ昼休みの時間になった。
レアはニヤニヤしながらこちらを見つめてくる。
「な、なに?」
「解けちゃったかも」
「えっ! ほんと!? 私もあとちょっとなのに……! い、いや、でも分離させた術式がちゃんと起動するか確かめるまでが勝負だからね!」
「もちろんよ。だから今から実験しに行きましょう?」
「う、うん」
いつものように私たちは旧校舎のバルコニーへと向かった。
「こっちが魔力を魔素に変換する術式で、こっちが魔素を循環させる術式ね。リアは変換する方を試してもらってもいいかしら?」
「分かったわ。じゃあレアには私が生成した魔素を操作してもらうことになるね」
「うん」
もしこれでうまくいけば自分で生成していない魔素や、場合によっては自然界に既存する魔素を操れることになる。
実験がうまくいって欲しいという思いと、うまくいかなかったらまだレアとの勝負が続くという思いとが混ざり合って、複雑な気持ちになっていた。
「じゃあ、先に私から……」
魔力を込めると術式が光りだす。
「えーっと、魔素があるとしたらこの辺りかな?」
「多分……でも見えないからちょっと分かりにくいわね」
「うん、でもひとまずやってみるわ」
「お願い!」
レアも続けて術式を展開させる。
すると私の中をレアに弄られているような奇妙な感覚に陥った。不快ではなかったけれども、なんとも形容しがたいはじめての気持ちであった。
感覚の正体を考えていられるのも束の間で、レアの術式はあっさりと起動に成功していた。
「私の勝ち」
得意げな表情で私のことを見つめる。
「うー、私もあとちょっとだったのに……」
「まあ私は全部の授業で内職してたからね」
「もう、ずるいよー。ずっと集中してるんだもん」
「ウフフッ、まあ私はマルチタスク、得意だからね。授業聞きながらでもできるのよ。リアはどっちかというと一つの作業に深く集中するタイプだから、内職勝負なら私の方が有利かも」
「いいなー、私もレアくらい器用だったらな」
「確かに私は器用かもしれないけど、器用だからこそできないこともあるわ。例えば思考の瞬発力ならきっとリアには敵わない」
「えっ、そうかな?」
「うん、ほら、私って八方美人でしょう?でも八方に意識を向けていると色んなものに気を取られてしまって、一つのものを深められなかったりするのよ。まあ逆に色んなアイデアを出すのは得意だったりするんだけどね」
「なるほど」
確かに八方美人といえばそうかもしれない。
レアほど周りから好ましく思われている人間を私は見たことがない。
普通なら妬みの一つや二つ湧き上がってきそうなものだが、そんな感情も封殺してしまうくらいに、彼女の人格は評価されている。
「ちなみに八方美人にもタイプがあってね。戦略型と天然型と呼んでいるのだけど、私は前者のタイプで相手に応じて自分を使い分けてるの。分け隔てなく、常に相手が一番欲しい言葉を吐き続けてる。例えそれが心よりの言葉でなかったとしてもね」
「もう一つの方はどんなタイプなの?」
「天然型の八方美人は何も考えてないのに気づいたら人気者になってるような人のタイプね。素の性格でみんなに好かれちゃうような子かな。まあ私はこれにはなれないわね。なるべく素は出さずに、相手によって自分を演じ分けていくの。まるでオーダーメイドのようにね。だから八方のどの角度から見ても美人に見えるってわけ」
「なるほど……」
「でも最近はもう八方美人とはいえないかも。とっても大事な一方ができてしまったから」
「どういうこと?」
「ん?私が今向いてる方が、私にとっては何よりも大切ってことよ。他の方とは分け隔ててしまうくらいに、ずっと特別なの」
そう言いながら、しっかりと私の方を見つめて、優しく微笑む。
少し間を置いてからようやく私は言葉の意味を理解した。
「えっ!? あっ、い、いや、そ、その……」
何だか不意に告白されたような感じがしてしまって、ついテンパってしまった。
「アハハッ、リアかわいい……」
「も、もう、からかわないでよ……」
赤面を隠すために思わずそっぽを向いてしまう。
「フフフッ、ほらこっち向いて?大切な方が一方通行だなんて悲しいもの」
「う、うん……」
少し深呼吸をすると顔を上げてレアの方を向く。
レアの青く深い瞳を見つめていると、なんだかドキドキして気持ちが昂ってしまった。
「あ、あのね! 私、友達もいなくて、周りに全然気が回らないし、八方美人どころか八方塞がりって感じなんだけど……それでももし誰かと向き合えるのなら、私、レアと……って、何を言ってるんだ私は……」
レアと術式で繋がっていたせいなのか、レアへの想いが込み上げてきてしまう。
普段ならこんな小っ恥ずかしいことは言えないはずなのに、思わず口にしてしまった。
「ウフフッ、ありがとう。私のこと見てくれて」
レアはそう言うと、ゆっくり私の肩にもたれかかった。
「う、うん」
しばらくはそのまま何も話さず、火を見るように二人で創り上げた魔法の円環を見つめ続けた。
言葉を交わさずとも、互いの気持ちが通じているように思えたからだと思う。
「さて、リア? 約束、覚えてる?」
満足げな笑みを浮かべて、私の顔を下から覗き込んだ。
そういえば感傷に浸って意識から抜けていたが、これで何でも一つレアのお願いを聞かなければならない。
何をお願いされるのか、ちょっぴりドキドキしながら、私はゆっくりと頷いた。
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