第7話 クラスの嫉妬

しばらくはレアと一緒に円環の術式の解析に専念することになった。


部屋に戻ると寝るまで解析に励み、学級にいる間も極力、術式のことを考えるようにしている。


私とレア、どっちが早く解けるか勝負することになっているので、なんだか余計に力が入ってしまうのだ。


この時の私は、まだ純粋に知的好奇心を満たすことと、友愛を育むことに夢中になっていた。






今朝もいつものように後方窓側の席に座ることにする。


私の周りの席には誰も座らない。とはいえ孤立にはもう慣れっこだ。いちいち悲観したりなんかはしない。





入口の方に目をやると、レアが教室に入ってくるところだった。


相変わらずの綺麗な顔立ちで、つい目を奪われてしまう。


レアも私に気づくとこちらに向かってにっこりと微笑みかけた。


挨拶もせずに見惚れていたことに気づかれたと思うと、ちょっと恥ずかしくなってしまい、思わず目を伏せる。


するとレアはそのままこちらに向かって歩み寄ってきた。


「リア? おはよう」


「う、うん、おはよう、レア」


そのまま私の隣の席にカバンを置いた。


「あれ? レア、いつもの席空いてるけど……」


「ん? 私、ここがいいのよ」


「そ、そっか」


はじめて隣の席が埋まった。


「どうして今日はここの席なの?」


「さて、どうしてでしょうー?」


ニヤニヤとしながら私を見つめる。


「えっ、そ、それは……気分転換とか?」


内心は私の隣に来たいと思ってくれたのかと期待していた。


けれどもそれを聞くのはどうにも傲慢な気がしてしまい、代わりに変な回答を思わずしてしまった。


「ウフフッ、リアかわいい……」


「えっ……」


「リアが思ってくれている通りよ。リアの隣がよかったの」


やっぱり私の期待はバレていた。


「そ、そっか」


「リアは私の隣、嫌だった?」


「ううん! そんな! レアが隣に座ってくれて……その……嬉しい……よ?」


「よかった。今日は授業、一緒に受けれるね」


「うん」


時間になるといつものように朝の聖歌を合唱する。


普段は背中を見ながら耳を澄ませていたレアの歌声を間近に聞けるというのはいいものである。


今日は良い一日になりそうだ。


そんなふうに思いながら、中休みの時間にはトイレに行って髪を整えることにした。


別に変に意識している訳ではないけれど、せっかくレアと一緒に授業を受けれるのなら身なりは整えておきたい。


寝癖に水をつけて手櫛でならしてから、魔法で温風を生み出して乾かしていく。


整え終えると、杖を置いて自分の顔をチェックした。


「よしっ!」


鏡の中の自分に今日もがんばれとエールを送る。


すると背後から数人のクラスメートが姿を現した。


「ねぇ、フィリアとか言ったっけ?あんた」


「は、はい……どうかしましたか?」


怪訝な顔つきで鏡越しに私をにらみつけている。どうにも嫌な予感がした。


「最近、調子乗りすぎじゃない?あんたみたいな前科持ちが、レアノール様のお側にいていいとでも思ってるの?」


「えっ……レ、レアは……」


「レアノール様でしょ!? 気安いにもほどがあるわ!」


「レアノール様はね、うちの学級の代表候補生なのよ? あんたみたいな薄汚い平民がまとわりついて、お名前に傷でもついたらどうするつもり? 分をわきまえなさい」


やっぱり私がレアの側にいると良く思わない人もいるのだとはっきり分かった。


レアは気にしないでいいとは言ってくれるけれど、その言葉に甘えていた自分もいたような気がする。


そもそも私とレアでは身分が違う。学級の外では、一言交わすだけでも本来なら多くの手続きを経て謁見えっけんしなければならない相手である。


そう思うとなんだか急にレアの存在が遠くなったような気がした。


「それに何? その変な杖」


「あっ」


私が黙ってうつむいていると、置いておいた杖が取り上げられた。


「アハハッ、何か変なストラップついてるし! だっさ!」


「だめ! 返してっ!」


そんなにぞんざいに扱ってほしくない。パパにもらった私の大事な形見の杖だ。


「こんな派手な杖、折り曲げちゃおうか?」


そう言いながら両端をつまむと、ゆっくりと力を込めてしならせていく。


魔法で反撃することもできたけど、杖を取り上げられている上に、私はもうこれ以上問題を起こすわけにはいかない。


力を使えない自分の無力さがなんとも情けなく感じた。


「ほらほら、折れちゃうよ?」


「お願い……やめて……」


どんどん悲しい気持ちになり、次第に涙が込み上げてくる。


「こいつ泣いてるじゃん。きもっ!」


「返して欲しければ、レアノール様には二度と近づかないと約束しなさい」


「……」


「ほら、なんとか言いなさいよ!」


「レアは……」


「はっ? 聞こえないんだけど」


「レアは私の大切な人……なんです」


「だから、あんたみたいな前科持ちがレアノール様と一緒にいようだなんて生意気だっていってるの!」


「もういいわ、これ本当に折っちゃおう?」


「や、やめて……ください」


もう一度、杖をしならせて力を入れはじめた。取り返そうとしきりに手を伸ばすも、体を抑えつけられてしまう。






もうだめかと思ったその時だった。耳に馴染みのある透き通るような声が聞こえてくる。


「ふーん、面白そうな話してるのね」


「レ、レアノール様……」


「何してるの? それリアのでしょう?」


「こ、これは、違うのです……」


「ちゃんと答えて。私のリアに何をしてるのかって聞いてるの」


「い、いえ、その……レアノール様のような高貴なお方に、このような俗な身の者は相応しくないかと思いまして……」


「……誰が俗ですって?」


底の見えない殺気を感じた。


苛立ちをあらわにしているのが分かる。レアが怒るところを見るのははじめてだった。


「あなた達のやっていることの方がよっぽど低俗よね」


「す、すみません!」


「謝る相手が違うのだけど?」


レアの送る軽蔑の眼差しに怯えている様子だった。


いつものにこやかな面持ちからは想像もできないほどに、冷酷な形相である。


彼女達はまるで蛇に睨まれたかのように完全に凍りついていた。


「はあっ……もういいわ。うせなさい」


大きなため息をつきながらレアが二人の胸元に手をかざすと、彼女らは糸が切れたように目から光が消えて、そのままのそのそと教室へと戻って行った。


「リア?」


私の元へ駆け寄り、優しく声をかけてくれた。


レアが本当は遠い存在だったのだという寂しさと、そんな人が私のことを大切に思ってくれているのだという嬉しさとが混じり、頭の中がごちゃごちゃになっていく。


そのせいか堪えていた涙がどっと出てきてしまった。


「レ、レア……」


「リア、もう大丈夫よ」


「やっぱり私、レアとは……んっ!」


不意に口元に人差し指を当てられ、言葉を遮られた。


「それ以上は言っちゃだめ。私が好きでリアと一緒にいるだけなんだから」


「……」


「だからこれからも隣で授業を受けて、バルコニーでお昼ご飯も食べて、たまにちょっと悪いことしたりして、一緒に真理に近づいていくの。これは私が決めたこと」


「レア……私も……」


「?」


「私もレアと一緒に近づいていきたい……この世界のことも、レアのことも……もっと知りたい」


「フフフッ、じゃあやっぱり一緒にいるしかないじゃない」


そう言うと私の唇から指を離して、そのまま頬を伝う涙を止めてくれた。


「だからほら、もう泣かないで?綺麗な顔が濡れちゃうわ」


「う、うん……ありがとう」


レアは私が落ち着くまで黙って側にいてくれた。


さすがにボロ泣きした状態で教室に戻るのは気が引ける。それを察してくれてのことだったのだと思う。


「ごめんね、もう授業はじまっちゃってるのに、付き合わせちゃって」


「いいじゃない、あんなおままごとみたいな授業。このまま一時間目はサボっちゃいましょう?」


「大丈夫かな……?」


「大丈夫よ。事情も事情だし。それに私が説明すればたいてい先生は納得するわよ?」


「じゃ、じゃあ、今はちょっとレアに甘えちゃおうかな……」


「うん、しょうがないからたっぷり甘やかしてあげる」


「あ、ありがとう」


レアは得意げに微笑んでいた。


「あれ、そういえばリア、寝癖が直ってる?」


「えっ、そうだね」


「髪、直してたんだ?」


「うん、レアに横から見られるかもって思ったら、ボサボサのままだとちょっと恥ずかしくなっちゃって……」


「ウフフッ、私のために整えてくれてたってこと?」


「ま、まあ、そうね……私のこと見てくれる人なんてレアくらいしかいないし……」


「髪型ね……」


レアは私の顔をまじまじと見つめると、そのままゆっくりと体を近づけてくる。


その吸い込まれるような瞳に捉えられた私は、緊張で固まってしまっていたと思う。


レアはそのまま私に顔を近づけて手を伸ばしてきた。


何をされるのか分からず、思わず目を瞑ると髪を器用にまとめておさげをつくってくれた。


「大丈夫よ? そんなに怖がらないで?」


ゆっくり目を開くとレアはにっこりとしながらこちらを覗いていた。


「やっぱり! リア、髪上げてるのもかわいいね」


「そ、そう?」


緊張で声が少しうらっ返ってしまった。


「うん、似合ってるわよ? そしたらそうね……」


レアは左手の手首につけていた髪留めを使って、器用に私の髪を束ねていった。


髪を結っている間はレアの顔が近くなる。ちょっと緊張しながらも彼女の綺麗な顔を私は眺めていた。


「はい! どうかな?」


私の両肩をもって鏡の前へと引き寄せる。


「う、うん、ちょっといいかも」


「でしょ? 私も好き!」


「本当?」


「うん、似合ってるから、リアにそれあげる」


「ええっ! 悪いよ! こんな高価そうなの! それにレアのお気に入りじゃないの?これ……」


白銀の装飾が謙虚にあしらわれた素敵な髪留めだった。


レアがつけていると白い髪に溶け込んで、とても綺麗だったのでかなり印象に残っている。


「ウフフッ、だからこそリアにあげたいの。お気に入りのものは、お気に入りの人に贈るものでしょう?」


「……いいの?」


「うん」


「あ、ありがとう……その……大事にする!!」


この時もらった髪留めは私の宝物になった。


毎朝、これをつけて朝の支度をするのが楽しみなくらい気に入っている。


レアが好きだと言ってくれた髪型でいられるのもなんだか嬉しかった。


そういえば、こんなふうにちょっとしたおしゃれをする気持ちというのも、パパと別れて以来、無くなっていた気がする。


レアに出会ってから、閉ざされていた私の心は徐々に開かれていくようになった。


やっぱりどうにも、レアはピッキングがうまいらしい。

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