第5話 評判
学級の朝は早い。
着いたらまずは自分の席をとることになっている。
普通はみんな真面目なので前の方から座っていくことが多い。
私は目立ちたくないのでいつも窓側の一番後ろの席に座ることにしている。
ここなら授業中に退屈しても、外の景色を見て暇を潰すことができる。
席につくと先生がやってきて教壇に立った。
出席をとり終えると、全員が行儀良く起立する。
学級では授業がはじまる前に皆で集まって聖歌を歌うことになっているのである。
初等科にいたころから毎朝歌っているので、すっかり歌詞を覚えてしまい、今では何も考えなくても歌えるようになっていた。
合唱をはじめるとひときわ綺麗な声が耳に入ってくる。
声の主はレアだ。
彼女はパートに合わせてわざと半音ずらして歌っているようなのだが、外れているのに心地が良いという不思議な歌声だった。
教会ではあのようにして歌うものなのだろうか。
なんにせよ私の耳はレアの聖歌の虜になっており、その歌声に耳をすますのが毎朝のちょっとした楽しみになっている。
今日もレアの姿を後ろから眺めながら、歌を聞いていた。
合唱が終わり、授業までの小休憩、レアが私の方へと歩いて来る。
「リア、おはよう」
数人のクラスメートが
「お、おはよう! ご、ごめんなさい!私、ちょっとトイレ!」
まとわりつく視線が怖くなり、そそくさと教室を出て行ってしまった。
さすがに変に思われただろうか。
しかし、彼らに嫉妬されるのは嫌だったし、なにより前科持ちの私なんかと親しくしていたら、レアの評判が落ちてしまう。
仕方ないと思いながらも、やっぱりレアとお話したかったという余念を割り切れずにいた。
別にトイレに行きたかったわけでもないので、旧校舎に続く階段に座り込んで時間を潰す。
ここならこの時間は誰もこない。
「はあ……」
思わずため息をつくと、突然背後からレアが抱きついてきた。
「リーア?」
「うわっ!」
レアの身体の柔らかな感触と、良い匂いが伝わってくる。
「ウフフッ、何してるの?こんなところで。お花摘みに行ったんじゃなかったの?」
「え、それは……」
「なんか私避けられてる?私のこと嫌いになっちゃった?」
「い、いや!そんなことないよ!レアのこと嫌いだなんて!」
「ウフフッ、じゃあ好き避けってやつ?かわいい……」
「そ、それは……」
「言ってみて?」
レアは優しく私の耳元で囁いた。
「私なんかと一緒にいるの見られたら……レアの評判悪くなっちゃうかなって……」
「なんだ、そんなこと気にかけてくれてたの?」
「う、うん」
「大丈夫よ。そんなので私を評価する人と仲良くするつもりないから。それにリアのこと邪険にする人達からの評判なんてどうでもいいわ」
「そ、そっか……ごめん」
「何も謝ることなんてないよ。むしろ私はリアにお礼が言いたいくらいなんだから」
「えっ」
「だって私のこと気にかけてくれてたんでしょう?だからありがとう」
「私も、その……ありがとう。レア、いっつも私に優しくしてくれて……」
「ウフフッ、ますます私のこと好きになっちゃった?」
「い、いや、別にそういうのじゃないけど……親しく思ってるっていうか……なんていうか……レアのことは……」
「リア、かわいい……」
いつものようにレアのペースに飲まれてしまう。
「それで?私のことは?」
言葉が見つからずあくせくしていると、チャイムが鳴った。
「あ、授業はじまっちゃう!」
「もう……いいところだったのに」
チャイムのおかげでレアの猛追をなんとか逃れることができた。
二人で一緒に教室へと戻っていく。
今日の授業も相変わらず退屈で、レアと一緒に過ごす昼休みが待ち遠しくてたまらなかった。
待望の昼休み、私ははじまってすぐにレアの席へと向かう。
今朝はレアが周りのことなんて気にしていないと言ってくれたので、私も気にしないことにした。
「レ、レア、あのね……今日も一緒に……ご飯食べれたらいいなって……」
とはいえいざこちらから声をかけるとなると、変な意識が働いてしまう。
「ウフフッ、やっとリアから誘ってくれた」
「えっ」
「さ、行きましょう?」
「う、うん!」
半歩遅れながらレアについていく。
一緒に渡り廊下を歩いていると、少し振り返って私がちゃんとついてきているかどうか確認する。
チラッとこちらを見ると、私の歩くペースに合わせて並んで歩いてくれた。
「あれ? レアどこに向かってるの?」
「実験準備室よ。今日は必要なものがあるからちょっと寄っていくの」
「必要なもの?」
「うん、また後でのお楽しみ」
準備室にたどり着く。
当たり前だけれども部屋には鍵がかかっていた。
「鍵閉まってるよ。どうする?」
「こうするわ」
どこからともなく針金を取り出す。
鍵穴にそれを
あまりにも手際が良すぎる。
「フフフッ、すごいでしょう?」
「う、うん、すごいけど、バレたらまずいわ。早く済ましましょう」
「はーい」
中に入ると奇怪な魔道具が沢山並んでいた。
中はかなりごちゃついているのに、それには目もくれず、レアは一直線に奥の戸棚の方へと向かう。
「あった」
薄い術式が施された紙のようなものを数枚取り出す。
「なに?それ」
「高等科が魔法力学の実験に使う道具よ。詳しくは後で説明するわ」
「う、うん。分かった。外に人がいないかだけ注意しましょう?」
「そうね」
準備室を後にすると、いつもの旧校舎にあるバルコニーへと向かった。
「はあっー! ドキドキした!」
私は大きく一息つく。
「全く……急に鍵開けはじめるんだもの。びっくりしたわ。あんなのどこで覚えたの?」
「ん?小さい頃から得意なのよ。ああいうのは」
「ピッキングができる聖女様なんて聞いたことないわ」
「ウフフッ、付き合ってくれてありがとう」
「もう……見つかったらどうするのよ」
「でもちょっと楽しかったね?」
「そ、そうね。妙な達成感みたいなのはあるかも……」
「でしょ?」
レアは満足そうな表情で応えた。
「それにしても何を取って来たの?」
「これはね、
「ああ、それなら確かうちにも昔あったわ!形は違ったけど」
「へー、家においてあるなんて珍しいわね」
「うん、父は研究者だったから。それで、そんなに沢山何に使うの?」
「仮説の検証よ。私たちの仮説は大きく分けて二つよね」
「うん」
「一つ目は、術式を通して神に魔力を捧げると、その見返りとして神が魔素を創造・操作して奇跡を起こしてくれる、という現代の魔法解釈を批評する仮説ね。私たちの見立てだと、術式というのは魔力を魔素に変換し、魔素を操作して現象を起こすところまでの一連を全て媒介してくれている。その過程において神は一切介入しない」
人差し指を突き立てておさらいをはじめる。
「そして二つ目は、もし一つ目の仮説が正しければ、魔素の操作は神以外、つまり私たちでもできるということだから、術式を工夫すれば自然界に存在する魔素も操作することができるという仮説。これが成り立てば私たちでも神の
次いで二つ目の指を立てると、私に向かってピースをして見せた。
「今回は一つ目の仮説を検証するためにこの一通板を使うの。まずはこんな感じで正立方体をつくる」
一通板を組み立てて、四角い箱をつくる。
「あ、なるほど」
「フフフッ、分かった?」
「たぶん、箱の中に術式を入れてみるのよね」
「正解。この箱は外側から魔力を込めることはできるけど、内側から魔力を逃すことはできない」
「なるほど、普通なら内側の術式に魔力を込めても、魔力が密閉されているから天にいる神に術式を通して魔力を捧げることはできない。だから魔法は発動しないはず。けど、もし箱の中で術式が正常に起動したら……」
「そう、神の奇跡なんてなかったことになる」
「すごい! 簡単なやり方なのに確かにこれならそれが証明できる!」
「ウフフッ、いいアイデアでしょ?」
「うん! ……あっ、でもさ、魔力って密閉させると爆発するって教わったわよね。結構危ないんじゃ……」
「ああ、大丈夫よ。あれ嘘だから」
「えっ?嘘ってどういうこと?なんでそんなこと分かるの?」
「簡単よ。やったことあるもの。爆発なんて起きなかったわ」
「そんなことまで実験してたのね……」
「うん、初等科の頃は爆弾づくりにハマってたから、結構色々試してたの。魔力の密閉に関しては、どうやっても爆発なんて起こせなかったわ」
「はあっ……聖女様が爆弾づくりだなんて……でもなんで起きないのかしら。何か他に必要な条件があるとか?」
「いや、だからそもそも大人達が嘘をついてるのよ」
「えっ」
「少しでも攻撃性のある魔法に関して、この社会は過剰なまでに秘匿しているでしょう?なのに爆発を引き起こす方法を、わざわざ教えてくるなんておかしくない?」
「確かに」
「そして実際にその方法を試しても爆発なんて起こらなかった。ますますおかしいわよね」
「うん、そう言われるとそうね」
「私にはこう思えるのよ。今、私たちがやろうとしている実験を、偶然にでもさせないために、嘘をついて危険だということにした」
「なるほど……」
「まあ他にも教会の禁則事項なんて山ほどあるけど、分析してみると結構この手の実験をさせないためにつくられたように思える不可解な事項も多いのよ。まるで何かを隠しているみたいにね。だから、私は結構、今回の検証はいい線いけると思ってる」
やはりレアの洞察力は恐しい。
魔法学の側面からだけでなく、政治的な側面からも仮説の妥当性を固めにかかっている。
「というわけで、さっそくやってみましょうか。神の不在検証を……」
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