第4話 落雷
「教会をおちょくる?」
「うん、聞きたい?」
「ま、まあ、気にはなるかな」
レアの思惑を聞こうとしたところで、チャイムが鳴った。
「あっ、授業はじまっちゃうわね」
「そうだね」
「この話はまた明日」
「うん、分かった」
また明日と言われて少し嬉しかった。
話の続きも気になるところだけど、レアと一緒に明日もおしゃべりができる。
そう思うと胸が高鳴る気分だった。
翌日の昼下がり、昼食の時間を知らせるチャイムが鳴ると、いつものようにクラスのみんながレアのところへ人が群がる。
机をくっつけ合い、なんとなくレアの席を中心にしながら島ができていく。
私は昨日みたいに先にバルコニーに行ってレアを待つことにした。
椅子を引いてお弁当を取り出すと、レアは立ち上がり一人でこちらに歩いてくる。
「リア?」
「は、はい!」
「どうしたの?そんなに驚いて。お昼一緒に食べましょう?」
「えっ、う、うん」
レアとご飯を一緒に食べようと集まったクラスメイトは唖然としている。
ボッチで前科持ちの私が、人気者で清廉潔白なレアにランチに誘われているのは、やはり奇妙な光景に見えたのだろう。
「レアノール様、どうしてあんな人と?」
「ほら、きっとレアノール様はお優しいから、クラスに馴染めない子を気にかけてあげてるのよ」
「そうよね。じゃなきゃありえないわよね」
この状況を憶測する彼女らの小声が聞こえてくる。
私は疑念と嫉妬にまみれた視線を背に感じながら、レアの後についていった。
バルコニーに着くと、立て付けの悪い扉を開けて、いつものベンチに座る。
「今日はクラスのみんなとは一緒に食べないの?」
「うん」
「どうして?」
「リアともっとお話したかったから。あの子達としゃべってたら、リアとお話できる時間が減っちゃうでしょう?」
「え、そ、そっか」
嬉しくて口元が緩んでしまい、それを隠すために慌てて口を片手で覆った。
「ウフフッ、どうしたの?」
「い、いや!なんでもないよ!」
レアはそれを見ると、分かっていますよと言わんばかりの表情で笑って見せた。
レアは昨日と同じ三段重ねの弁当を取り出すと、蓋を開けておいしそうに頬張りはじめる。
「相変わらず沢山食べるのね」
「うん、必要だから」
「必要?」
「私、たくさん魔法使うから、栄養とらないと消耗しちゃうのよ」
「でも、授業でやる魔法程度なら、そんなに魔力は消耗しないでしょう?それにレアの魔法、魔力効率がいいって評判じゃない」
「いや、部屋に帰ったら色々と実験することにしてるのよ。それで結構魔力をつかっちゃうの」
「えっ、授業外で魔法使ってるの?課外行使の許可は……」
「とってないわ」
「ですよねー」
上の学年になるにつれて、私達の魔法の制限は厳しくなっていった。
体が成長すると、魔力とともにリスクも高まるため、ほとんどの場合は大人の監督がなければ使用が許されていない。
「全く……レアには規範意識とかないわけ?」
「ないわ」
「即答ね」
「言ったでしょう?私、いけないことが好きなの」
「その様子だと、まだまだ他にも掟破りはありそうね」
「そうね……教会に全部バレたら三回くらいは処刑されてるんじゃないかしら?」
そう言いながら人差し指で自分の首筋を掻っ切るように横になぞった。
「それにしても、どうしてそんなに教会が嫌いなの?」
「つまらないから」
「それだけ?」
「うん、世界調和のためだなんだの言って、私達から自由と個性を剥ぎ取って、後に残るのは社会に従順なお利口さんだけ。そんな世界つまらないじゃない」
進んでいた食事を止めて、遠くを眺めた。
「でも最近はちょっと楽しいかな」
「そうなの?」
「うん、リアに会えたから。あなたとってもおもしろいもの」
「そ、そうかな」
「昨日も良いインスピレーションをもらえたわ。おかげでやりたいことも決まったし」
「あ、そういえば、昨日の話って……」
「ウフフッ、聞いてくれる?」
「うん、気になる!」
この時の私は純粋にレアの知性に惹かれていた。
どんなアイデアが出てくるのだろうかとワクワクしながら耳を傾ける。
するとレアは空の方に向けて指をさした。
「あの辺かしらね……雷を落とすの。私たちで」
そう言うとそのままジグザグの稲妻模様を指先で描いて見せる。
「え? 雷?」
「うん、リアの魔法を使えばできると思って」
「いやいや! さすがに無理よ! 雷を起こせるほどの魔力なんて持ってないもの!」
「いや、魔力は関係ないの」
「え、どういうこと?」
「まず雷はどうやって発生すると言われてるっけ?」
「それは……雨雲が内包する大量の魔素がぶつかり合う摩擦で放電が起こるから……で合ってるかしら?」
「そう、その通り。そして、その魔素は天候を操っている神が神自身の魔力で創造している」
「そう教わったわね」
「確かにあれだけの魔素を生成するには神のように無尽の魔力がない限りは到底不可能よ。だからこそ雷は神の
「うん」
「でももし私たちが雷をつくれたとしたら、あの現象は必ずしも神の真技だとは言えなくなるわよね」
「まあそうね。でも私たちは残念ながら神様ではないから無尽の魔力なんて持ち合わせていないわよ?」
「うん、だから魔力は極力使わない形で再現するのよ。魔素を自前の魔力で生成するのではなくて、ありものを拝借するの」
「それって……もしかして、雨雲が内包する魔素を利用するってこと?」
「その通り」
「んー、でも神が創り出している魔素なんて私たちに利用できるのかな?」
「そこが肝よ。そもそも魔法はどうやって発現してる?」
「え、それは、術式を通して魔力を神に捧げると、見返りに神が奇跡を起こしてくれる……のよね」
「うん、じゃあ神はその奇跡をどうやって起こしてる?」
「捧げられた魔力と引き換えに魔素を創造して、それを操ることで、私たちが術式に書き込んだ望みの現象を起こしてくれる」
「そう、でもそのプロセスってなんだか周りくどくない?」
「え、そう?」
「うん、だって魔法を使うたびにいちいち神様が私たちの書いた願いを確認するために術式を読みに来るわけでしょう?私が神だったらそんな面倒くさいのはごめんよ」
「……神様ってめんどくさがったりするのかな?」
「まあ、それは冗談としても、神が全知全能であるというのなら、私達が頭の中で考えていることも知っているわけでしょう?ならわざわざ術式に書きこまれた願いを見なくたって、私たちの願いは分かっているはずじゃない」
「たしかに」
「だからね、私は魔法ってもっとシンプルな原理で成立している気がするの」
「シンプル?」
「うん、そもそも神は奇跡なんて起こしていないんじゃないかなって」
「レア……あなたその発言だけでも教会に聞かれたら審問送りになるわよ」
「フフフッ、そうね。狂人だと思われるでしょうね」
「う、うん……」
「他の子にこんなこと言ったら私とは二度と口をきかなくなっていたはず。でもリアはそんな妄言を吐く私の話に耳を傾けてくれるどころか、好奇心まで持っている。だからやっぱりリアは特別なの」
「そ、そうかな……」
「それにリア、神なんていないってちょっと思ってるでしょ?」
急に鋭い目つきで問い詰めてきた。
確かに前世では無宗教が当たり前だったので、私の感覚には神を信仰しない態度が根付いている。
この世界は不思議な世界でもあるので神様の1人や2人いてもおかしくないくらいの受け入れ方はしていたけれど、やはりレアは前世を持つ私ならではの変わった感覚を否応なく洞察してくる。
「べ、別にそんなことないって!」
「そう?まあ、今はそういうことにしておくわ」
話が危うくなって来たので、一応辺りを見渡して人に聞かれていないかを確認しておいた。
「それで? 神が奇跡を起こしていないってどういうこと?」
「うん、それはね、奇跡を起こしてるのは実は私たちなんじゃないかってこと」
「えっ?」
「つまりね、術式というのは私たちの魔力を魔素に変換して、魔素を操作して現象を起こすところまで、実は全て担ってくれているのだというのが私の仮説なの」
「……確かにその方がシンプルね」
「でしょう?それで、もし神ではなく術式が直接魔素を操作しているのであれば、術式の工夫次第で自分の魔力で生成させた魔素だけでなく自然界に存在する魔素をも操れる可能性がある」
「なるほど。それで雨雲が内包する魔素を操ることができれば……うん、確かに魔力をほとんど使わずに雷を起こせるかも」
「そういうこと。そして私たちで雷を再現して、神の真技とやらを貶めてやろうというのが私の作戦ってわけ」
レアは人差し指を突き立てながら得意げな顔つきをした。
「あれを神の奇跡なんかじゃなく、論理の必然にしてしまうのよ」
「教会をおちょくるってそういうことね……うん、ちょっと面白いかも」
「フフフッ、リアならそう言ってくれると思ってた」
「いやいや! でもやっぱりまずいわよ! バレたら確実に捕まるわ」
「でもやりたいんでしょう?」
「う、うん……レアの仮説、すごく気になる……検証してみたい」
「それなら、ひとまず小さい実験からはじめましょうよ?雷を落とすところまでやるかは任せるから!」
「んー、そうね。内容次第だけど、ちょっとだけなら……」
「やったー!」
レアは好奇心を現にしながら無邪気に喜んでいる。
普段、大人びた貞淑な雰囲気を醸し出している分、そのギャップがとても可愛らしい。
「それじゃあリア、改めてよろしくね?」
「う、うん」
レアに差し出された手を取った。
私はパパに「生きろ」という言葉を遺してもらった。だからこそ、倫理法典に違反して再び捕まるわけにはいかない。
けれども、彼女に掻き立てられる好奇心と、そしてなにより彼女自身の魅力には争いきれなかった。
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