第3話 レア

レアは学級では有名人であった。


最高司祭の娘にふさわしく、彼女はまさに清廉潔白で才色兼備というにふさわしい人である。


当然、クラスでは人気者でいつも誰かに囲まれている。


教室にいる間は私が話しかけにいける隙なんて全くといっていいほどになかった。





昼休みを知らせるチャイムが校内に鳴り響く。


昨日のように、せめてお昼ご飯だけでもレアと食べれないものかと淡い期待を抱いていたのだが、そんなことはなかった。


「レアノール様!ぜひわたくしとお昼をご一緒してくださいな!」


「ええ、もちろんよ。みんなと一緒に食べるとおいしいものね」


「えーっ!ずるい!私も!」


レアを中心にしてみんながどんどん机をくっつけはじめる。レアとの同席はたちまち埋まってしまう。


つい昨日まで隣で食べていたのに、急に遠くへ行ってしまったような気がした。


この間はたまたま時間があっただけなのだろう。


私は普段通り旧校舎のバルコニーにおもむき、一人で食事をすることにした。


別に悲観することはない。いつものことである。


昨日がちょっと特別だっただけなのだ。


しばらくは食べながらそう自分に言い聞かせることで寂しさを紛らわしていたのだと思う。


「まっ、一人ってのも悪くないものね!」


思わず一人で強がりな声をあげる。


もちろん、その言葉は誰に聞かれることもなく、人気のない廊下に虚しく響き渡る。


そのはずだった。


「あら、お邪魔だった?」


「うわっ!」


「ウフフッ、なに驚いてるの?リアかわいい……」


「レ、レア?」


「そうよ、他に誰だと思ったの?」


「いや、急に現れるものだから」


「ごめんごめん、びっくりさせちゃったね」


「ほんとよ。お弁当こぼすところだったじゃない」


「でもその割にはリア、ちょっと嬉しそう」


私がそっぽを向いてふてくされていると、視界に入り込んできてニッコリと笑った。


「本当は私とお昼食べたかったんじゃない?」


「べ、別に! そういうわけじゃないよ!」


「そう? じゃあやっぱりお邪魔だった?」


「い、いや……そういうわけでもないけど……」


「よかった。じゃあ一緒に食べましょう?」


レアはニコニコしながら私の隣に腰をかける。


「ちょっと近くない?」


「ウフフッ、緊張しちゃう? 昨日みたいに」


「い、いや、そうじゃなくて、食べにくいじゃない」


「大丈夫、ほら」


卵焼きをフォークに刺して私の口元に運んだ。


「えっ?」


「食べにくいんでしょう? 食べさせてあげる」


「……」


「いいの? 私が食べちゃうよ?」


「い、いや! いただくわ!」


慌てていたためか、一口で頬張ってしまった。


口を手で隠しながらモグモグと咀嚼そしゃくしていく。


「アハハッ、一口で食べなくたっていいのに!」


「……」


中々飲み込みきれず返事ができない。


そんな様子を見て、私の膨らませたほっぺたを突きながら、微笑みかけてきた。


「リア、なんだかリスみたい」


からかわれて少ししゃくな気はするが、不思議と嫌な気持ちにはならない。


「紅茶もあるよ? 一緒に飲む?」


そう言って水筒を取り出す。


レアが飲んでいたものだと思った私は変に意識してしまい、反射的に首を横に振って断ってしまった。


「別に気にしなくていいのに。私はいいよ?リアなら」


「ゲホッ、ゴホッ……」


鋭いことを言われて慌ててしまい、喉を詰まらせてしまった。


「はい」


ここぞとばかりに再び水筒を口元に運んでくる。


ここで改めて強情に断るのも変だろう。余計に意識しているように思われてしまう。


なにより卵焼きをつまらせた私の喉が今もっともそれを求めている。


結局レアの水筒に口をつけることにした。


「はあっ……はあっ……」


「大丈夫?」


私の背中を優しくさする。


「う、うん、ありがとう」


「それにしてもあんなに慌てて飲み込む必要なんてなかったのに」


「そ、そうなんだけどさ……」


なんだか完全にレアのペースに乗せられてしまった。


「それよりレアはクラスのみんなと一緒に食べてたんじゃないの?」


「ああ、あれは巻いてきたわ」


「巻いてきた?」


「うん、だってあんな空っぽのお利口さん達とおしゃべりしてたって面白いことなんて何一つないもの」


「そうなの?」


「知ってる? 愛想笑いってずっとしていると、口角が疲れて筋肉痛になるのよ」


そう言いながら口の横をひっぱり、お嬢様らしからぬ顔をした。


「でも不思議とね、心の底から笑っている時は、全然疲れない。むしろ元気になる。今みたいに」


今度はまるで幼子おさなごのように無邪気に笑ってみせた。


「そ、そうなんだ」


「まあリアは愛想笑いなんてしないでしょうから、分からないかもね」


「そうかも」


「そういう素直なところ、やっぱり好きよ」


「えっ」


「フフフッ、ほら赤くなった。やっぱり素直……」


「も、もう!変なこと言うからよ!」


私はレアのペースにどんどん飲まれていってしまう。やっぱりどうにも不思議な引力を持ち合わせた子だった。


「それにしても、よくあんなに沢山の人を巻いてこれたね」


「ああ、それは私がとっても少食で、すぐに食事が終わってしまうからよ」


「そうなんだ。えっ、でも、それにしてはレアのお弁当、大きいわよね?」


「そういうていにしているのよ。わざわざダミーとして小さいお弁当まで持ってきてね。この方が早く切り上げるから。それになんだかその方がお嬢様らしくていいでしょ?」


「な、なるほど、そこまでするのね」


「別にみんなを騙しているからって、私の心が痛みはしないわ」


「そうなの?」


「うん、全然平気。私、みんなが思うほど善人じゃないから」


「ふーん、学級の聖女様が聞いて呆れるわ」


「ああ、そんなふうに私のことを呼んでいる人もいるんだ。全くおめでたい頭してるわね」


そう言いながら、大サイズの三段重ねの弁当をもりもりと食べていた。


確かに、これを聖女様と言っている人がいると思うと、おめでたい話である。


「まあ何にせよ、別に彼らに悪いとか、そんなことはただの一ミリも思っていないわ」


「そっか」


「それに、リア、ちょっと寂しそうにしていたから」


「えっ……」


「お昼休みのチャイムが鳴った時、私のこと見てくれてたでしょ?」


「ま、まあね」


「今日も一緒に食べたかったんだ」


「……うん」


「やっぱり……」


私の方にもたれながら、綺麗な指先を私の眼球に近づけてきた。


「目がそう言ってた」


指先から離すとレアと目が合った。


「ま、まあ、そうね……」


「ウフフッ、嬉しい」


口周りにソースをつけたまま無邪気に笑ってみせた。


「ほ、ほら、ついてるわよ、聖女様?」


指でほっぺたについたソースを拭き取ってあげた。


照れ隠しのために、つい皮肉を込めて聖女様と呼んでしまった。


「フフフッ、ありがとう」


違うとはいうものの、レアのその微笑みは聖女そのものであった。





「ねぇ、リアはさ、冒涜の円環以外にも面白い魔法が使えたりするのかな?」


「冒涜の円環って昨日見せたやつのこと?」


「うん、私が名付けてみたの。神の意志を模した術式に石を投げ込んだのだから、あれは清々しいまでの冒涜だわ。この名前なら教会に中指おったててる感じがちゃんと伝わるでしょう?」


「あなた、本当に司祭様の娘なの?」


「フフフッ、おかしいわよね。こんな娘が教会の最高権威の下で生を受けるなんて」


「全くよ」


「なんにせよ、あの円環、最高にイケてるわ」


「そうは言っても、あんなの何の役にも立たないわよ?」


「いいじゃない。役に立つ魔法なんてつまんない」


「そう?」


「うん、役に立つってことは既に何らかの役割を与えられているってことでしょ?その価値は既知のものでしかないから、新しいところなんて全くないの。私はね、未知こそが価値だと思ってるのよ」


「なるほど」


「だからね、まだ役割が分からない、これから役割が与えられるかも分からない、未知に溢れた現象を起こせる不安定な魔法の方が、ずっとずっと魅力的だわ」


「なんか分かるかも」


「でしょう?」


「うん、なんかさ、学級で教わる魔法って役には立つんだけど、結果が知れている感じがして退屈なのよね」


「やっぱり、リアに会えてよかった」


「そ、そう?」


「うん、とっても……それでさ、話を戻すけど、あの円環みたいに他にも何かできたりするのかな?」


レアの眼差しからは大きな期待を寄せられている感じがする。


どうにかそれに応えてあげたいという気持ちがついつい込み上げてきてしまい、リスクを犯してでも昔の魔法を披露したくなってしまった。


そして、今考えてみれば、レアのことだから実は自分が大食いであるという秘密を共有してきたのは、逆に私が秘密を共有しやすくすることを意図していたのかもしれない。


「うん、まだまだあるよ」


懐から取り出した杖を一振りする。


かつて父の蔵書から学んだ雷魔法の基本術式を展開した。


小さな稲妻がバチバチを音を立てて、浮かび上がる。


「すごい! 雷の魔法!? はじめてみた!」


「エヘヘッ、すごいでしょう? 昔、本で見た魔法なんだ」


「へー、こういう魔法ってどうやって作られてるのかしらね」


「これは私の予想だけどね、この術式は魔素をすり合わせて起こした摩擦から電気を生み出していて、それを放電させないように収束させているんじゃないかって思ってるんだ」


この時の私は結構調子に乗っていたと思う。


「ふーん、やけに理屈っぽいのね」


「そ、そうかな?」


「うん、リアの説明だと神の奇跡を借りるプロセスがまるでないみたいじゃない」


「あ、いや、これは……違うの」


「ウフフッ、誤魔化さなくたっていいのに」


「え……」


「つまりこの魔法は神の奇跡を借りずに成立しているってことでしょう?そういう説明も斬新でいいじゃない」


「いやいや! さすがにそんなことはないわよ。この術式、自分で全部読解した訳じゃないから、中で何が起きてるか完全には理解できていないの。きっと私が理解できていない根幹の部分に奇跡を借りる工程があるんじゃないかな」


「そうなんだ。じゃあ私の勘違いか……いや、でも仮に神の奇跡に依存しない魔法が成立するなら、結構面白いことになりそうじゃない?」


「そんなことあるのかな?」


「分からない。けど最初にリアがしてくれた教会に対して全くと言っていいほどに忖度のない説明は、リア自身にもちょっとした疑念があるからこそ、無意識のうちにでてきたものだったりするんじゃないかな」


「いやいや! そんなことないって! 流石に深読みしすぎよ……いや、でも……」


これまで魔法は神の奇跡を借りて発現するものだと教わってきた。


不思議な現象なのだから不思議な力で生じるものなのだと特に疑いはしなかったけれど、もし仮に魔法にも科学のような原理があるとしたらどうだろうか。


少なくとも私が転生する前の世界には科学があり、科学という概念が私の頭の片隅にある。


もしかすると前世の科学的な感覚が、私の術式の説明に現れていたのかもしれない。


そしてレアは、私の説明から、科学の要素を悟ったのかもしれない。


だとすると彼女の洞察力は恐るべきものである。


「どうしたの?」


あれこれ考えているうちに変な間が生まれてしまった。


「あっ、いや! こんなこと言ったらまずいかもしれないけど……もしそうだとしたら、確かに面白いかもなって……」


「ウフフッ、そうでしょう? 仮説としてはたまらなく魅力的だわ」


もう一度私の魔法に視線を移して、まじまじと観察していた。


「ちょっといいこと思いついたかも」


「いいこと?」


「うん、もしかしたら私達は今の魔法のパラダイムから一歩抜け出しちゃったりしてね。それに……」


「?」


「教会のこと、ちょっとおちょくれるチャンスかも」

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