第2話 リア

「さて、君は人間に向けて極めて攻撃性の高い魔法を行使した。この事実に相違はないかね?」


「あの時は仕方なかったんです! 変な人たちに囲まれて……」


「そんなことは聞いていない。私が聞いているのは君が魔法によって人を傷つけたかどうかだ。はいかいいえのみで答えたまえ」


「……はい」


「そうか、やはりあれは君がやったのか」


エリザと名乗る人物は大きなため息をついた。


「でも、ルナを……私の友達を守らなきゃって……そうよ! ルナは!? ルナはどうなったの!?」


「静粛に。まずは事実の確認からだ。それで、君が行使した魔法についてだが、雷系統の魔法ではないかと報告があった。これは事実かね?」


「……」


「どうした?早く答えなさい」


「いやです」


「なんだと?」


「いやです! ルナがどうなったのか、教えてくれないなら、これ以上は答えません!」


「全く……こんな強情な子供がいるとは。教育委員会は何をやっているんだ」


もう一度、呆れるように深いため息をついた。


「君の友達、ルナ・リリネスタは現在行方をくらませている」


「行方不明?あんな小さな町で?」


「ああ」


「そんな……」


「まあ心配する必要はない。時期に忘れる」


「何を言ってるの……忘れられるわけないじゃない……」


「さて、今度はこちらの質問に答える番だ。君の行使した魔法は雷撃系の魔法かね?」


「……はい」


「どこでそれを覚えた? 君の父親にでも教わったか?」


「いえ、家にあった本を読んで自分で学びました。父には内緒で……」


「そうか、では君は自らの意志で倫理法典に背いたわけだな」


ゆっくりと立ち上がると後ろの真っ白な壁を杖でつついた。


すると、壁は泥のように溶けてなくなっていく。考えてみればこの部屋にはドアがなく、それらしき切り込みさえ見つからない奇妙な場所だった。


壁が無くなると、拘束された父が姿を現す。


爪は血で滲んでおり、ひどい拷問を受けた後だということがすぐに理解できた。


「パパ? うそ……」


「フィリア……よかった。お前の顔が見れて」


「貴様の娘の証言は聞いていたはずだ。この娘は自ら倫理法典を犯したと述べているが……」


「ハハハッ、それは嘘ですな。あの魔法は私が教えたものです」


「ほう?」


「フィリア、よく言いつけを守ってくれたな。けどもういいんだ。ちゃんと罪を告白しよう」


「えっ?」


この時の私の頭は真っ白になっていた。


少なくともこっそりと父の本を読んでいたのは事実であった。なぜ父はこんなことを言っているのだろうか。


「では、貴様の娘は貴様を守るために偽証したということで間違いないのかね?」


「はい、そうです。考えてみてくださいよ。こんな子供に雷系統の魔法文献を読めるわけがないでしょう?私が子供向けにやさしく噛み砕いて指導しなければ扱えるはずがない」


「ああ、それは確かにそうだな。では、貴様の娘の罪は、成績が良好である点も考慮し、不問としよう」


「そいつはどうも」


「審問は終わりだ。その男を連れていけ」


「はっ」


後ろから白装束を来た人が父を連れ去っていった。ルナを襲った男達と同じ身なりであることにも私は気づいていた。


しかし、今はそれよりも父がこの後どうなるのか、それを知るのが先だった。


「パパは!?パパはこの後どうなるの!?」


「君の父親は倫理法典に違反した。罪を洗い、魂を浄化する必要がある」


「そ、そんな!! パパは何も悪くないわ! 私が! 私が……!!」


「フィリアッ!!!」


連れ去られる間際に、父はすごい剣幕で私の名を叫んだ。


いつも優しい父のこんな表情は見たことがない。


私が少し怖がっていると、その様子を見た父は、またいつものように私に微笑みかけてくれた。


そして最後に声を殺して、口だけを動かして私に言葉を残していく。







「生きろ」







確かに父はそう言っていた。


私がゆっくりと周りに悟られないほどの機微をもってしてうなずくと、父は安心した表情でこちらを見つめた。


私は生きるため、それ以上は口をつぐむことに徹する。


これが父との最後の時間となった。








敬愛する父と、親愛なる友を同時に失った私は、しばらく胸にぽっかりと穴が空いたような気分であった。


涙が枯れるまでひとしきり泣き終わると、底なしの虚無感に浸され、呆然とする毎日を送ることになる。


私の好奇心が父を殺した。


そんなふうに考えるようになってから、私はその好奇心は愚か、心そのものを殺すようになる。


学校のカリキュラムにも従順に従い、中の上くらいの成績をキープし続けていた。


余計な探究を行えば、再び私は危険にさらされるかもしれない。生きろという父の最期の言葉を尊重するためにもこれが最善であると言い聞かせていた。


私が協会に拘束されたという話はたちまち広まり、周りの同級生は私のことを気味悪がって近づかないようになっていく。


魔法学級の初等科でのその後の思い出は何一つ覚えていない。


残っているのはただただ無味乾燥とした孤独感だけであった。





それから二年たった春、私は中等科へと入学を果たすことになる。


そこでは全寮制という新たな環境で、同級生と寝食を共にしながら学びを深められるのだという。


とはいえ新しい学級生活には、はなから何も期待していなかった。


これまでとやることは同じ。カリキュラムに従って、知識をインストールするだけだ。








校内にチャイムが鳴り響いた。


待ってましたと言わんばかりに生徒達は散っていく。


「メリルちゃん! ご飯一緒に食べよう!」


「うん、今日は食堂ね!」


新学期がはじまってからしばらくたち、だんだんとクラスにグループができてくる頃合いだった。


談笑する同級生の傍ら、相変わらず私はボッチを決め込んでいた。心を殺している上に前科持ちの私に近づいてくる人なんて誰もいない。


慣れてるとはいえ、一人でいるところを見られたくなかったので、普段は旧校舎のバルコニーで食事をしている。


いつものベンチに腰をかけると、杖につけていた雷紋のストラップが転がっていった。


「あっ……」


腰を屈めて拾い上げると、陽の光を綺麗に反射し、雷の紋章が輝いているように見えた。


「パパ……」


パパのことを思い出してしまい、涙が込み上げてきた。


このところは我慢していたけれど、誰もいない今なら少しは泣いたっていいだろう。


ふと懐かしくなり、幼い頃にパパがほめてくれた波打つ円環の術式を展開させた。


元の術式のように調和のとれた動きも嫌いではないのだけれど、やっぱり不規則に乱れるこの円環の方が私は好きだった。


焚き火を眺めるように、それを見つめていると、不意に誰かが話しかけてきた。


「へー、あなたの術式、面白いのね」


「えっ!?」


驚いて振り返ると、そこには銀の髪をなびかせる可憐な少女の姿があった。


青く深い瞳は透き通っているにも関わらず、光がないようにも見える。どうにも不思議な雰囲気の持ち主である。


彼女の名前はレアノール・フォン・ミリテス。公魔教会最高司祭の娘であり、その気品と才知から学級の聖女様ともてはやされている。


流石に協会の人にこんな術式のアレンジを見られるのはまずい。私はなんとかして繕うことにした。


「こ、これは! 違うの! なんか術式の構成を間違えちゃったみたいで!」


「嘘」


妖艶な笑みで笑うと、軽やかにベンチを跨いで、隣に座った。はじめて話をする相手なのにどうにも距離が近い気がする。


「え、えーっと……」


このまま告げ口をされてしまうとまずい。私には前科がある。


今度こそ協会からの信用を損ねてしまいかねない。


ドギマギとしながら地雷を踏まないように言葉を選んでいると、彼女はクスクスと笑った。


「大丈夫よ、安心して?」


「えっ」


「私も円環の術式、嫌いなのよ」


状況が飲み込めなかった。最高司祭の娘が公式魔法の基礎術式を嫌悪するなんてあまりにおかしな話である。


「あの円運動はあまりに無機質すぎるわ。機械的でつまらない。完成されすぎているせいで疑問の余地がない。私はもっと混沌とした有機的な運動が好きなの」


「で、でも円環の術式は神の永劫調和の意志を汲んだものなのでしょう? 協会の出のあなたが、それを否定したらまずいんじゃ……」


「ええ、まずいわね。でも困ったことに、私はそういういけないことが大好きなのよ」


「……そんなこと言って、私が密告したらどうするの?」


「そんなことしないわ」


「えっ?」


「あなたはそんなことしないわ。私と同じ匂いがするもの」


「匂い?」


「うん」


そう言うと、彼女は私の首元に顔を近づけて、スンスンと匂いを嗅いだ。


揺らめく銀の髪からは気品のある良い匂いがした。


「ほら、いい匂い」


「……」


「あなたこそ、こんな術式をお遊びでやってるなんてバレたら、終わりよね?」


妖気に満ちた瞳に捉えられて、私の鼓動はどんどん大きくなっていく。


彼女は人差し指を私の心臓に押しつけてきた。


「フフフッ、ドキドキしてる」


「……」


「だから安心してよ。このことは誰にも言わないわ。二人だけの秘密……」


柔らかそうな唇にそっと人差し指を当てた。


「あなたは……あなたは私の術式のどこがいいと思ったの?」


「それはね、神の意志を体現した現象に、乱数なんていうノイズを投げ込んで見せたところかしら」


「それって普通はおかしなことじゃない?」


「そうかもしれない。けれどその"普通"そのものが、おかしなことだったとしたら?」


「えっ?」


「それに言ったでしょう?私はいけないことが好きなのよ。きっと小さい頃から貞淑ていしゅくを叩き込まれてきた反動ね」


「でもあなたは……」


「レア」


「えっ?」


不意に私の言葉を遮った。


「私のこと、レアって呼んでよ」


私の方に顔を近づけると、やわらかそうな唇に人差し指を置く。


「う、うん、分かったわ……レア」


「ウフフッ、ありがとう。私もあなたのことリアって呼んでいいかしら?」


「え、どうして私なんかの名前を?」


「前から気になっていたのよ。私と同じ匂いがする子がいるなって」


「そ、そう……」


「それで? 呼んでもいいのかな? いきなり愛称で呼ばれるのに抵抗があるなら、せめてフィリアちゃんって呼べたらいいなとも思ってるんだけど……」


「いや! いいよ! リアって呼んで!」


「そう? よかった……よろしくね、リア?」


「う、うん、よろしく。レア……」


パパ以外に私の波打つ円環を気に入ってくれたのは、レアがはじめてだった。


私はそれが嬉しくて、この日は久しぶりにたくさんおしゃべりをした。


レアとはとても気が合い、すぐに意気投合することになる。


この時から私はどこか拭えない警戒心を持ちながらも、レアにどこか惹かれていたのだと思う。


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