学級崩壊からはじめる世界崩壊

トバリ

第1話 転生

「そんなことしたら、今度こそ捕まるわ」


「別にいいじゃない」


「えっ?」


彼女は本を閉じると、遠い目で外を眺めた。


「投獄されたって今と何も変わりはしないわ。この世界はすでに監獄みたいなものだから」


「……」


「本当はあなたも感じているのでしょう? 密閉されたこの世界の、息が詰まりそうなほどの閉塞感を。貼り付けたような笑顔でやさしくしてくる大人達への、虫唾が走るような嫌悪感を」


「……いったい何がしたいの?」


「私がしたいのは、そうね……」


人差し指を唇に当てながら天井を見つめる。


しばらくするとニヤリと笑い、今度は私の唇にその指を押しつけてきた。


「二人きりでこの世界から抜け出すの。どう? 素敵でしょう?」


「外の世界は死地よ」


「そんなの分からないじゃない。大人達はそう言うけど、実際この目で確かめてきたわけじゃない。それにどんなに荒れ果てた世界であろうと、あなたとともに自由を分かち合えるのなら、きっと悪くない」


「どうして私なの?」


「それはね……私はとそれを愛する人を愛しているからよ」


くるりと背を向けると、沈みゆく夕日を眺める。


夕焼けに染まった彼女の銀の髪は優美になびいていた。


しばらくしてからこちらを振り返ると黙って私に手を差し伸べる。




今思えば、あの手を取るかどうかは、私の二度目の人生と、そしてこの世界の行く末の分水嶺ぶんすいれいであったと思う。








一度目の人生の終わり、私は17歳だった。


幼い頃から好奇心旺盛で、よく大人を困らせるような質問ばかりしていたらしい。


学ぶことは大好きだったので勉強は人より少しできる方だった。


とはいえ他に特にこれといった特技もなければ、親友と呼べるような友達も、恋人もいない、ごくごく平凡で、やや内気な女子高生である。


そんな私でも高校三年生の終わりでは、ちょっとしたヒーローのような扱いを受けていた。


辺境の公立高校にいた私が京帝大学に合格したのである。この町の中では実に20年ぶりのことらしい。


親も先生もクラスの同級生も、鼻が高いとみんな私を褒めてくれた。


この国の最高学府と名高い大学で、同窓の学徒と共に学び合えるのだと思うと胸が高鳴る思いだった。


しかしそれも束の間で、私は命を落とすことになる。


何で死んだのかは分からない。


覚えているのは、目が覚めると知らない若い夫婦が、私のことをしきりにあやしている景色だ。








「ほら、フィリア? パパですよー?」


「あらあら、どうしたのかしらね。この子ったらずっとだんまりしちゃって」


「んー、よし!」


パパと名乗る男は小枝のようなものを取り出して、指揮をするようにそれを振った。


すると線香花火のようにはじける光の球が現れ、電気を帯びながら私の目の前をグルグルと回りはじめる。


おかしな現象に私の好奇心は掻き立てられ、思わずはしゃいでしまった。


「ハハハッ、やっと笑った! どうだ? すごいだろう? パパの魔法は!」


今この人は"魔法"と言ったのだろうか。


確かにこの不思議な光球は物理現象として説明するには無理がある。


夢を見ているだけじゃないかとも疑ったが、それにしては意識がはっきりしすぎている。


ひょっとしたら、私は生まれ変わり、別の世界へと転生したのではないだろうか。


元の世界の理にそぐわない現象が起きているのだから、そう考えるのが妥当なように思えた。


「フフフッ、あなたの魔法は相変わらずね」


「まあな!」


「あらこの子、笑ってるのに涙が出ているわ」


「えっ本当だ。全くおかしな子だな」


「そうね、変な子。あなたに似たのかしら?」


「え、それは僕が変ってことかい!?」


「ウフフッ、冗談よ」


私はこの時、二度目の人生ではじめて感動をしていた。


もう一度、異なる世界に生を受け、諦めていた学問を再開することができる。


おまけにこの世界には、魔法という好奇心がくすぐられる最高に不思議な力まである。


私の胸は再び踊るように奮い立った。この時の記憶が一番古い記憶として残っているのは、この感動故だろう。






幸運というのは重なるもので、この世界での私の父親はどうやら研究好きらしく、家にはかなりの蔵書があった。


おかげで七歳になる頃には幼いながら初級の魔法を使えるになる。


「ねぇ! パパ! 見て見て! 円環の術式に乱数を組み込んだらね、渦がうねうねするようになったの!」


「どれどれ……おー!すごいなフィリア!」


「ほんと!? すごい!?」


「ああ、すごいよ。パパもこんなの初めて見た。さすが俺の子だ!」


父は私の頭をしきりに撫でてくれた。


正直言ってこんな術式は何の役にも立たないだろう。


けれども、この時はただ公式をなぞるだけでなく、自分でアレンジを加えることが純粋に楽しかったのだ。


「そしたらさ! そろそろパパの雷の魔法を教えてよ!」


「それはだめなんだ。ごめんな」


「えー! なんでよー!」


「んー、この魔法はちょっと特別なんだよ。それに人を傷つけてしまう可能性もあるから、子どもが覚えてはいけない決まりなんだ。パパでさえ国の認可をもらって研究させてもらってるくらいなんだよ」


「なんで!? なんでそんな決まりがあるの!? 誰もいないところでやれば危なくないじゃん!」


「んー、それはねー」


「ウフフッ、またフィリアのなんでなんで攻撃?」


「そうなんだよーママ助けて」


「全く、情けないわね。フィリア?そんなにパパを困らせちゃだめでしょ?」


「はーい……」


「ほら、そんなふてぶてしい顔しないの。明日から魔法学級に入学するのでしょう? そんなわがままばかり言ってちゃだめよ?」


「……はーい」


不服そうな私の様子を見て、父はニッコリと笑いかけると頭を撫でてくれた。


「フィリア、雷の魔法は教えてやれないが、代わりにこれをあげよう」


「?」


丁寧に包装された小包を手渡す。


「なあに? これ」


「フフフッ、開けてみてのお楽しみだよ」


可愛らしいリボンを解くと中には黒光りする杖が入っていた。線で刻まれた古代文字のような意匠がなんとも美しい。


持ち手には雷紋の形を模したストラップがついていた。


「パパ! これ!!」


「ああ、入学祝いだよ。フィリア?お前には魔法の才がある。これを使ってフィリアだけの魔道を極めるんだ。いいね?」


「はい! もちろん! ありがとう!!」


この世界では七歳になると魔法学級の初等科に入学することになる。


当時の私は、この世界の学校に行けるのだと思うと、ワクワクが止まらなかった。


けれども、そんな期待とは裏腹に、授業は極めて退屈なものだった。


教えられることと言えば神の教えや魔法を扱うための心構えばかりで、ちっとも実演をさせてくれない。


申し訳程度の実技演習も私からしたら児戯にも等しいようなレベルの低い魔法ばかりだ。


公式をなぞるだけの猿真似でしかなく、私の大好きなアレンジの余地はほとんどなかった。


それどころかちょっと工夫を凝らすとすぐさま先生が飛んできて、術式を停止させられ、厳重注意を受ける。


パパに褒められた私の波打つ円環の術式を、二度と使わないようにと厳命された時は流石にショックだった。


先生達は皆やさしく、笑顔を絶やさない人ばかりなのだが、私にはかえってそれが不気味に感じられる。


パパのように私の好奇心を肯定してくれる人はいない。ただにこやかにカリキュラムをインストールしてくるだけの機械のように見えていた。


この時からだろうか。私がこの世界に違和感を感じはじめたのは。







「フィリアちゃん! 帰ろう!」


「うん」


荷物をまとめて私達は昇降口へと向かった。


彼女はこの世界でできた私のはじめての友達である。


学校に幻滅して、へそを曲げていた私にも気さくに話しかけてくれた子だ。


たまたま五年間も同じクラスだったので、とても仲良くなっていた。


二度目の人生にして、私はようやく親友と呼べそうな人に出会うことができたのだ。


「やっぱりフィリアちゃんはすごいよね! どんな魔法も一発で成功しちゃうんだから!」


「まあ昔から魔法で遊んでたからね」


「私なんて全然だめでさ、出力の制御がいっつもうまくいかないんだ。私才能ないみたい」


「そんなことない! ルナは才能あるよ!」


「えっ?」


「出力の制御がうまくいかないのはルナの魔力が他の人より強いからだと思う。きっと魔力にまだ体の成長が追いついてないんだよ。だから、もう少し大きくなったら他の人よりもずっとすごい魔法が使えるようになれるはず」


「ほんと!?」


「うん、パパの持ってる本に書いてあったもの」


「そっかー、じゃあいつか私もフィリアちゃんみたいになれるといいなー」


やっぱりルナは素直でいい子だ。


退屈な学校に通えたのも、彼女とおしゃべりできたからだと思う。


きっと大人になれていれば、立派な魔法使いになっていたに違いない。


あの日の帰り道、私はまとわりつくような嫌な視線を感じていた。


「さっきからどうしたの? キョロキョロして」


「えっ! いや! なんでもないよ!」


辺りを見渡しても、ただ田畑が広がるばかりで何もいなかった。


今なら分かるが、きっと私たちは鳥や虫のような使い魔に見張られていたのだと思う。


「それじゃあ、また明日ね! フィリアちゃん!」


「う、うん」


「?」


「ルナ、気をつけて帰ってね……」


「うん、ありがとう! じゃあねー!」


互いの帰路に分かれて歩いていく。


この日は二つの月が同時に新月となり、月明かりを頼りにできない夜だった。


ルナは家がある暗い森の方へと入っていく。


私は彼女の小さくなっていく背中が見えなくなるまで見つめていると、あたりの茂みが不自然に揺れているのに気がついた。


その不穏な雰囲気に絶えられなくなり、ルナの方へと走り出す。


森に入って道を曲がると何かに滑って転んでしまった。


「いたたたっ……」


尻餅をつくと私の体は血まみれになっていた。


まさかそんな大怪我をしたのかと思い、慌てて顔をあげると、体にこびりついた血が自分のものでないことに気がつく。


そこにはルナの変わり果てた姿があった。


「フィリア……ちゃん? 助けにきてくれたの……?」


「ルナ! どうして!? どうしてこんなことに!」


私が狼狽ろうばいしていると、背後に白い装束を身に纏った二人の男が現れた。


「しまった。この子の友達か」


「おい、ちゃんと周囲には注意しろって言ったろ。どうするんだ」


「いや、こうなったら聞き分けてもらうしかないだろう」


「んー、それもそうだな。おい君……」


私たちの方へとにじり寄ってきた。


思わず私はルナのことを庇い、彼らの歩みを阻んだ。


「やめて!来ないで!」


「ごめんね。とても悲しい思いをさせてしまったかもしれない。でもこれはこの世界にとってとても大切なことなんだ」


「私の友達を殺すのが、大切なことだっていうの!?」


「うん、しかたのないことだよ」


「どうして!?なんで!?」


「それは教えられない。まだ君が子供だから」


「またそれ……」


「ん?」


「いつもいつも、子供だからって、あなたたち大人はなんにも教えてくれない!理由もなしに正しさばかり押しつけて!」


「おいおい、落ち着くんだ」


「落ち着いてられるわけないでしょ!?ルナをどうする気!?」


「この子は残念だけど、この世界では生きていちゃいけないんだ」


「だからなんでよ!?どうしてルナが生きていちゃいけないの!?こんなにいい子なのに!私の友達なのに!!」


大声で叫ぶと、もう一人の男が声をかけた。


「おい、この子、今は眠らせておこう。こんなに興奮していたら聞き分けなんてつきそうにない」


「ああ、そうだな」


男は杖を構えて詠唱をはじめる。


展開された術式を見るに、被術者の意識に干渉する魔法のように思えた。


このまま私が眠らされたら、ルナは確実に殺される。


それだけは絶対に避けなければいけない。


私はとっさに詠唱をはじめていた。


「紫電よ、汝に仇なすかの者に天誅を下したまえ……」


「なんだ?何を言っている?」


「ルナは私が守る……」


私は勢いよく立ち上がると杖を取り出して、ありったけの魔力を込めた。


「なっ!魔法か!?」


「貫け閃光ッ!!!」


杖先から雷撃が走り、彼らを感電させると、そのまま地面に卒倒した。


「はあっ……はあっ……で、できた」


魔力を使い果たしたためか、私も膝から崩れ落ち、その場に倒れ込む。








次に目を覚ますと、私は真っ白で無機質な部屋にいた。


「目覚めたか。起き抜けに悪いが、まずはそこに座りたまえ」


「……」


重い体を起こして、腰をかけた。しばらくすると視界がはっきりとしてくる。


目の前には中年の女性が冷たい表情で私を見ていた。


「私は公魔教会公正魔法局局長、エリザ・クライスだ。君には聞かなければならない質問が山ほどある」


「その質問に答えれば私の質問にも答えてくれますか?」


「どうやら立場が分かっていないらしいな。君は倫理法典に違反した容疑がある。発言次第では二度と家には帰れないということを肝に銘じておくことだな」

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