第2話 Time has wings

「ねえねえ、いま、なんていったの?」

実家に向かう電車内。景色に夢中だった娘が突然私の方を向き問いかけた。

途中駅を伝えた車内アナウンスの事だろうか。「次は新さっぽろに停まるよって教えてくれたんだよ」と答える。

「恵庭まではもう少しかかるから一緒にお外を見ていようね」

普段は大人しい彼女がまだ何か話したそうにしているのは、滅多にない電車の旅が楽しくて仕方ないからなのか。昔の自分もそうだったと母に言われた事を思い出す。


   ***


まだ小学校にも上がる前だったと思う。

1番前の1人席に座っていたあの日の私は明らかにはしゃいでいた。

乗り慣れない電車も、母と2人きりでのおでかけも、紛れもなく"特別な日"を表していたからだ。

もの凄いスピードで過ぎていく景色が不思議で堪らない。それを伝えようと母の方を向いた時に、近くで立つ年配の男性に気付いた。

「お席ゆずってあげたい」

自分から話しかける事が苦手な私は、母にそう気持ちを伝える事で自分の代わりに対応してくれるだろうと期待する。

それを汲み取った母により男性に席を譲る事が出来た。

「お嬢ちゃん、まだ小さいのに偉いね」

そう褒められると悪い気はしない。

嬉しさと恥ずかしさで言葉こそ出てこなかったが、私は大きく頷いてみせた。

男性は背負っていたリュックから折り紙を取り出すと、目の前でそれを手早く折っていく。

ゴツゴツとした太い指が器用にするすると動くのがとても面白い。

「あっ、アサガオだ」

あっという間に出来上がった赤と青のアサガオを見て思わず声が出る。

慌てて口を塞いだけれどもう遅い。

一瞬まわりの人たちの視線が集まりはしたが、皆優しい顔をしていたからほっとした。

「これ、お嬢ちゃんにお礼だよ」

一駅か、それとも二駅だっただろうか。

どちらにしてもほんの僅かな時間にこんなに素敵なものを作ってくれるだなんて、この人はきっとすごい人なんだ!

そう感動した事を覚えている。

折り紙がよれてしまうまでずっと部屋に飾っていたのだが、ふたつ並んだアサガオを見るといつだって優しい気持ちを思い出せた。


   ***


「あのね、おばあちゃんのとこついたら、やきおにぎりたべたい!おいしくってだいすき」

娘の声でふと我に帰る。

(私も大好きだったな、焼きおにぎり)

得意料理でもなんでもなく冷凍食品。確かに美味しいけれど母が聞いたら複雑な心境になるだろう。

「ママのおりょうりですきなのはねー」

嫌な予感しかしないが、祈るような気持ちで次の言葉を待つ。

「鮭おにぎり」

(やっぱり)

平静を装い「おにぎり大好きだねぇ」と返したが、はす向かいの乗客が笑いを堪えているのは明らかだった。

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