徒然。
桐谷綾/キリタニリョウ
第1話 Re:START
コンビニでコーヒーを買って喫煙スペースで一服。
怪訝な顔をして横を通る学生に無言で頭を下げる。
この10年でタバコは随分と値上がりし、至る所にあった喫煙所も今ではほとんど見かけなくなった。
おじさんのルーティーンは今の時代にそぐわないらしい。
***
10年前。
プロポーズは彼女からだった。
当時としてはそれがなかなか珍しく、職場でも家族にも、随分と揶揄われたものだ。
1年前。
別れ話を切り出したのも彼女からだった。
自分のどこが悪かったのか、何が足りなかったのか。
今になってようやく分かってきた気がする。
***
就職先で出会った彼女はひとつ上の先輩で、面倒見の良いお姉さんという印象だった。
お互い野球観戦が趣味というのを知ってから一気に距離が縮まったように思う。
球場が職場から地下鉄一本という事もあり、仕事が早く終わった日なんかには2人でナイターも観に行った。
初デートは日本シリーズ。
試合は1-7でボロ負けだったけれど、彼女が特に力を入れて応援している選手がホームランを打ったのがせめてもの救いだ。
「あの放物線は見事だったなぁ」
クレープを頬張りながら満足そうに話す彼女の横顔がとても綺麗ですっかり見惚れてしまった。
帰り道、半分ずつのイヤホンで聴くのはエレカシ の「俺たちの明日」。
もともと好きだったこの曲が応援している選手の登場曲として使われているのを知ってますます好きになった。
ソウルフルで熱いこの曲が響かないサラリーマンはいるのだろうか。
まるで自分の為の応援歌のように感じてしまう。
彼女の口癖は「仕事が出来る男の人って格好良いよね」
その言葉を鵜呑みにし仕事に没頭する日々。
支店での数字を上げて多くの実績を残した結果、翌年からの新事業を任される事が決まった。
引っ越しも視野に入れなければならない。
その折、ニュースで球場移転を知った。
仕事の忙しさを理由に、結婚後1度も観戦に行っていなかった事に気付く。
遅い夕食の席で彼女は言った。
「もう、終わりにしようか」
彼女の表情はどこかスッキリとしていて、とても綺麗だ。
***
ドリンクホルダーにカップをセットしてシートベルトを締める。
ふぅ、と一息ついてからエンジンをかけた。
期待と不安が入り混じる朝に、あの曲をかけて自分を鼓舞する。
新たな場所でのスタートだとしても、今までの経験は必ず糧になっているはずだ。
さあ、一から頑張ろう。
(そういえば……昨シーズンで引退したあの選手、今年からは解説者としてやっていくんだったっけ)
朝陽の眩しさと窓から入る優しい風が心地良さをくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます