第2話 なぜか師弟関係
康行は混乱の最中にいた。
え、本物? どうしてここに? もしかして彼女が? そういった疑問がぐるぐると頭を駆け巡る。
しかし制服にも似た衣装姿に、特徴的な目元は見間違うはずがない。
なにより記憶の中に鮮明に焼き付いている神の姿と一致する。
彼女はどこからどう見ても推しである白崎真希にしか見えない。
白崎真希と思しき彼女は変貌した自らの自分の
「す、すごいです……」
「えっ、ああ……ポスターは発売日順に並べて、推しの服装で1年を感じられるように配置しなおして、雑誌も発売日順に……」
「ふぁあ」
「……」
彼女の部屋は先ほどまでの汚部屋とは随分様変わりしている。
壁にはポスターとカレンダーが一定の感覚を空けて貼られ、棚には二次元化フィギュア、推しが表紙のファッション雑誌、それはグッズで構成されたいわば推しファンのための小さなテーマパーク。
先ほどから彼女がだらしない笑顔を向けて、その光景に驚くのも無理はないだろう。
だが驚きという点では康行も負けていない。
見た目はまんま白崎真希の彼女は、舞台で見る氷結としか評されないクールな姿とはまるで違い、喜怒哀楽を発揮している。
イベントやインタビュー動画では見られないこれが素の彼女なのか。
その姿を目の当たりにしているだけで嘘みたいに鼓動が脈打つ。
「はわっ、うっ、ううっ……」
「刺激が強すぎたか……あ、足元きをつけ」
「えっ……」
部屋の真ん中であらゆる推しの視線にさらされていた彼女は、あたふたしていた。
だがその表情は赤く染まり嬉しそうだ。
推しの存在を確かめるように部屋をゆっくりと回っていたが、前しか見ていなくてコードに足を取られ、机の上に並べてあったリモコンを床に落としてしまう。
その弾みで映像が再生された。
それは彼女のグループのライブで、観客の声援がまず聞こえたがその瞬間にスイッチが入ったようにクールな表情になり、
「静かにしなさいよね!」
「す、すいません! ……って、やっぱり、君は……」
それはイベント時でもよく見る注意喚起みたいなもので氷結を纏ったような彼女の第一声みたいなもの。
いつしかそれはお約束になり、その言葉で会場はシーンと静まり返る。
「……はっ、す、すいません。私ったらつい本番みたいに……」
「い、いや……」
「そ、その、わ、私、白崎真希です……実は、推しの
「えっ、あっ、うん……」
もじもじしながら告げる彼女。
やはり本物なんだと思うものの、どう反応していいのかもわからない。
推しがすぐ傍にいるこの状況にやたらと緊張して体が少し震える。
自分の推しは君と告げようか迷って、頬を掻いていると、彼女は停止していたDVDを再生させようとしていた。
「ちょっと待ってください……わかりませんよね、ふぁあ、このすごく可愛くて、明るくて、優しい推しさんの隣でちょっとどんくさい動きしているのが私で……」
「……」
「そうですよね、超絶可愛いざアイドルな広実さんに比べると影が薄くて、ううっ」
「い、いや、さすがにそんなことはない。君にもたくさんファンいるし、そもそも個人じゃなくてグループ全体が好きって人もいるし……」
「っ! ……あ、あの、せっかくなのでこのままライブ映像を」
「……」
神聖な推し部屋に佇んでいれば、より一層推しを感じたくなったようでそんな提案をしてくる。
その言葉にまだ戸惑っている康行は無言で頷く。
テレビに映される推しのグループ。
『♪♪♪~』
センターを務める真希の推しである岡島宏実がその歌声と華麗なダンスを披露する。
それだけで綺麗に背筋を伸ばし正座して食い入るように見ていた彼女は目を輝かせて拍手した。
「可愛い……うっ」
「やっぱそうなるよな、慣れれば大丈夫」
さらに何か言いかけようと口を開きかけたが、推したちの視線に気づきクールな目つきになったりと表情をころころと変えていた。
そんな反応を示す彼女にドキドキしながらも、康行も映像見つめる。
端に映る推しが歌と一生懸命に振り付けを披露していて、その姿を見せられればぴくりと体が動いてしまう。
「え、えっ、そ、それは……!」
「これも推し活で舞台上の動きを模倣するんだ……ほらこの曲、振り付けはシンプルだからこそファンも一緒になれて、最初の頃の路上ライブでめっちゃ盛り上がって、メディアでも取り上げてくれただろ。君もやってみ」
「っ! さすがよくご存じです。はいっ」
こっちの動きと映像の推しの動きに合わせ、彼女も振り付けを披露し始める。
もともと振り付けを完璧に覚えていたこともあるだろう。
その動きは徐々にスムーズにキレのいいものになっていき、表情も活き活きとしてくる。
感心しながらも康行とて動きを止めない。
隣の彼女に引っ張られながらも、いつも以上に気合いが入り徐々に表情が緩んでしまう。
「誰かと一緒だとより満たされるな」
「すごいです……そっか、いつもファンの人ってこんな気持ちなんだ!」
他のメンバーの推しと共有する推し活はライブではあるものの、少人数では康行も初めての体験。
そしてなによりも推し本人との推し活は夢のような時間だった。
やがて曲はフィナーレを迎え、最後は決めポーズで締めた。
お互い全力の応援をし終わると、激しい動きをしたわけではないのだが肩で息をしている。
だが疲れを感じるよりも、やりきったという充実感でいつも以上に心は満たされていた。
「やっぱりいいな……」
「いいですね。なんか夢中になったら広実さんが応援してくれているみたいで……す、すごい、すごい。これが推し活なんですね。わ、私、グッズ買うことしかしてきてなくて」
「それも立派な推し活なんだけど、もっと上があったろ?」
「はいっ! なにか一体になった気がして、推しさんにも伝わる気がしますね」
「そうそう……んっ!」
にっこりと微笑んでいた彼女だが、段々とその表情は陰っていく。
康行の方もつい推し活に熱を上げてしまったが、推しを前になんてことをと頭を抱える。
「うーん……」
「やっちまった……」
「……あの、ステージ上にいると今みたいにファンの人と一緒に盛り上がるような推し活は出来ないんじゃ……」
「えっ、いや……当事者だろうと推し活ができないなんてことはねーよ。それが本番中でもだ。ほらここの映像にもあるけど、最前列のファンは今の俺たちみたいに一緒に振り付けやってくれてる」
「……ほんとだ」
「この人たちの動きを、推し活の起点を、君が作ればいいんだ。ステージにいる君は、会場の雰囲気や特に盛り上がって欲しい場所を把握しているだろうし。ここってときに一体感を生ませやすいだろう。えっとつまり、君がファン全体の先導者になるってこと」
「っ! わたしが……そ、そんなこと考えたこともありませんでした」
少し想像したのか、彼女は小刻みに震えだす。
「それが出来れば、もっと盛り上がるし話題にも上がり、なにより自分と推しのためにもなる」
「うわぁ……し、ししょうっ! そうお呼びしても?」
「いや、なんでだよ……」
推し活について少し助言を、当たり前のことを言っただけなのになぜか敬意をこめた眼差しで見つめられる。
頭の中のクールな推しと目の前の感情を豊かに見せる推し、その違いもあって本物とわかっていても、未だ困惑したじろいでしまう。
頬を赤くしてなんだか恥ずかしくなって頬を掻くしかなかった。
どうやら家事代行先が推しの家で、なぜか推しと師弟関係になってしまったらしい。
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