家事代行先は無口で不愛想と評判な推しのアイドルの家~話をするうち実は弱点だらけだということを知ってしまった俺は、なぜか慕われて悩みを相談される仲になった件~

滝藤秀一

第1話 家事代行のアルバイト先は……

 康行にとって推しのアイドルは全てだった。

 崇めるべき神だと言っていい。

 推しのあらゆるグッズは経典であり、聖遺物であるから集めなければならないし、礼拝するためにも必要だ。

 どんなに小さなイベントであろうと網羅するのは信者としての義務だろう。

 しかし康行の信仰推し活の道を遮るものがあった。

 お金である。

 一介の高校生にとってお小遣いは有限。

 鑑賞用と保存用を躊躇せずに買うファン、購入特典をすべて網羅するファン、グッズ売り場で商品すべてとどや顔で言い放つ、それらのファンをどれだけ羨ましく思ったことか。


 ならばバイトして稼ぐのは当然。


 むしろ信仰推しのためにと嬉々として家事代行のバイトする康行は、先輩が片付けに躊躇するごみ屋敷の現場でも先陣を切ったり、口うるさく支持が飛び交う依頼主を前にも嫌な顔せず神対応、幼児が遊びまわり作業に支障をきたす場面でも面倒を見ながらせっせと働く。

 そんな康行は内外でも評判がよかった。



 だがこの日の現場は、その康行をして大きな嘆きの声を上げざるを得なかった。



「あ、あぁあああぁああぁ……っ!」

「ひぅっ!?」


 依頼主の少女の肩がビクリと震える。

 そこは所謂いわゆるオタクの部屋だった。同じドルオタなのだろう。

 折れ曲がったポスター、空になったコンビニ弁当の上に無造作に積み上げられたグッズの数々、埃をかぶってしまっていて、もはや誰のグッズかもわからないフィギュア。


 康行が推している同グループのメンバーで人気ナンバーワンのアイドルの哀しそうな顔が目に浮かび思わず膝をつく。


「こ、こんなことってあるか……」

「えっ……?」


 無造作に放られているポスターグッズなどをかき集め、優しく胸に抱くと一層悲しみが溢れて来る。


「ごめん、ごめんな」

「ひ、ひぃ」


 ごく自然と出る康行の嘆きの言葉に少女は身を強張らす。

 そんな彼女に康行は強い視線を向ける。


「おい、このポスターを見てみろ。せっかくの笑顔に皺が入っちゃってこれじゃあ泣いてるみたいじゃないか。いやきっと扱いの惨さに泣いている。君が泣かせたんだぞ」

「そ、そんな……ほ、保存用は、べ、別のところにあって、だ、だから」

「違う、普段使うからこそ丁寧にしなきゃ推し本人に失礼だろ。床に放っておくとか論外だ!」

「うっ、うっ……」

「そこのグッズもせっかく購入してもらったのに、食べ終えた弁当箱を上に置かれたら何のグッズかわからないし、推しが見たら悲しむ」

「だ、だから、片付けようと……」

「全然片付いていない! 部屋が汚れてしまうのは仕方がないが、推しグッズはいわば特別。それそうおうに扱わなければ罰が当たる」

「あ、あうう」

「本棚の上の二次元化フィギュアを見てみろ。埃被っちゃってるじゃないか。毎日磨くどころかほったらかしいる証拠だ。もし推しがそれを見たらどう思う?」

「うううっ」


 少女は康行の熱のこもった言葉に反論するが、すかさず畳みかけられ視線を彷徨わせる。

 少し怯えているようにも見えた。


 そんな挙動不審にも見える彼女に対し、緩めることはない。

 服装を見れば、前髪で目元は隠れ、部屋着なのかジャージ姿なのも気にかかり自ずと口に出てしまう。


「推しはただ見るものじゃない。ポスターやグッズの視線から見られているかもしれないと意識を持つべきだ。推しの前で正装は基本事項だ。君、その姿で推しの前に出られるのか?」

「そ、それは……」

「俺なんてお高い美容室に毎月通って、私服もばっちりと決め、推しの前ではくしゃみも我慢するぞ」

「っ! そ、そっか……そうやっていつも……れば…………しなくなる」

「んっ?」

「あ、ありがとうございましゅ……わ、わたしが、いかにポンコツだったか、身に沁みました」

「わかったなら……って、ちょ、どこへ行く?」


 綺麗にお辞儀をすると、なにを思ったのか、彼女は部屋を出て行ってしまう。

 本来は立ち会ってもらうべきなのだが、隣の部屋でガサゴソと音がし出したので、まあいいかと整理整頓の作業を開始する。


 一通り綺麗にして、折れ曲がったポスターをきちんと伸ばし、部屋に入って正面に見える場所に変え、積み上げられていたグッズとフィギュアは埃を拭き取り高さの不釣り合いなどがないように綺麗に並べる。

 徐々に推しを崇拝するための清らかな部屋へと変貌を遂げて行く。


 作業をしている間に康行も冷静になり、人見知りであろう少女に対し少々言い過ぎたかと反省した時だった。


「ふぁあ!」


 小さな拍手とわずかな声が背後から漏れる。


「これが本来推しを迎える……な、なっ、はあっ!?」


 どや顔で振り返った康行を見ていたのは、変貌を遂げた少女だった。

 首元にはリボンをつけ、制服にも似たボーダー柄のワンピース姿。

 おでこを出して、髪は後ろできちんと束ねている。

 整った顔立ちと印象深く残る鋭い目元、見るからに美少女なのだが……。


 その恰好、いや衣装は見覚えがあるどころの話ではない。

 それは、康行が応援している推しのグループのステージ衣装。

 さらには目の前に毎日神と崇めていた人物と至近距離で対面していることで完全に思考が停止しかける。

 信じられない光景。本物はいつも見ているより、より眩しく尊く映る、神というべき存在だ。

 雑巾をもったままその場に立ち尽くしている康行に、彼女は言葉を掛ける。


「あ、あの、こ、これが、せ、正装でしゅ」

「…………ま、まさか、さっきの子?!」


 彼女の言葉を受け、少し顔が赤くなっているのを自覚しながらも、まじまじと見つめてみる。

 印象はまるで違うが、さきほどのジャージ姿の子と背丈は変わらない。


 康行の問いに、コクコクと頷く。


「……」

「う、う、嘘だろ!?」


 驚愕の声が静かな室内に響き渡る。

 目の前にいるのは、紛れもなく推しの子、白崎しらさき真希まきだった。

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