番外編 語彙

 小説は言葉を使って構築する芸術です。すべてのディテールが言葉で出来ています。絵画では奥行きやスペース、暗部、明部などの非言語的な要素から成り立ちますが、小説ではすべての要素が言葉から出来ているために、言葉に明るくなるのが上達の道筋としては適していると思います。読者は小説の語り手を通して小説世界を見るのでメタ的な語り手である作者の言語世界を見ていると言ってもいいでしょう。小説とは言い換えれば作者の心の風景を見ることになるのです。そのように見たとき、作者の言葉がお粗末だと読者には貧しい世界を見せることになります。


 たとえ行間を読むことが大切でも言葉を尽くす努力はしたほうが懸命です。まずは身の回りを眺めてみましょう。自分のよく使うお気に入りのモチーフはありますか? 人によってはそれがないと小説としてしっくりと来ない人もいるかもしれませんね。まずはそこから離れてみることも訓練になります。

 たとえば私のデスクには石のブレスレットがあります。この石にもちゃんと名前があります。当たり前のことですが万物には名前がつけられています。この石の名前は辞書にないかもしれませんが、おおきな広辞苑のような厚い辞書にはきっと載っているはずですね。


 いま腕にはめてみました。琥珀色からくぐもった黄色のグラデーション縞の入ったタイガーアイ。見る人を魅了するようなうつくしい石です。この石を表現するとき、まずは名前があることを知っておくと一段表現が上がります。石ころだと表現する人とタイガーアイと表現する人。これだけで語る人間がどんな人なのか、印象が違うと思います。


 では、こうした万物の名前を知ることはどこで出来るでしょうか。今ならネット検索が容易ですが、図鑑や絵でひく辞書などもおすすめです。検索はまずその言葉を知らないと始まりませんし、後者はとくにいいと思います。


 たとえばあなたが女性なら男性に、男性なら女性になったと考えてみましょう。そのとき身につけているものはあなたのよく知る服装やアクセサリー、あるいは見えている景色とはちがうはずです。あなたがそうした転換を経験するとき、モノの名前を知っているだけであなたの小説は世界を雄弁に語ってくれます。モノを味方に付けましょう。


 昭和天皇のお言葉で「どんな植物でも、みな名前があって、それぞれ自分の好きな場所で生を営んでいる」という言葉があります。

 言葉で語ることを恐れないください。さきほど語ったように言葉は作者のこころや世界を語るものです。

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