文章を考えてみよう。
カクヨムSF研@非公式
シーズン1
第1回 文章を考えてみよう(1)リズム篇
小説をたくさん読んでいると、思ったことをそのまま書いている文章に出会うことがあります。それは他人の小説だというつもりではありません。自分の小説もそうだったと思います。「イデア・ワン」はそういう作品でした。しかし、それは必要なことだったとも思います。それは心のなかに溜まった澱のようなものを吐き出す時間でした。それから小説に向き合う旅も始まったのです。
「イデア・ワン」から引用します。
“ 目覚めると、コンタクトレンズにCMが映る。驚くことはない。いつもの日常風景だ。続いて今日のニュースの見出しが表示される。眼球を動かし、選択する。寝転がったまま、天気、経済、テクノロジー、スポーツ、エンタメと流し読みする。
頭のなかでざっと今日の予定を想像し、それを電気信号に変換。クラウドサーバーに送信。食事は家電ネットワークと相談する。トーストに、卵サラダでいい。頭のなかへ直接イメージが雪崩れ込んでくる。イメージを作るのはイデア・ワン。コンピュータだ。ニューロンの発火現象を応用したもので広く普及している。
おっとケンタが起きてくる時間だ。すぐに調理にとりかからなければ。とはいえ、火をつけるだけなのだが。
ネクタイを締め、出勤するためにクルマに乗る。渋滞情報がナビゲーションされる。渋滞している、環状7号線はよくない。そうだな、どの道を選べばいい? と疑問に思うより前にイデア・ワンが最適コースを勧めてくる。ありがとう、イデア・ワン。会社に遅れることもないだろう。すっかり夏の暑さは後退して、秋が来る。家族でのレジャーはどこがいいだろう? ふと思うとイデア・ワンの提案。楽しそうな情報、情報の氾濫。頭のなかは楽しみで一杯になった。”
いまならどのように書くでしょうか?
ブラインドから光が差す。脳内に目覚まし時計が鳴り響いている。コンタクトではニュースの見出しが躍る。情報の快楽に酔いながら、眼球をきびきび動かす。気になるところ。興味の湧くところ。寝転がりつつ、テクノロジー、エンターテイメント、経済、天気、スポーツと流し読みする。メジャーリーガーの西選手が特大ホームランを打った姿を見ると、感情の高ぶりにイデア・ワンが反応して似たスポーツの名場面をつぎつぎ映し出す。
脈拍数が上がってくる。体も目覚めてきた。頭のなかのきょうの予定をざっと想像し、それが脳波となってイデア・ワンに伝わる。クラウドに情報が送られ、食事の献立を想像する。イデア・ワンと家電ネットワークとの提案で献立が決まる。茹でたウィンナーとトマトのサラダ。すこし辛みのあるオーロラソースがおすすめの提案だ。イメージが段取りよく、頭のなかに送られてくる。ニューロンの発火現象が解明された二一世紀後半の世界でイデア・ワンは人々の生活になくてはならない存在になっていた。思考ということ自体がアウトソーシングサービスになった。
おっと、息子が起きる時間だ。調理プロセスに従いながら調理を始める。
ネクタイを締める。結び方でさえ体が覚えていないから、イデア・ワンの提案でウィンザーノットにする。自動運転が主流になっている現代、ぼくみたいに運転をするひとはめずらしい。
渋滞情報がコンタクトを介して、視界に飛び込んでくる。いつもの環状線を選ぶのはよくない。そう思うと、イデア・ワンの提案で最適コースが示される。従うと、ぼくの頭は休日の時間を子どもとどんなふうに過ごすかと想像している。すっかり夏の暑さは和らぎ、秋へと移り変わっていた。イデア・ワンの提案が視界の隅に表示されている。運転が自動運転に切り替わると、たのしそうな提案の数々を見て、とても気分が良くなった。
すこしだけ変わっただけかもしれません。ひとによっては変わっていないように見えるかもしれません。でも完全に前と一致しているわけではない。この微妙な差異を生むのが文章の勉強と学びの成果ですね。
ここでは文章のリズムを意識してみました。リズムというのは上手い作者ほど視界に文字情報が入ってきたとき文章を理解しやすいです。ぱっと見たとき、どれくらい自分の目が文章から「なにが書いているか」を理解できるかを指標にするといいと思います。いいかえると、どれくらい読者が自分の文章に惹きつけられているかを探るということですね。
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