東京転生大学-転生学部-転生学科

低田出なお

東京転生大学-転生学部-転生学科

「え! 何でお前、言語翻訳B取ってないんだよ!」

 オダの大きな声が耳を突き刺した。コンビニの唐揚げを頬張り、咀嚼してから答える。

「Bの方は必修じゃないでしょ?」

「いやいやいや! 実質必修みたいなもんでしょ! 転生者になるなら絶対いるし!」

 彼の言っていることはもっともだ。転生技能試験を受ける条件に、言語翻訳はA、B共に必要だ。しかしである。

「言ってなかったけど、おれ転生者目指してないんだよね」

「うそお!?」

「東京転生大学卒業してたら、就職は困んないから」

「いやまあ、そうかも知れないけど……」

 困惑した顔を向けられると、こちらも少しだけ申し訳なくなる。だが、入学前から決めていたことだ。そうコロコロと考えを変えるつもりはない。

「オダはどうすんの、やっぱ転生目指してる?」

「え、俺? 俺はまあ、出来たらいいなとは思ってるよ」

 照れくさそうにはにかみながら言う。いいじゃん、と俺は返した。

 転生学部の学生は、そのほとんどが転生者志望と言っても過言ではない。ここを卒業した多くが、異世界へと旅立っていく。

 この世界の外側から帰ってきた男が現れた日から、異世界転生は人々の憧れとなった。子供たちは皆一様に転生を願い、大人たちはそれにまつわる事業を育てた。その速度は脅威的なもので、当時俺がテレビで見た転生者の帰還は、もう小学生の教科書に載っている。

「でもそっかあ、最初から企業狙いかあ。なんで?」

 さりげなく話を自分から反らしたつもりだったが、そうはいかないらしい。空になった唐揚げのパックをクシャリと潰し、刺していた爪楊枝を咥えて唇で弄ぶ。

「シンプルに金がない」

「…あー」

「唐揚げ買うくらいの金ならあるんだけどな」

 オダはバツの悪そうな表情を浮かべ、視線を下に向けた。それを見て、俺はまた申し訳なくなった。

 転生者になるには金がかかる。ごく一部の極めて裕福な家庭でなければ払えない、という額ではないものの、ポンと支払える額ではない。そして残念ながら、自分にはその額を払える見通しは無い。

 自分がここにいるのは、「転生学部を卒業した」という肩書を得るために他ならなかった。

 質問をしてきた彼が黙ってしまったので、なんとも言えない空気が流れる。友人とは言え、沈黙が気にならない程は親しいわけではない。幾ばくかの時間、食堂前の喧噪を眺めてから、潰したパックの透き間に爪楊枝を差し込んだ。

「ちょっとこれ捨ててくる」

「あ、わかった。あ、俺そろそろ6号行くわ。言語翻訳B、結構席混むから」

 ちょうどよかったとでも言うようにオダは立ち上がった。そんな彼に、今日はもうこのまま帰ることを伝える。午後からの授業は取ってないのだ。

 手を振る彼を見送り、立ち上がって反対方向に歩き出す。途中のゴミ箱へパックを放り込んでから、校門先のバス停に向かう。

 しかし、目的地にたどり着く前に足は止まった。ちょうど、大学からバスが一台走っていくのが見えてしまったからだ。

 昼間のバスは少ない。この時間帯に帰る生徒が多くないためだ。完全に失念していた。このまま待ってもいいが、経験上そこそこの時間がかかるのは容易に想像がついた。

「…歩くか」

 軽いため息が漏れる。幸い最寄り駅までは徒歩も選択肢になる距離だ。今日はバイトも無い。おれは別の階段へと向きを変え、重くも軽くもない足取りで歩き始めた。





***





 歩いて帰るのは初めてではない。大学のある住宅街を抜け、堤防沿いを歩いていけば駅に着く。短すぎず、遠すぎない距離感は、早めに授業が終わった時の妙な高揚感と非常にマッチしている。

 この何の予定もないゆったりした時間は嫌いではない。先ほど唐揚げを食べたばかりだったが、歩くのであればまた何か買い食いしながらでも良かったなと思った。

 交差点に差し掛かり、一度足を止めて左右を確認する。右手から大型トラックが走ってきていた。伸びをしながら通り過ぎるのを待つ。不思議と鼻がムズムズして、小さくくしゃみをした。

 轟轟と音を立て、地面を揺らしてトラックが走り去っていく。異世界転生が技術として確立してもなお、未だに物流の中でのトラックの役割は大きい。ドライバー達には頭が下がる思いだ。

 トラックの背中を見送り、再び歩き始める。坂を下り、一戸建ての群れを超えた先に見える公園を抜ければ、後は堤防を歩くだけだ。

 あと少しだという思いと、もう着いちゃうなという思いが湧いてくる。しかし、駅に着いたらついたで、昼間の乗客が少な目のバスに揺られるのも、それはそれでいいものだ。

 住宅街を抜け、堤防に差し掛かる道路で赤信号を待つ。やはり、昼時は車通りも少ない。こういう時には渡ってしまう人もいるが、自分としてはちゃんと待ちたい質だった。

 歩行者信号が点滅を始めたこと、覚えのある音と振動が聞こえてきた。ちらと視線を向けると、先ほど見たのと同じようなトラックがまた走ってきた。

 その衝撃が、トラックの重厚さを感じさせる。よほど重たいものを積んでいるのだろう。トラックは横断歩道前でかなりの慣性を抑え込むように、グッと急停止をした。

 赤から青に変わった電灯に従って歩き出す。視線の先には大きくうねった河川とそれに沿った堤防、そしてその向こうには駅の白い外壁が見えた。

 ぼううううううん!

「は?」

 反射的に、転がるように前方へ飛び退く。胸を打ちつけ、息が詰まった。

 何が起きたかは理解出来ている。が、何故そうなったかが理解できない。

 後ろを見れば、さっきまで歩いていた場所を、トラックが走り去っていた。

 信じられない。ただの信号無視ならまだしも、一度停まってからの信号無視など聞いたことがない。ブレーキの踏み間違えなどで説明ができるのか。

 しかし、そんなことを考えている場合ではない。

 起き上がろうとして膝を支えにしようとすると違和感を覚える。見るとズボンにひっかくように裂けている。思わず舌打ちがこぼれた。

 しかし、死ななかっただけまだマシだ。さっさと立ち上がり、よたよたと歩道へ戻ってから、再び車道を振り返る。

 バックでこちらへ突っ込んでくるトラックが眼前にあった。





***





 

 公園は数十秒前の大きな音が嘘のように静まり返っていた。トラックのめり込んだ公衆トイレから、水の流れる音が聞こえるだけである。

 停まったトラックから、フードを被った男が降りてきた。彼は手元のバインダーを開くと、今轢かれた青年のプロフィールが載っている。

 男はボールペンをノックして角にチェックを付けると、それを小脇に挟んで歩き出した。

「違法転生、重罪ですよ」

 足が止まる。公園に響いた声は、男へと向いていた。

「……なんだと」

 男はその声に応じながら振り返る。へしゃげたトラックの向こう側、砕けたトイレの外壁を足で転がし、ターゲットの青年がこちらを見ていた。

 転生されていないばかりか、体には重症と見られる傷が見当たらない。散見されるのは擦り傷や小さな切り傷ばかりで、いずれも致死には至って転生とはならないだろう。

「なぜ転生していない」

「生憎、この世界に未練タラタラなんで」

「未練だと…?」

 返答に男はバインダーへと目をやる。そして改めて向き直った。

「お前のことは調べてある。両親は蒸発し施設育ち、転生学科に在籍しながらも、金銭面から転生者になることは叶わない。未練などあるわけがない」

「いきなり失礼過ぎるでしょ。下調べ足りてます?」

 青年は鼻で笑う。それを受けて男は顔を顰め、そして思案した。なぜだ、ボスの指示では、転生を阻害するような未練が無い人間が選ばれているはずである。なにか、何かないか。親族も、恋人も、親友も、趣味も、こだわりも無いこいつに、この世界に残ろうとする意志は何か・・・。

「…! まさか貴様」

 男は一つ、青年の持つ未練に心当たりがあった。しかし、信じられない。この異世界転生が尊ばれるこの時代にそんな……。

「奨学金を、返すつもりか!」

「いや当たり前でしょ」

 呆れたように言う青年に、男は当惑した。

 今まで男は組織の指示に従って違法な転生行為を繰り返してきた。それが、この世のしがらみから人類を解放するすべだと信じたからだ。

 事実、今まで転生させてきた老若男女は、皆未練など持っていなかった。感謝すらしていた。転生とは救いなのだ。男はそう信じていた。

 男はバインダーを傍に投げ捨て、青年に向かって歩き出した。

「愚かなガキだ。せっかくのチャンスを下らない義務感でみすみす捨てるとはな」

 男の言葉に、今度は青年は顔を顰める。眉から垂れてきて血を拭い、相対するように歩き始めた。

「義務感じゃなくて義務だろ。借りたものは返すのが道理だ」

「貴様のは利子があるやつだろう。それでも返すというのか」

「金額は関係ない。どんな常識で生きてきたんだ」

 口論をしながら二人はどんどんと歩く。その距離は、ちょうど腕が届くほどまで近づいて止まる。互いの視線がぶつかった。

 再び公園に沈黙が降り、トラックの衝撃から戻ってきた鳥の鳴き声が聞こえる。

 どちらが言うでもなく、ほぼ同時に両者が右腕を振りかぶる。刹那、交錯した拳は、鈍い打撃音を響かせた。 





***





「表彰状、羽柴 圭一郎 殿」

 浴びせられるフラッシュの光に目を細める。こういうときに顔を覆って良いのか分からない。仕方ないので、目を細めたまま、賞状を受け取る。

 交番に突き出したトラックの運転手は、以前から活動していた過激な転生主義団体の一人だったらしい。捕まえたことで芋づる式に構成員が割り出され、多くの逮捕者へと繋がったことで、こうして表彰されることになったのだ。

 読み上げれる言葉を聞き流し、賞状を受け取る。再び焚かれるフラッシュに、自分の顔が歪むのを感じた。

 表彰が終わると、インタビューが始まる。投げかけられる質問に当たり障りのない答えと返しながら、愛想笑いを浮かべる。

「羽柴君は、卒業後はやっぱり転生者になるんですか?」

 一時、愛想笑いを忘れかける質問もあったが、すぐに表情を作る。

「なってみたいとは思いますが、まだまだ勉強不足なので、卒業後改めて考えたいです」

 インタビュアーは少し不満そうな顔をしていたが、それ以上質問を繰り返さなかった。

 手元の表彰状を見る。この紙を貰っても、おれの生活は何も変わらない。バイトをして金を稼ぎ、大学に通って就職に向けてスキルと肩書を貰う。意識はしていなかったが、自分の人生が転生とは無縁の灰色で笑えて来る。いや、むしろこんな灰色な奴にこそ、本来の転生者としてはふさわしいのかもしれない。

 表彰が終わり、関係者に会釈をしてビルから出る。乗換案内のアプリを開くと、次に来る電車まで15分ほどだ。歩いて駅に向かっていく時間を加味すれば、ちょうど良いくらいだろう。

「そういえば、今日タイムセールあるな」

 最寄り駅で降りた先で少し走れば件のスーパーへは5分と掛からない。決まりだ。   

 スマートフォンをポケットへしまい歩き出そうとする。それを、着信音が待ったをかけた。

 画面を見ると、オダの名前が表示されている。わざわざ電話なんてなんだろう。おれは立ち止まって画面をタップし、耳元へ寄せた。

「もしもし」

「圭一郎お前表彰式終わった!?」

「お、終わったけど…」

 想像以上の剣幕に戸惑う。それほど緊急なことなんだろうか。

「何かあった?」

「お前やっぱり語学翻訳B取れ! 履修変更、明日の10時までだからまだ間に合う!」

「…なんで?」

「俺調べたんだけど、転生者にならなくても技能試験合格してたらいろいろ支援受けられるみたいなんだよ。補助金出たりとか、就職での企業への斡旋してくれたり…。あ、あと会社起こす方の企業のサポートもあるみたい! それから……」

 凄い勢いで話すオダに思わず呆ける。しかし、すぐに笑みがこぼれた。

「他にもいろいろあるみたいで……あれ? 聞こえてる? もしもし?」

「聞こえてる聞こえてる、分かったよ。とりあえず今から学校行く」

 せっつくように話す友人の声を諌めながら、駅へと歩き出した。


 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

東京転生大学-転生学部-転生学科 低田出なお @KiyositaRoretu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説