第6話
駅近くのこじんまりとした喫茶店に入った。
店内では独特なコーヒーの香りとアンティークな装飾品が雰囲気の良さを醸し出していた。店員に案内されて、二人掛けのテーブル席に腰掛ける。
あまりこういったお店は訪れないので緊張する。
見知らぬ人と一緒ということもあり、より緊張した。
メニュー表をみると、オリジナルブレンド、ホットコーヒー、アメリカンコーヒー、紅茶などが書かれていた。普通のコーヒーとアメリカンコーヒ―は何が違うんだと思いながら、僕はアイスココアを頼んだ。向かいの男性はアメリカンコーヒーを頼んだようだ。
べ、べつにコーヒーが飲めないからココアを頼んだわけではないからねっ!!
と誰かに対して釈明する。
「……」
「……」
気まずい沈黙が訪れる。
男性が足元にある荷物置き場にバックを置いたあと、何かを推し量るように僕を見据える。
「紗奈さんはいつからこのようなことを?」
このようなこと。それが何を示しているのか、明白。
異性とデートをして、お金を貰うということだ。
なかなか踏み込んだ質問だなと思った。
「大学1年生の頃からです……」
昨日、お姉ちゃんから聞いた話で大学1年からやっていたことは知っている。
それを正直に話した。別に隠しておく必要もないからな。
「それはお金に困っていたからですか?」
「お金に困っていて……」
僕もあまり詳しく知らないが、異性とデートしてお金を貰う行為のことをパパ活というらしい。基本的にはお金目当てで行っている人が大半みたいだけど、一部では承認欲求のためにしている人もいるそうだ。
でも、お姉ちゃんは家族のため、弟のために行っている。
だから、どちらかというとお金目当ての方だ。
「そうですか……」
男性は神妙な表情をし、俯く。
でも、それは一瞬の出来事ですぐに顔を上げて、さっきの他人行儀な表情に戻る。
「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私は藤野と申します。年齢は28歳で会社員をやっています」
藤野。ハンドルネームなのか、実際の本名なのか分からない。けど、本人が藤野と名乗るなら、これからは藤野さんと呼んでいこう。
「藤野さんはどうしてパパ活をしてるのでしょうか?」
先に向こうから、踏み込んだ話を聞いてきた。
別にこっちが遠慮する必要はないだろう。
それにしても、純粋に気になるということもある。
パパ活って、世間的にはあまりよろしくないとされていると思う。
もしかしたら、何かの犯罪になっているのかもしれない。
そんな危険性が含んでいるパパ活をどうしてやっているのか。
とても気になる……
何の意図もない、ただの好奇心による質問だ。
藤野さんは少し躊躇い、コ―ヒーに一口添えた。
「私自身、正確には分かってないことですが」
と前置きをしてから、語りだす。
「多分、コンプレックスだと思います」
コンプレックス?
何のことだ……
「紗奈さんは孤独と感じたことはありませんか?」
「孤独ですか?」
急に話題が変わった。
さっきまではパパ活をしてる理由を話していた気がするが……
「はい。例えば、親の帰りを待っているときや友人が遠くへ引っ越したときなど……何でも構いません。紗奈さんはどんなときに孤独を感じますか?」
僕はこれまでの出来事を回想する。
友達のこと、親のこと、姉のこと。
様々な思い出が頭の中をめぐっていく。
目まぐるしく思い出が交差するなかで、そこに一粒の悲哀を感じとる。
「孤独とは少し違うかもしれませんが……悲しみと寂しさを感じたことならあります。わたしには姉がいます。姉はいつもわたしに優しくしてくれます。何もできない無力なわたしに対してとてもとても優しくしてくれます」
姉が優しくしてくれることを強調して言う。
それをいつも実感しているから、言葉に言葉を重ねてしまう。
想いが溢れてしまう。
「わたしが窮地に陥ったときはそばにいてくれます。わたしが失敗したときは励ましてくれます。そんな姉が好きで好きで大好きです。でも……優しくて頼りになる姉だからこそ、苦しみ、悲しみ、苦痛をわたしに隠しています。わたしが心配しないように。そのことがとても悔しくて悲しくて寂しいです。わたしは一体何なんでしょうか?」
それは無意識にでた本音。
質問された方なのに自分が質問をしてどうする。
そのことがまた、自己嫌悪に……
「助けたいと思ってるのではないでしょうか」
自戒をしようとした瞬間。
藤野さんが一言を添える。
助けたい。その言葉が胸に刺さる。
「孤独、悲しみ、寂しさなどのマイナスの感情を抱くことは克服したい想い、自分を変えたい想いをどこかに持っていることだと思います。だから、私たちは哀愁を感じる」
藤野さんは窓の外をみていた。
「私はずっと一人でした。一人っ子で、両親は共働き。小学校の頃は学校が終わると学童保育に行ってました。中学生、高校生になると部活に入り、気を紛らしていました。なるべく一人の時間を減らしていたと思います。友達は……話せる人はいました。教室で孤立していたわけではありません。ですが、それ以上でも以下でもない関係性でした。希薄な友人関係と言いますか、友達と休日に遊びにいくってほどの関係ではなかったということですね。大学も同じような感じでした。講義を受けて、ゼミに入り、ただ卒業しただけです。会社に入ってからもただの上司と部下の関係でした。人の付き合いで飲みに行くことはあるかもしれませんが、それだけです」
長く話して喉がかれたのか、コーヒーを飲む。
そして話の続きを再開する。
「私はコンプレックスだと思います。学生のときに友達と言える友達がいなかったから、それを求めるためにパパ活を始めました。自分の足りないものを満たすために。ほとんどの方が若いときに摂取した成分を補完するために」
藤野さんは卑屈に顔を歪め、笑った。
「はは、どうしようもない人間ですね。己の枯渇したものを満たすためにパパ活をするなんて。はは」
また笑う。
それは面白いから笑うわけでも、他人を馬鹿にする笑いでもなく、自分を卑下する笑いだった。
「すいません。変な話をしてしまって」
藤野さんは財布から、諭吉札3枚を取り出し、テーブルに置く。
「これはお茶代と報酬代です。こんなアラサーに付き合ってくれてありがとうございました。楽しかったです」
また笑った。今回のは作り笑いだった。
「では、さようなら」
カバンを持ち、椅子から離れる。
そのまま背中を向け、退店しようとする。
僕は思わず、男性の腕をつかんだ。
「えっと、何でしょうか」
藤野さんは困惑気味だ。
「ふざんけんなよっ」
「え?」
腕をつよく、強く握る。
「これでいいのか……お前はこれでいいのかっ!!」
さっきまでの言葉遣いを忘れ、本音をぶちまける。
「いや、しかし……こういった方法でしか、私の気持ちは満たされないです……」
僕が豹変しても、取り乱さず本心を答える男性。
「じゃあ!!僕がお前のコンプレックスをなくしてやるっ!!」
テーブルに置いてある3万円を掴み、男に投げつける。
「こんなもの要らねえよ。お前が欲しいのはお金をあげたらデートしてくれる人か?違うだろっっ!!」
さっきした話が頭をよぎる。
“マイナスの感情を抱くことは克服したい想い、自分を変えたい想いをどこかに持っている”
「本当の友達が欲しいんだろ。じゃあ、僕がお前の友達になってやる」
人の縁というのは不思議だ。
姉の代わりにパパ活をしたら、アラサーと友達になるなんて思いもよらなかった。
そしてこれから僕と男性の奇妙な関係が始まるのである。
でも、このときの僕は完全に失念していた。
パパ活に姉も付いてきてるなんて。
弟がオジサンの腕を掴んだ。
腕を掴んだ?腕を?なんで?
ねえどうして?
おねぇーちゃんに教えて?
おねぇーちゃんに教えて?
おねぇーちゃんに教えて?
弟がクソじじいにたぶらかされた?
絶対に許さない。
絶対に許さない。
絶対に許さない。
可愛い弟を守るのはおねぇーちゃんの役目だからね!!
安心して。
すぐにおねぇーちゃんが助けるからね!!
僕と藤野さんが話し合ってる間、ここにもマイナスの感情を抱いた人物がいたのであった。
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