第4話

 結論から言おう、お姉ちゃんは彼氏がいたわけではなかった。いや、彼氏がいるよりも、もっと複雑な事情があった。まだ彼氏がいた方が受けとめられたかもしれない。


「えっと、つまりお姉ちゃんは見ず知らずの人とお食事やデートをしてお金をもらっているってこと?」

「簡単に言うとね……」

 僕はそれを聞いて、悔しさと悲しみ、自分に対して嫌悪感が湧き上がってきた。

 多分、そのようなことをしているのは僕のためだ。



 僕たちの家庭は貧困であった。

 僕が中学1年生の頃に母親をなくした。そのショックか、または他の理由があったか分からないが父親は家を出ていった。今も行方不明だ。

 そして残された二人、姉と僕。最初は親戚頼りに渡り歩いていたが、それも当てがなくなり途方に暮れた。だから、いろいろ調べてたくさんの奨学金に申請した。それが功をなし、最低限の生活は保障することができた。これでも妥協に妥協を重ねて何とか生活できているようなものだ。まだまだお金は必要だった。故に僕たちはバイトを始めた。当時、お姉ちゃんは高校生だったため、すぐにバイトを始めた。学校生活のほとんどをバイトに費やしていた。部活や勉学、友達との付き合いをすべて諦め、バイトを優先した。

 その当時はお姉ちゃんに相当な負担をかけていたと思う。バイトができない中学生の自分、無力な自分を何度も何度も嫌悪した。

 そして、僕が高校生になってからはたくさんバイトをいれ、姉の負担を軽減した。最初はバイトをすることに反対していた姉だったが、ある条件を課すことで渋々、許してくれた。その条件っていうのは、毎週水曜日だけ、バイトを入れずに一緒に食卓を囲むことだった。唯一、残った弟との時間を大事にする姉にとっては、これを受け入れるしかなかった。



「もうこんなことやめようよ!!」

 僕の悲痛な叫びがリビングに響き渡る。

「僕もバイト頑張るから……やめて……お願いだから。あまり良く知らないけど……こういうのって危ないことになるって聞いたことある……お姉ちゃんが傷つく姿とか見たくないよ……」

「じゃあ今回で最後にするからね?もう約束してしまったし……。もし約束を反故にしたら……。だいじょうぶ、大丈夫、おねぇーちゃんにまかせなさい!!」

「い、いや……でも……」

「大丈夫!!大丈夫!!心配してくれてありがとうね」

 お姉ちゃんが僕の頭を撫でる。まるで母親が幼子を癒すかのように。


 本当にこれでいいのか?

 僕はまたお姉ちゃんを苦しめてしまうのではないか。

 胸の中の様々な感情が循環する。

 悲しさ、苦しさ、悔しさ、嬉しさ……

 その中のひとつの感情を手探りで拾い出し、見つめる。

 『助けたい』

 そうだ僕はお姉ちゃんを助けたいんだ。

 次は僕が助けるんだ!!


「……ぼ、ぼくがいく……」

「え?今なんて?」

「僕がその人と会う!!」

「えええええええええええええ」

 お姉ちゃんは驚愕し、全力で首を振る。

「だ、だめだよ。そう、絶対だめだよ。さなちゃんが危ない、危ないよー」

 僕は念のためにポケットに入れておいた、秘密兵器を取り出す。

 【なんでもいうこときく券】

 16歳の誕生日に貰った誕生日プレゼントだ。お金がないうちでは、物を買ってあげるなんて、到底できない。姉は僕のためなら、買ってくれそうではあるが、僕が事前に物はだめって言っておいた。その時にくれたのがこれだ。

 その名の通り、何でもいうことを聞いてくれる。

 姉自身が作ったものであり、これは僕の願いだ。

 これをなかったものにするなんてできない。

 ずるいかもしれないが、説得材料としては有用だった。


 お姉ちゃんは渋々、いや歯を食いしばりながら、僕の要件を了承くれた。

 そして明日、僕はパパ(義理)と会うこととなった。

 これが僕と姉の関係に大きな影響が及ぼすとはこの時の僕は思いも知らなかった。



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