2 二つの牙

 幹生は本田とも頃末とも話をしない。朝の挨拶も、帰りの挨拶もしない。これが毎日続くのはかなりきついが、仕方がなかった。実際幹生は二人と話をする気がしないのだ。彼らも話しかけてはこない。


 本田に話しかければ人を小馬鹿にしたような言葉しか返ってこないだろう。それは御免蒙りたいと幹生は思っていた。まだ二人が仲がよかった頃、幹生が死んだら花火を上げると本田が言ったことがある。その頃二人は冗談ばかり言い合っていたから、そんな言葉も幹生は大して気にならなかった。去年、本田が隣席にきて間もない頃、二人は話をしていて、幹生が、年を取ったせいか疲れやすくなった、と言った時、本田は、もういいやろ、と応じた。何が、と幹生が訊くと、五十過ぎまで生きたんやから、と答えた。〈もう死んでもいいやろう〉と言っているのだった。この野郎、と幹生は思った。幹生は過去は過去として脇に置き、自然な態度で本田に対しようと思っていた。話しかけてくれば応じるし、適度に自分からも話しかけ、傍から見て自然な関係を維持しようと思っていた。だからその時もそんな気持で話していたのに、本田が返してきた言葉はそれだったのだ。仲がよかった頃ならともかく、幹生は冗談として聞き流すことはできなかった。本田の自分を馬鹿にした、冷淡な気持以外は感じとれなかった。そんなことが二、三回あると、幹生はもう本田と話をする必要はないな、と思うようになった。むしろ相手になればこちらが不快な思いをするだけだと警戒する気持になった。そんな幹生の気持は本田にも伝わるようで、今年度になると話しかけてくることもなくなった。


 幹生が本田と喧嘩をした原因は、本田の傲岸不遜な態度に幹生が腹を立てたためだった。


 当時はまだ幹生も学校の同僚たちとのつき合いがあった。酒を飲んだり、ゴルフをしたりするグループに入っていた。それは気の合った仲間というよりは所属学年や担当部署、趣味の共通性などを媒介とする集りだった。本田とはゴルフを通じてのつき合いが主だった。


 仕事第一という公式的態度にポーカーフェースを被せた面白みのない教員が多いなかで、本田は本音をよく口にする男だった。彼はその頃はまだ非常勤講師だったが、学校や仕事に対する不満や批判をよく口にした。非常勤講師の若い教員は専任に昇進することを願って、目上の教員には逆らわず、学校への批判などはしないのが通例だった。専任教員にも出世志向型が多く、そつのない物言いをして、本音を口に出す者は少ない。そんな中で本田は、粗野なところはあるが正直だという好感を幹生は抱いた。それで幹生は本田には親しく話しかけ、十歳ほど年下のこの男にかまうようになった。


 幹生は彼が親しみを抱いた人間にはよくそうするように、本田に学校教育の現状や日本の政治に対する批判を語るようになっていた。それは自分の考えに本田を同調させようという意図を少なからず含んでいた。幹生には本田を導こうという気持があった。本田の特徴は、批判には同調しても、幹生とは異なった観点や角度からそうするというところにあった。つまり本田は自分の独自性を常に主張したがる男だった。本田が独自に差し出す根拠や観点は、幹生から見れば他愛ないものが多かった。しかし、そこには、他人の言う通りにはならないという、この男の気位の高さが表われていた。例えば、保守政治家は利権のために政治を行うと幹生が批判すると、本田は肯定するが、その直後に、彼自身は「この世では金が第一」と考えていると言って憚らなかった。それではどこで保守政治を批判するのか幹生には分からなくなるのだが、本田は平気だった。保守政治のあれこれへの不満を口にする一方で、幹生の言う国民本位の政治などは実現しがたいと冷笑するのだった。学校で行われている教育に対する批判の場合も、本田の場合は人事や待遇をめぐるものが多く、幹生のように生徒の成長・発達という観点からのものではなかった。


 そこには不平・不満はよく口にするが、その原因までは深く考えない人間の姿があった。


 幹生の買い被りを除けば、気位が高く傲慢で、我慢ができずすぐ不満を口にする、思慮の足りない男という本田の素顔が浮かびあがるはずだった。


 二人はよく冗談も言い合った。互いに相手を貶め合うような冗談もその一つだった。本田は年上の幹生に遠慮しなかった。幹生の墓の上で大便をするということまで言った。しかし幹生はそれを本田らしさとして諒としていた。むしろ愉快だった。幹生も思いつく限りのことを本田に言っていたし、それに興じていた。


 それはゴルフ場での出来事だった。同じ組で回ることになった二人は、プレーの合間に冗談に興じていた。二人の貶め合いの度合いはしだいに昂じていった。どういう心の動きなのか、幹生は本田の物言いや態度が急に気に障り始めた。年下の者としては余りに傲慢無礼なのではないかという思いが胸の底からわき上がってきた。この男も少しは社会人として自らの態度を考え直した方がいいのではないかと幹生は思った。幹生がこれまで本田の礼儀知らずを許してきたのは、体裁を考えず本音を出す正直さを愛したからだった。もう一つには年齢によって人間に対する対応に差をつけることへの反発の気持だった。人間一人一人は対等・平等であり、年齢の上下によって言葉や態度を変えることに幹生は納得がいかなかった。そうした思いで、幹生は年上の自分に対しては無礼と思われる本田の態度、物言いを許してきた。それが不意に耐え難くなった。


 幹生は冗談を言うのをやめ、話題を政治方面の真面目なものに変えた。そして自分の考えを述べた。本田がどんな反応を示すか、試そうという気が幹生にはあった。賛同はしないまでも真面目に聞こうとする態度を示せば、幹生はよしとするつもりだった。ところが本田は幹生の言葉を即座に否定し、例によって彼独自の見方を示そうとした。その理由として幹生には一知半解と思われる知識を振り回した。その不遜さが幹生にはたまらなく嫌悪された。幹生は声を荒げて反駁した。口論となった。仲裁が入って、その場は鎮まった。幹生の態度の突然の変化に本田は戸惑っているようだった。次のホールで、本田が納得がいかないという風に、「何。何か文句があるの」と突っかかってきた。「やろうというの」と気色ばんだ。「そっちはどうだ」と幹生は応じた。相手がその気なら喧嘩してやろうと幹生は思った。本田は黙った。その後は互いに自制して何もなかったが、帰りの車の中で幹生と本田は一緒になった。来る時もその車に同乗してきたのだから一緒になるのは仕方がなかった。本田が、「あれじゃ、友達はできんよ」と幹生の態度を批判した。何を言うのだ、年下の者が偉そうに! と幹生の胸に火が燃えた。「誰が友達になってくれと言ったか! 」と幹生は言い返し、二人の間は再び険悪になった。同乗者が「おい、おい、やめろ」と声を上げ、それで事は終ったのだ。


 幹生には本田に心を許してつきあったことが間違いであったという苦い悔いが残った。人間を見る自分の目の甘さを幹生は思った。本田の正直さを見込んで、彼が自分の考え方を理解し、自分の側に立つことを幹生は期待していた。この学校の中に自分の味方を作ろうという意図、それも年下の、自分の配下となるような味方を作ろうという意図が、微かにではあったにしても幹生にあったことは否めない。その意図は苦い悔いを残して挫折した。一人の人間の意思は自分の意思に簡単にわせることのできるようなものではなかった。本田は一個の主体性であることを示したのだ。幹夫の本田への寛大さは本物ではなかった。それは本田の主体性の強烈さに耐え得なかった。


 結局、これは、大人になりきれていない両者が、それ故に衝突した出来事と言えた。


 この事件以来、幹生は本田と口をきかなかった。その後、本田は専任になった。専任になった本田は幹生とは別の学年に属した。そのため、六年間、幹生は本田とは接触せずに済んだのだ。


 右隣の頃末は幹生より九つ年上だ。定年を五年も過ぎてまだ勤めている。教諭は定年後、嘱託教諭として五年間勤務できる制度があった。契約が一年毎であるほかは待遇は専任とほぼ同じだった。この制度は近来の経営状況の悪化によって数年前に廃止された。今では定年を迎えた教諭は、それ以後も勤める場合は非常勤講師の身分で勤めるほかはなくなっている。しかし、頃末は嘱託教諭という制度がなくなった後も、その身分で昨年まで勤めていた。定年時は人権同和委員会の責任者として運営委員会のメンバーであり、校長・教頭だった吉武・蜂須賀とのつながりがあったことなどがその優遇の理由なのかもしれなかった。嘱託教諭の期限である五年が過ぎた今年度は非常勤講師となっていた。


 幹生は頃末が嫌いだった。大体彼は、定年を過ぎても退職しない教師は好きではなかった。幹生はそんな教員を見ると、そんなに学校が好きなのか、と思うし、学校を離れては日々の過ごしようがないのではないか、と思うのだった。それはどちらも幹生には唾棄すべきことだった。学校という場所は、幹生には大した価値もない場所に思われていた。そこは生徒の頭に知識の断片を詰め込み、生徒を外面を基準に規制・管理する場所に過ぎなかった。人間を育てるという教育本来の目的などとっくに失われている場所だった。教員たちは生徒を自分の保身、あるいは栄達の手段にしていた。生徒の尻を叩いて、有名大学に多くの合格者を出すこと、あるいは部活の大会で優勝・入賞することが、その教師の力量を示すバロメーターだった。どんな人間を育てるか、ということなど議論になったこともない場所だった。そんな所に三十年以上も勤めてなお飽きず、定年を越えても勤め続けるという気持が幹生には理解できなかった。そんな教員は教育の何たるかについて深く考えたこともなく、従って学校教育の現状に何の批判も抱いていないことが推測された。それは軽蔑すべきことだった。学校に出てこないと時間の過ごしようがないということも同様だった。他動的・受動的生き方をそれは示していた。仕事ワーカ中毒ホリックであり、人生に自分独自の目標がないのだと思われた。三日間家に居て、妻と一言も口をきかなかったと頃末が語るのを幹生は耳にしたことがあった。彼は家に居場所がないのだった。それも哀れなことではあった。幹生は頃末の生き方をこのように批評して冷笑していた。


 性格も嫌いだった。人に対して攻撃的で温かみがなかった。頃末が若い教師に怒りをぶつける場面を幹生は何度か目にしていた。「あなたはいつからそんなことが言えるほど偉くなったのか! 」と職員室で大声で怒鳴られ、顔面を蒼白にして立ちつくしていた教師の姿を幹生は覚えていた。授業中、自分に従わない生徒がいると、頃末は担任に文句を言う。「あんな生徒は見たことがない」「反抗ですよ。教師に対する明確な反抗だ」「私はもう教えません。あんな生徒は」言われている担任の若い教師は恐縮して「すいません」を繰り返している。頃末は「ああいう態度を続けるなら私は問題にしますよ。校長に言います」と畳みかける。何の容赦もない。


 幹生は頃末が好意を持たない人間を見るときの眼差しの冷たさを何よりも嫌悪した。頃末は幹生と同じ国語科の教員だった。幹生がこの学校に教員として入って間もない頃、国語科の教員の一泊旅行で、頃末から向けられた視線の冷たさを幹生は忘れることができなかった。それは陶器の窯元を訪れて、焼き物などを見て回った後、四、五人でテーブルを囲んで休憩した時だった。国語科の教員には幹生と肌が合う者は少なかったが、当時は新参者でもあり、彼らと早くなじまなければならないと幹生は思っていた。同じテーブルを囲むことになり、幹生は少し緊張したが、こういう機会に彼らの輪の中に入っていこうと考えた。交わされていた会話の流れに沿って、幹生も発言した。それは幹生としては彼らの笑いを誘うことを意図したものだった。だから幹生は笑顔で語ったのだが、笑う者は誰もいなかった。頃末の顔に目をやると、冷たく刺すような目で幹生を見ていたのだ。その目はお前は何者なんだ、と幹生に問うていた。お前はこの輪の中に入りたいようだが、俺は受け入れないぞ、とその目は語っていた。幹生は和もうとしていた心に冷水を浴びせられたような気がした。それ以来、頃末からその眼差しを向けられると(それはしばしばあった)、まれに彼に対して友好的な気持が起きていた場合でも、それは忽ち凍結し、逆に彼に対する怒りや嫌悪が募ってくるのだった。


 座席運の悪さが強いる苦汁は朝礼時だけではない。授業が終って職員室に戻ってくる度にそれは反芻される。幹生は職員室に入ると、脇にある洗面所で、チョークで汚れた手を洗い、うがいをする。その時、本田と頃末は今席に着いているかなと、考えたくもないことを考えてしまう。二人がともに着席していれば、どちらの背後を通ろうかと迷う。合理的には手前にある頃末の席から自席に向かう方が近い。しかし、年上の頃末には「すいません」と言葉をかけなければならない。話しかけてこない(それはお互い様なのだが)幹生に自分への悪感情を感じとっている頃末は、幹生が自席に着くのに苦慮しているのを察知して、困らせてやろうと思ったのか、足を組み、椅子をロッカーの側まで引いて座っている。通せんぼの形である。幹生が近づくと、「何だ」というように顔を上げて幹生を見る。それで幹生は「すいません」と言わなければならない。〈クソ! 〉と幹生は内心思う。何で自分の席に座るのに「すいません」と言わなければならないのだ! 幹生の言葉に頃末は大儀そうに椅子をずらす。


 手洗いと嗽を終えた幹生は座席に目をやる。頃末は座っているが、本田の席は空いている。幹生はほっとして、本田の椅子の後ろを通って自席に着く。本田はどこにいるのか、席にいないことが多い。不幸中の幸いだと幹生は思っている。しかし、二人がともに座っている時もある。その時は観念して、どちらかの方に向かう。本田は幹生が側に立つと、幹生の顔を見上げながら、これも大儀そうに、おもむろに椅子を回転させる。しかし本田には何も言わなくていい。この男は、両側を挟まれた席は嫌やろう、と幹生に言ったことがある。そして、俺の椅子の下にトンネルを掘るか、頭の上に橋を架けたくなるやろうと言った。幹生は苦笑した。この男は俺の困惑を見透かしているんだなと思った。あんたの椅子を吹っ飛ばしたくなるよ、と幹生は応じた。


 本田は席に居ないことが多いが、頃末は用もないのに席にいるという印象が幹生には強い。朝礼に出る義務のない非常勤講師なのに朝礼時から座っている。授業が終れば帰っていいのだが、放課後になるまで職員室にいる。それは、頃末は学校以外に居場所がないという幹生の観察を裏づけるものだ。何をしているかと言えば本を読んでいる。意味あり気に黒い革カバーで覆った新書版の本。幹生の十数年に渡る観察では、頃末は本を読む男ではない。教材研究さえしない男だ。机について、長時間読み書きをするようなタイプではないのだ。自らを文人と目している幹生にはとても同類とは思われなかった。国語科の教師だが、いや、この学校では国語科の教師だからこそ、と言うべきか、典型的な体育会系の人間だった。そんな男に黙って読書する姿はそぐわない。幹生にはどうも自分に見せつけるポーズのように感じられるのだ。どうだ、俺も本を読むんだ、馬鹿にするなよ、と言っているように感じられるのだ。意味あり気に黒い革カバーで題名を隠した本。その本を読むことがもう一月ひとつき以上続いている。熱心に読んでいる風な割には終らないではないか、と幹生は苦笑する。〈熱心に読んでますね。何ですか、その本は〉と問いかけられるのを頃末は待っているのではないかと幹生は思う。問いかけられれば勿体ぶって話そうと構えているのではないか。そう思った幹生は無視することにした。頃末が本を読む隣で、幹生は忙し気に仕事をした。小テストの採点・記帳、教材研究、プリント作り。校務分掌上の仕事もあり、実際忙しかった。


 一番効き目があるのは幹生が席を離れることだ。見せつける相手を失って頃末は読書をやめる。幹生はそう踏んでいた。それで時間に余裕があれば幹生は図書室に逃げた。三十分ほど経って戻ってくると、果して頃末の姿はなかった。机の下の床に脱いだ上履きが揃えて置いてあった。


 と言って、頃末は家に帰ったわけではない。弓道場に行ったのだ。彼は四十年近く弓道部の顧問をしていた。非常勤講師になったので、顧問は専任の教師に代ったが、彼が実質的に弓道部の主であることに変りはなかった。彼の専任時代の終りの十年ぐらいに、副顧問として彼を補佐する若い教師が何人か付いたが、いずれも頃末と合わずにやめていった。他の部活の担当に移ったり、学校そのものをやめて去っていった者もいた。頃末が多くの業務を副顧問に割り当て、その履行を厳しくチェックするからだった。できなければ頃末は容赦なく文句を言い、叱りつけた。それで彼は定年になるまで後継者を誰も育てなかった。だから弓道部はいつまでも彼一人の聖域だった。授業の後、弓道場で汗を流すのも専任時代と変らぬ頃末の日課だった。


 幹生の斜め前には蜂須賀が座っている。昨年度までは教頭だった男だ。年度末ぎりぎりになって教頭を辞任し、ひらになった。蜂須賀の辞任決定が遅れたので、今年度の時間割は彼を教頭としたままで作成された。それで蜂須賀の担当授業時数は週に四時限しかない。蜂須賀は国語科の教員なので、その分同科の教員が割を食うことになった。幹生も週に二十時限以上の授業をすることになっていた。蜂須賀の机の上には単行本が四、五冊重ねられていて、彼は暇な時間を本を読んで潰していた。蜂須賀の隣席には昨年度は大林が座っていた。大林は校長を解任され、平になった男だった。大林を校長の座から追い落としたのは吉武と蜂須賀だった。その吉武が校長を解任され、蜂須賀も教頭を辞任したのだ。この数年、学校は管理職の変動が目まぐるしい。大林は教員たちのゴルフの同好会の会長をしていた。その会には幹生も本田も入っていた。大林は本田と密につき合い、ゴルフや麻雀、競馬など、遊び事では本田の師匠格となっていた。従って大林を追い落とした蜂須賀に本田は好い感情は抱いていなかった。「改革」を掲げて大林を解任に追いこんだ吉武と蜂須賀が、「改革」の眼目である入試受験者の増大、入学定員の確保に失敗した時、本田は責任を取れ、と息巻いた。蜂須賀が本田に謝ったという噂も流れた。それを聞いた時、本田もたいしたもんじゃないか、と幹生は苦笑した。同時に蜂須賀が謝ったということには本田の牙を早目に抜いてしまおうという蜂須賀の策略も感じた。本田の真正面に蜂須賀は座っていたが、本田が蜂須賀に話しかけることは全くなかった。一方、蜂須賀の方からは時折、本田に声をかけていた。そこにも蜂須賀の如才なさが表れていた。本田はそんな蜂須賀に敬語をつかって応じていた。幹生と蜂須賀との間に会話はなかった。処遇の上で世話になっていたためか、頃末は週に数回は年下である蜂須賀の席に足を運んで話を交わしていた。平になっても学校に残っている蜂須賀は、屈辱のなかで再起を期しているようだった。


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