5 添い寝と魔法の世界のようなここ

 鍋に入っていた分の野菜スープさえまるごと完食した俺と輝夜は再び和室に戻っていた。


 食事中も、また移動する時も結局俺達以外の人間の姿を見る事は無かった。野菜スープを食べている時も何かを聞き出せないか、と色々考えてみたが結局良い聞き方を思いつかないまま。食事中の輝夜は野菜スープを食べる俺を見てどこか幸せそうな顔を浮かべていたのもあってそんな雰囲気を崩すような真似は俺には出来なかった。


 結局今もこの屋敷は一体何なのか、という疑惑を抱えたまま俺と輝夜は二人並んで座っている。和室の出入り口とは反対側の襖を開ければそこには見事な中庭と縁側がそこにあった。その縁側に座ってただ何もせず空を見上げている。


「星、だな」

「ええ。星空が綺麗に光ってるわ」


 見上げる空には、幾つもの星が並んでる。食事を取る前はもっと明るい時間帯だと思ってたが知らない間に夜になっていたようだ。

 兎達も、星空の下に庭先に出て楽しそうに駆け回っていた。


 この屋敷に居て一つはっきりと思ったことがある。時間の感覚がかなり特殊な気がするという事だ。まるで外界とは妙に隔絶されてるような雰囲気すら感じる。ここだけ、全てが魔法でできているような感覚だ。


 眼の前にある星空に、この屋敷全体から感じる独特の雰囲気の前には、何もかもどうでも良く思えてくる。記憶喪失になった事も、輝夜の掴み所の無い奔放な所への違和感も。


「蘭太郎、明日からどうする?」

「明日?」


 明日。それさえも遠い先の事のように思えてきた所で輝夜から聞かれた時に何処となく浮ついた気分になっていたのが消えていった。


 そうだ。せめて自分の事だけは何とかしないと。

 取り敢えずは一ヶ月前、なぜ急に行方不明になったかを突き止めないと何にもならない。


「やっぱり記憶喪失になった理由を突き止めたい。何か、何か他に手がかりさえあれば」


 自分から思い出そうとするのは、やはりダメらしい。頭の奥底から何かを捻り出そうとしても痛みしか出てこない。


「無い訳では、なくてよ」

「……本当かい?」

「私も何故一ヶ月前に蘭太郎が姿を消したのかは知りたい。どうやら蘭太郎は、今はなようだしもう動いても大丈夫でしょう」


 そう言って輝夜は微笑みながら視線を俺の顔から少し下に落とす。その視線の先には……おっとまさかの確認の為にあんな羞恥、いやお着替えをしたんじゃ無いだろうな。


「……結構下世話だな輝夜は」

「でも必要な事でしょう?」

「輝夜の判断基準はイマイチ分からんよ……」


 こんなので身体の具合が大丈夫だと判断されても困るんだがな。身体は未だに包帯巻きのままだぞ。


「今日はもう日が落ちてしまった。全ては明日からね。今は眠りましょうか」


 もうご就寝の時間らしい。俺は今日だけで何度寝ることになるんだか。今日の俺は寝て食ってまた寝てばかりだ。違う意味でダメになりそうだ。

 縁側の襖を閉めて和室の内側を向くと、そこには布団が敷かれていた。布団と言っても俺が一人で眠っていた奴じゃない。あれよりも大きい、二人は余裕で入るような大きさだ。

 あの野菜スープと同じだ。いつの間にか、新しい布団が用意されていた事になる。そしてこの大きさから予想出来る事は……


「あの、これはまさか」

「さぁ一緒に休みましょう」


 やはりそうか。

 輝夜は躊躇する事無く布団にスルリと入り込む。そして招くようにもう一人分のスペースをポンポンと手で叩いてる。輝夜のこの積極性を素晴らしいと思えば良いのかそれともいけない事だと思えば良いのか。


「一応聞くけど、俺が記憶を失う前もこんな事をしてたのかい? ……あのお着替えもそうだが」

「まぁ、可愛かったわ」


 かなり含みのある答えが返ってきた。

 こういう答え方が一番モヤモヤするのだが、輝夜はきっとわざとやってるのだろう。答える時の微笑み方が妙にいたずらっぽい。


 最終的に俺は、輝夜のそれに参った訳で。拒否権など無さそうだと白旗を上げて布団のもう一人分のスペースに入った。


 横並びになって、輝夜の姿を見るとやはり改めて美人だなと思う。こんな美人と添い寝なんてしようものなら、男なら大なり小なりリビドーのようなものが沸々と出てきそうなものだが、輝夜から出る雰囲気の前にはやはり手を出し難い、犯し難い何かを感じさせる。例えであっても。


 それでいて悶々とした気分にもならない。実に不思議だ。輝夜の前には男のアレコレなど無意味なのかも知れない。


「さっきからずっと私の事を見てるけど、どうしたの?」

「気に触ったかい?」

「いえ、とても嬉しい。蘭太郎が、私の側に居るって実感できるもの」


 輝夜は照れも無く言ってくる。今日目覚めてから何度か振り回されたが、やはり素敵だという表現が一番だろうか。


 そんな事を思っている内に瞼が重くなってきた。同時に意識も揺れ始める。


「子守唄でも歌ってみましょうか?」

「いや良いさ。もう……眠たくなってきた所だ」


 意識が落ち始めた所で、輝夜が手を握ってきた。それは、とても温かい手だった。



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記憶喪失君とヤンデレ風婚約者と時々うさぎと ナナシノ @inmarsi

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