3 救いとパンツと子供扱い
頭が何か柔らかい物の上に乗っているような感覚を覚えて俺は目を覚ました。
輝夜に抱きしめられてからどうやらまた眠ってしまったらしい。上半身を少し起こし、ぼやけた目が徐々にハッキリしてくると真っ先に目に入ったのは、またもや兎だった。
「……お前俺の胸の上が好きなのかい?」
一度目を覚ました時と同じだ。兎が興味深そうな目で俺の顔を覗いていた。
だが違う点も一つある。さっき頭に感じた柔らかい感覚、あれは何だ。
枕でも変えたのかと思い振り向けば、そこには輝夜の姿があった。布団に頭の部分が来る所の上でちょこんと正座をして座っていた。
「おはよう蘭太郎。身体の具合はどう?」
輝夜が首を少し傾げながら聞いてくる。どうやら俺は彼女の膝を枕代わりにして眠っていたようだ。
「あぁ、ありがとう。その……良い枕だった」
自分で言ってて何だが照れくさくなってくる。膝枕なんてまるで子供みたいだ。
でもとても心地良かった。
身体を完全に起こしてみると、不思議な事に眠りにつくまで感じていた身体の節々の痛みが和らいでいるような気がした。
首を振り、肩を回し、腰を捻り、自分の膝を曲げてみる。それまでズキズキと痛んでいた部分が完全とは言わないが良くはなっている。
「どうしたの蘭太郎?」
「身体の調子が、ちょっと良くなってる。マッサージでもしてくれたのか?」
「……いえ、何もしてない。抱きしめて、膝を貸しただけよ」
少し眠っていただけでこれか。まるで魔法にでもかかったようだ。
そんな俺の身体の調子が少し良くなった事に感づいたのか兎達が俺の下に寄ってきた。今度は兎達が俺の膝の上に乗っては身体を擦り寄せて来る。
「そう言えばこの兎達、随分俺にも懐いてるな」
「ええ、記憶を失う前の蘭太郎も結構可愛がってくれたから」
それを聞いて兎達の頭を一匹ずつ撫でてみる。モフモフとした感触が心地良い。かわいい奴らだ。俺は恵まれている。記憶喪失になっても美人の婚約者と兎達に囲まれている。これは何よりの救いだ。
兎達の頭を撫でていると、何匹かの兎が何かに気付いたようにぴょんと跳ね、部屋にあった箪笥の下に駆けて行く。そして箪笥の前で何度も跳ねているが、あれは何をしたいのか。上に乗ろうとしているのか?
「あら、そうね。蘭太郎の着替えを出さないとね」
どうやら兎達は俺の着替えが必要だと訴えているようだった。賢い奴らだ。兎達の意図を呑んだ輝夜が箪笥の中を探り始める。
今の俺の姿は包帯巻きの上に病人用の服を着せられているだけだ。三日前に発見されてからずっとこの姿のままだとすると……まさか臭ってたりしないだろうか?
「着替えは……これで良いか。さぁ蘭太郎、着替えましょう」
輝夜が箪笥から引っ張り出したのは、甚平と替えのパンツ。着替えも如何にも和風だ。
「ありがとう。着替えるから一度ここから出てくれ――」
そう言いながら着替えを受け取ろうとした時だった。輝夜は手に持った着替えを万歳をするように頭上に掲げる。
「私が着替えさせるわ」
「……はい?」
彼女は何を言ってるのか。
いくら婚約者でもパンツまで変える以上この着替えを見られるのは男でも恥ずかしいのだが。
「蘭太郎はまだまだ病人だもの。それに記憶喪失だし」
「イヤイヤ輝夜さん? 確かに記憶はパァだけど基本的な知識までパァになった訳では無いですよ?」
彼女は記憶喪失を勘違いしてるのではないだろうか。思えばさっきからのまるで赤子をあやすかのような素振りの数々は、俺をもしや幼児退行を起した奴だと思ってるのでは……?
そんな事を思っている内に輝夜の目が生気が無くなっていくように濁っていく。これはさっきも見たぞ。何だ? どうしたのか。
しまった。つい今しがた『さん』付けをしてしまった。
「……レディー、ゴー」
輝夜はそう言って合図をすると部屋の中に居た兎達が一斉に飛びかかってくる。
まずは足から。モフモフとした感触が心地良い一方で一斉に飛び掛かれたせいで完全にバランスを崩し布団の上に倒れ込んでしまった。
「おおおおい勘弁してくれ! 着替えくらい一人で出来るからさ!」
「貴方を一人にしたら、また何処かへ消えてしまうかも知れないわ。私は、蘭太郎から離れたく無いの」
「この部屋から何処へ離れろと? 居なくなったりしないって!」
輝夜の姿がゆらりゆらりとこっちに近付いて来る。美しささえあるその所作が、今はある種の狂気にも感じ取れた。
「おい、お前達も離れなさい! お願いだから言う事聞いて!」
兎達は俺に懐いているようだが、指示決定権は輝夜の方が優先らしい。モフモフした毛並みが動き回り、心地良さがくすぐったさに変わる。
足から全身の五体に、兎達が拘束具のようにしがみつき俺の動きを完全に封じる。そしてゆっくりと近づいて来る、輝夜の姿。
輝夜は病人服に手をかけ、無駄無く脱がしていく。白い包帯に巻かれた部分と、巻かれていない肌色の部分のストライプが露わになり、残るはパンツだ。
「あ、あの……マジで?」
「なんで怯えてるの? 大丈夫、悪い事をする訳じゃ無いんだよ? 私にまかせてね?」
輝夜の顔は、慈愛に満ち溢れた女神の如き美しさに満ちていた。
一方の俺の顔は、鏡を見なくても分かる。羞恥では真っ赤だろう。
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