ブッコローとヴァオヴァオおじさん
@yonomaru
1杯目 札幌記念
「お待たせしました。ニカラグア産のパカマラ・ピーベリー豆のコーヒーです。」
フローラルかつ、蜂蜜のような甘い香りが広がり、辺りを包んだ。
落ち着いた店内にはクラシック音楽と競馬中継の実況が混ざり合っている。
「全っ然だめ。ジョリダムなんて馬見てない。」
大きな声で香りをかき消しながらブッコローは勝馬と大きく書かれた新聞をカウンターに放り投げた。
「それは残念でした。」
せっかく淹れたコーヒーを雑に含んで深い溜息をついた。
ーーーギギギィ
古民家風のドアが開いて常連客ではない女が来店した。
女の一人客はたまにいるが、少し走って来たかのような険しい表情と鮮やかな青の服が印象的だった。
「いらっしゃいませ。お好きな席に座って、メニューを見て、お決めになってお待ちください。」
マスターがいつものセリフで迎えた。
カウンターに座るブッコローから少し離れるかたちで座った女は、マスターから出された冷水を見て言った。
「オリジナルのコーヒーをブラックでお願いします。あとマスター。悪いけど、店の外に赤と黒の服を着た人が通ったら教えてください。」
店の窓を背にした彼女はわざわざマスターにそう頼んだ。
「お店をまわしながらにはなりますが、可能な限りお伝えしますね。」
マスターは優しくそう言って頼まれたコーヒーの支度に入った。
「なんか訳ありって感じっすね。」
図々しくブッコローが問いかけると、カウンターにあるステンドグラス調のライトを眺めながら女は言った。
「この前、札幌に彼と一緒に行ったの。その後どうしても引っかかることがあって…喧嘩して出てきちゃった。」
「喧嘩するほど仲が良いっていいますもんね。」
ブッコローが気の利かない返しをすると女は続けて話した。
「9日に帰る予定だったのに、彼が急に仕事が入ったとか言って4日に帰るとか言い出したの。一週間の旅行を3泊で帰るとか。それを旅行の初日に言われたものだから、ずっとモヤモヤしちゃって。」
「確かに。それは酷いね。」
「結局、4日に彼は帰ることになって、独りで旅行する気にもなれなくて私も帰ったのだけど、やっぱり納得いかなくて今日になって喧嘩したんです。」
少し空気が重たくなったところにサイフォン式で淹れたコーヒーをマスターが出してきた。
「オリジナルコーヒーのブラックです。今のところ大丈夫そうです。」
「ありがとうございます。」
コーヒーをひと口飲んで、女は少し安らいだ顔をした。
「美味しいコーヒーで少し冷静になれました。彼の仕事上仕方ないとわかっていながら、どこにぶつけたらいいのかわからなくって。初めての北海道が本当に楽しみだったから。何だかんだ限られた時間で楽しんだんですけどね。最後にワガママ言って札幌飛燕の味噌ラーメン食べて、サッポロクラシック飲んでたら飛行機の時間ギリギリになっちゃって、出発ギリギリの午後4時39分にチェックインして帰ってきました。」
「ちゃっかり楽しんでるんじゃん。札幌行ったからには生のサッポロクラシック飲まなきゃね。」
「そうなんです。あれからすっかりサッポロクラシックにハマってしまって、こっちでも北海道フェアとか見つけて買って飲むくらい好きになりました。」
明るくなった女の口調にマスターはサイフォンを洗いながら笑みをこぼした。
しばらく札幌の夜パフェの話で盛り上がっていると、
「お迎えが来たようですよ。」
マスターが見つめる先に赤い服に黒い帽子の男が店の外に立っていた。
女は「また来ます。ありがとうございました。」と現金で660円を置いて元気に出ていった。
「若いねぇ。」
さっき放り投げたはずの新聞を広げて、いつもの喫茶店の空気に戻った。
「そろそろメインレースじゃないですか。」
「そうだった。今回は二番人気のソダシが来ると思うんだよね。」
「当たるといいですね。」
ーーー第58回札幌記念スタートしました。
10番ソダシ好スタートをきってまずは先行争い。
11番ユニコーンライオンが先頭にたっていきます。
しかし内から3番パンサラッサ譲りません。
2頭が先行するかたちから、2、3馬身空いて9番のウインマリリン。その外に赤と黒の勝負服ジャックドール。その後をソダシが追います。
徐々に隊列はバラけて1コーナーに向かいます。
1コーナーから2コーナー、やはり行きました3番逃げのパンサラッサ。リードは2馬身です。
3、4コーナー中間、以前先頭はパンサラッサが逃げています。リードは2馬身のまま。
ジャックドールが外に出して前を追っていきます。その後ろにウインマリリン。ソダシが4番手から3番手の外めに接近していって、その後ろにアラタ、グローリーヴェイズ、アンティシィペイト、レッドガランが内から攻める。
4コーナーから直線。パンサラッサ先頭のまま1馬身。外からジャックドール、黒い帽子2つが並びかけに来た。残り200mを切ってその後ろウインマリリン、ソダシ、アラタ、グローリーヴェイズ。外からは16番アンティシペイトだ。前は競り合いから4番のジャックドール身体半分前に出た、パンサラッサ粘るジャックドールジャックドーール先頭でゴールイン。2着3番パンサラッサ、その後3着に9番ウインマリリンの順です。
最後の最後に捉えました4番ジャックドール。見事なレースです。
「くそぉおおう。ジャックドールかぁ。」
「残念でしたね。」
「着順結果は…4-3-9。赤と黒の帽子で買っておけばよかったぁ。」
「札幌の女の子の話の通りに買ってたら当たっていたかもしれませんね。」
「本当に。青い服で逃げたパンサラッサ、赤と黒のジャックドール。札幌記念。悔しい偶然。これだから辞められない。」
「ウチにも懲りずに来てくださいね。」
不貞腐れながら店を出て登り坂を歩きながら、またヴァオヴァオおじさんの由来を聞きそびれたことをブッコローは後悔した。
宝塚記念に続く。
ブッコローとヴァオヴァオおじさん @yonomaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ブッコローとヴァオヴァオおじさんの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
実は、中身が入れ替わってしまいました.../カイラ
★3 二次創作:じつは義妹でした。 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます