第3話 新キャラもぺったんだなんて思うなよ!?

「──う〜んっ! 今日の配信も疲れた〜!」

「今日は特に身体を動かす系のゲームだったかしらね、確かにいつもよりも疲労が溜まっている感じがするわ」


 二時間にも渡る配信を終えた“てらす”とルシファこと紫闇と光は、スタジオを出ると思い切り身体を伸ばした。

 その際に光の手が紫闇の顔に当たってしまったが、今は喧嘩をしていられる程の元気も残っていない──そう言わんばかりの様子で紫闇は咎める事なく、黙認していた。


 どうしてそんなに疲れているのか、その理由は勿論──“てらす”とルシファの配信スタイルがフルトラッキングによる、はしゃいではしゃいではしゃぎまくる配信を全力で楽しんで行っている所為だろう。


 それは当然、座るなんて事はなく立ちっぱなしで動き回っている。

 それに今日の配信は指示通りにダンスを踊るというゲームで、しかも最高難度曲を評価オールパーフェクト──いわゆる『AP』を出せるまで終われないという配信をしていた所為でいつも以上に疲労が蓄積していたのだった。


 そんな疲労困憊な二人の側に、ゆらゆらゆっくりと近付く謎のがあった。

 その存在は二人の横からにゅっと顔を出して言った。


「──蜂蜜レモンです……」

「あっ、ありがと〜!」

「いつも苦労かけるわね」


 紫闇と光にゆっくりと近付いてきたその人の手には、喉のケアや疲労回復に良いとされているレモンのハチミツ漬けを入れたお皿と紅茶を載せたお盆が握られていた。

 そして二人が椅子に腰掛けたのを確認すると、テキパキと机の上にそれらを並べた。


 紫闇と光は出された蜂蜜レモンと紅茶を一口──


「──うまっ!」

「やっぱり『マネちゃん』の淹れてくれる紅茶が一番だわ」

「恐縮です……」


 疲労が溜まりに溜まっていて動く気が一ミリも起きない二人に恭しく付き従う一人の女性──その名も『マネージャーさん』。


 テキトーな長さに切り揃えられた黒髪にじみ〜な黒縁メガネ、そして小さなあま天よりも10cmほど高い身長。服装はジーパンに『まねーじゃー』と書かれたTシャツを愛用していて、紫闇に匹敵する地味女じみじょ。しかも、全身からあま天以上に疲労感を感じさせるこの女性はあま天のマネージャーであった。

 地味な格好に疲労感Maxな様子は東京内を探せば五、六人は見つかりそうな風体をしているマネージャーさん。だが、彼女は他の誰よりも目を引かれる特徴がある。


 それは──胸、おっぱいだ。


 ぺったんAAである紫闇と光とは真逆の超絶ぼいんなお姉さん。

 これ程の果実の持ち主はそう居ない──お陰でTシャツに書かれた『まねーじゃー』という文字がとんでも無いことになっている。


 そんなマネージャーさんがこうして配信後に蜂蜜レモンと紅茶を淹れて持ってきたのは、マネージャーとして、また一番の応援者ファンとしての行動だった。

 特に、配信中は声のトーンが二つくらい上がるあま天にとって、喉のケアに良い蜂蜜レモンは至極の一品だった──よく考えられている。


「本日のマッサージは……」

「アタシは後でいいよ」

「じゃあ、私から先にお願いね」

「承知しました」


 お盆を片付けたマネージャーさんは紫闇の背後に立つと彼女の肩や首、背中と指圧マッサージを始めた。

 ゆっくりと手の位置を移動させながら、もみもみぐっぐと親指を押し込んでいく。


 その力加減と言ったらもう──


「──ぁぁぁぁ……さいこー」


──この様にいつもは割としっかりしている紫闇が溶けてしまう程であった。


 上半身のマッサージが終わったら、今度は足に手を進める。

 ずっと立ちっぱなし動きっぱなしのあま天にとって、足のマッサージは必須級に重要であった。


「そういえば……音響会社のお仕事、頂いてきました」

「おっ、あそこの案件取ってきてくれたの?」

「ナイスだよっ、マーちゃん♪ これを機にコネを作っていければ……」


 足のマッサージ中に、まるで今思い出したかのようにぼそりと呟いたマネージャーさん。

 その言葉は待ち侘びていたものであり、紫闇と光は『とある計画』に向けて今後の展望を頭の中で巡らせていた。


「色々調整とかも大変だと思うけど……お願いね」

「承りました」

「いつもありがと〜」


 案件配信を行うには企業との擦り合わせなど非常に多くの手間が掛かる。

 しかもとある理由から、今回の案件は受けるのではなく、マネージャーさんが直々に取りに行った案件であり、配信を行う紫闇と光とは別種の疲労が溜まっている。


 目のクマはあま天のマネージャーとなってから一層に濃くなって、眼鏡の分厚さも確実に増している。

 睡眠時間も減少していて、二人の前では隠しているが欠伸だって頻繁にしている。


 だというのに休憩する事なく、マネージャーさんは今も紫闇の足のマッサージを行っているのだった。

 だが、真にマッサージされるべきは──彼女なのかもしれない。


「けど、本当にマーちゃんがマネージャーになってくれて良かったよ」

「そうね。私達二人だけだったら、きっとどこか終わっていたわ」

「そんな事は……」


 そう言うとマネージャーさんはマッサージをする手を止めて視線を下げた。

 その直後、紫闇と光は首をブンブンと振って言った。


「いやいや、そんな事あるわ。何度、貴女に喧嘩を仲裁してもらった事か」

「そうそうっ! 本当にやばい時は絶対に間に入ってくれるもんね♪」

「私は……お二人が仲良しでいてほしい、ので」


 どうしてマネージャーさんが自分の身を粉にしてまであま天の為に尽くす事が出来るのか──それはひとえに愛があるからだ。


 マネージャーさんは最初からマネージャーだった訳ではない。二人の仲間になったのはあま天としての活動が開始されてから、二ヶ月余りが経過した頃だった。 

 詳しく言うと、彼女をTuttakaerつったかたー上で熱烈なファンとして認知していた光が『お前もマネージャーにならないか?』とDMを送った事がきっかけだった。


 ここでも光の考えなしに行動する悪癖が出たのだが……今回の場合は逆に良い結果をもたらした。

 だって──


「──私は……お二人の事が大好き、ですから……」


──こんなにも良い人がマネージャーになってくれたのだから。


「うーんっ、もう可愛いんだからっ!──私も大好きよ!」

「アタシも〜!」


 マネージャーさんの愛の告白に感極まった紫闇と光は、椅子から滑り降りると彼女にぎゅっと抱きついた。

 推し・・前後・・から柔らかく、また温かく抱きつかれた・・・・・・マネージャーさんは──


「──あわっ、あわわわわわっ!」


 ぷるぷるぷるぷるっと身体を震わせ始めると、顔を真っ赤にして二人を引き剥がそうとした。

 しかし、紫闇と光は抵抗して彼女の身体にくっ付いたまま口元を左右の耳に持っていった。


 そしてそのまま──ささやき声ウィスパーボイスを注入!


『いつも私達のためにありがとね』

『ホントに感謝してるよ』

『『──だいすきっ!』』


 声質、声量、吐息の量と強さが完璧に操られた、“てらす”とルシファの声が耳を介してマネージャーさんの全身に響き渡る。

 “てらす”とルシファとして配信で培ってきたASMR技術は、もはやプロと言える程のもの。


 つまり、どういう事か?

 その答えは、こういう事だ。


「──きゅう〜……っ」

「えっ! マネちゃん!?」

「き、気絶してる……」


 本人からマネージャーとして選出される程のあま天好きは──推しの過剰摂取で気絶してしまった。

 言い換えると、配信外だというのにまた一人の敬虔な『信者』が死んでしまった。


「マネちゃああぁん!」「マーちゃああぁん!」


 推し・・によって殺され、推し・・の胸の中で、推し・・にその死を惜しまれながら逝った『信者』は──一片の悔いもない、安らかな表情をしていたのだった。

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