第12話 クリスマス会

「うーん」


「小沢さん、もうみんな決まったよ」


「いやこれもいいけど、これも捨てがたい」

 今日のお出かけ会は二週間後に迫ったクリスマス会のプレゼント交換で使うプレゼント選びだ。


 利用者さんは工賃で働いている。耳馴染みが無いかもしれないので、ざっと説明するとかなり低賃金で働いている。


 あまり細かくは言えないが、一か月一万には届かない。それを障害基礎年金でカバーしているが、何十万ももらえる代物ではなく、生活は苦しい。

 利用者さんによっては生活保護を受けている人もいるくらいだ。

 つまり一か月、七から八万で生活をしないといけない。最も、水道光熱費がグループホームの利用代に合算されていたり、行政サービスを受けられたりするので生活は出来ないことはない。



 中には生活が苦しい利用者さんがいることも確かだ。誰かが高いプレゼントを買えても、誰かは買えない。もしくは残りのお出かけのお小遣いではプレゼントが百円ショップのものでないといけない。など、様々な事情もあるので、ヘルパーさんにはプレゼント代予算百十円でお金の管理を手伝ってもらって、一日のお小遣いの中でやりくりしてもらっている。


 昼ご飯を贅沢したら、プレゼントは買えない。こういうルールも金銭管理と自立を促す上では必要なことだと考えている。

 


 さて、小沢さんもみんなを待たせている間、柄にラメが入っている歯ブラシセットか、柄にグラデーションのある歯ブラシセットでもう五分は迷っている。



「小沢さん、いい加減にしないともうみんな行っちゃうよ」


「田吾作、サナミはどっちが好きだと思う?」

 大潟サナミさんとは事業所男性人気堂々の一位を誇る女性利用者だ。だが、彼女は中原さんという男性の支援者にしか関心がない。


 中原さんの隣に行きたがり、他の利用者さんを押しのけて中原さんの隣に行く。事業所内で懸案事項となっている。


「こんなに迷ったんだから、大潟さんは喜んでくれるよ。そもそも小沢さんのプレゼントが大潟さんに届くなんて、そう上手いこといかないよ」


「でもな、田吾作。サナミはきっと色々な色の方がいいと思うんだ」


「なら、グラデーションで」


「でもな、俺はこのキラキラしているやつの方が好きだ」


「ラメにするの?」


「迷うだろ」


「グラデーションの方が喜んでもらえるよ」


「そうか?」


「そうだよ」

 支援は特別扱いではならない。配慮はいるが、今日は集団活動の日。このまま小沢さんの買い物に他の利用者やヘルパーさんを付き合わせるのは小沢さんに対する特別扱いだ。

 だからここで小沢さんには早く決めてもらわねばならない。

 

 適当な返事は支援者としてどうなのか、利用者主体ではないではないかと言われれば、確かにそういう一面もこの問題は持っている。

 だが、今日は集団行動の日だ。支援者としてプレゼントに迷う利用者さんに助言し見守った。

 結果的には他のみんなを待たせている。

集団行動も自立への一歩だ。他の利用者の自立をたった一人が妨げてはならない。


「田吾作、財布を出せ」

 小沢さんのカバンから色が抜けかけた革の小銭入れを出した。小沢さんの一日のお小遣いは全部この小銭入れに入れる。

 

 店員さんに歯ブラシセットを渡し、自分がお金を渡し、自分が受け取り、小沢さんに品物を見せ、お釣りをもらって終わり。これで一通り終わり。無料の包装紙もつけてもらった。


「サナミは喜んでくれるか」


「大潟さんに必ず届くわけではないからね」

 ところがミラクルは起きるもの。


 クリスマス会当日、まずはくじ引きで席順が決まる。

これは仲良し同士ではなく、普段接することのあまりない利用者さん同士の交流を目的にしている選択だ。


 利用者さんの隣にはヘルパーが座る。僕は小沢さんの担当になり、小沢さんの正面には大潟さんが座った。


 小沢さんは落ち着きを失い、小沢さんの斜め前に座った大潟さんのヘルパーさんの観月さん(実習生、女性)にも目を奪われもうどうしたらいいのか分からないようだが、クリスマス会が和やかに進むことを僕は願っていた。

 

 ケーキを食べ、クリスマス会の仮装とゲームで大盛り上がり、ビンゴ大会が始まった。ビンゴになった人から好きなプレゼントを獲得出来るというルールだ。


「田吾作くん、もし」

 小沢さんは耳を貸せというので小沢さんに耳を貸した。


「観月さんは歯ブラシセットを受け取ってくれるかね」


「え、小沢さん大潟さんのために選んだんじゃないの?」


「もしかするとこのままではサナミにプレゼントは行かないかもしれない」



 そんなことは最初から分かっている。



「その場合観月さんに行くことも想定しないといけない。さてどうするか田吾作くん力を貸してはくれないか」


「小沢さん、普通の声でしゃべったら内緒話の意味ないよ」


「それは確かにそうだな。話を戻そう」

 と言いつつも声はそのままだ。


「何も手伝えないよ。まさか僕にインチキをやれっていうの?」


「あの赤いのが、俺のプレゼントだ」


「知っているよ。一緒に買ったでしょ」


「あれを使うんだ」


「ごめんね。何を言っているか分からない」

 大きな色のついた袋には回収済みのみんなのプレゼントが入っている。わざわざ包装してもらった歯ブラシ。ごねまくって、包装してもらった歯ブラシ。


 後で会議の時に名村さんに「包装してもらうなら、もう少し早く決めてください」と言われた歯ブラシ。他の利用者さんに包装は好き嫌いで決めてもらった。別料金もかからないので、そのへんは平等だ。


「あれはよく目立つ。だから田吾作のところに来たら、こっそりと観月さんと交換して欲しい」


「じゃぁ、皆さん。ビンゴ大会を始めまーす。ビンゴになった人からプレゼント取ってねー」


 発表されていく番号。藤堂さんが一番にビンゴになった。


「じゃ、この赤いやつ貰うわ」


「おい田吾作。話が違うぞ」

 藤堂さんはニヤニヤとこちらを見た。そりゃあんなに声を張り上げて内緒話をしたら、勘づかれる。


「仕方ないよ。これは事故だ」

 この後、小沢さんはビンゴを外しまくり、最後に残った腕時計をもらった。


「こんな可愛い時計だ。きっと女に違いない」

 そう言って機嫌良くしていたが、ごめんね小沢さん。それ僕の。

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