第11話 ボウリング大会
小沢さんはボーリングが得意だ。
車いすの人がボウリング出来るのかと問われれば出来る。そういう器具があるのだ。
金属製の上手くは言えないが、玉をのせると転がっていく傾斜がある器具だ。
介助者はその器具の角度や位置を調節して、利用者さんが玉をのせて転がすという方法をとっている事業所もあるが、細かい微調整まで小沢さんは的確に指示をし、百二十というアベレージを残す。
ボウリングにかけては小沢さんの右に出る者はいない。藤堂さんも遠く及ばずだ。小沢さんはそのことに関してかなり鼻にかけているので、藤堂さんの嫉妬の炎は燃え盛っている。
今日も障害者スポーツセンターで藤堂さんは小沢さんに決闘を申し込んでいる。
「小沢、今日こそは負けないぞ」
「勝手にすればいい」
失礼ながら平均年齢が高めとは言え、女性が多いヘルパー陣。一位を獲ったら賛辞の言葉を受ける。女性から賛辞の言葉を受けて喜ぶ男性陣は多く、小沢さんも藤堂さんもご多分に漏れない。
「さて今日は調子がいいから、百二十はいくだろうな。おい田吾作、早く台を持ってこい」
小沢さんのハイアベレージを叩き出している大きな要因は僕の緻密なコントロールのお陰という事実を小沢さんは失念している。
確かに指示出しは重要だ。だが、脳が優秀でも運動神経が悪ければ動作は上手くいかない。
僕は運動神経が良く、小沢さんのニーズにいち早く気が付く。結果的に小沢さんは高アベレージを出す。
「小沢さん、悪いんだけど今日のヘルパーは僕じゃないよ」
「それくらい知っている。さぁ早く台を」
「だから無理なんだって、今日は佐藤さんなんだって」
佐藤さんは男性で太めの利用者さんだ。狭いところが苦手だが、体育館などある程度開けたところは安心できる。
キャッチボールが好きな人だ。今日は佐藤さんと同じスポーツセンターの中にある体育館でキャッチボールをする約束である。
事業所内で「最近、ヘルパーが固定化している」と会議で指摘する声があった。ヘルパーは仲良しこよしする立場ではない、ヘルパーと利用者さんが密接に関わり過ぎることはどうなのか、いや密接に干渉した方が安心も出来る信頼も生まれるからいいと、会議は進行した結果。
動かせることの出来る利用者さんはヘルパーを動かすという案に決まった。
「利用者さんに色々な人を知ってもらって、よりよい関係性を様々な人と築けるようなスキルを身に着けてもらおう」
という取りまとめだった。
ということで今日、小沢さんについたのはヘルパー歴二十五年のベテラン女性ヘルパー高梨さんだ。高梨さんは物腰柔らかく、丁寧に仕事をし、利用者さんからも人気なヘルパーさんだ。
普段は小沢さんも高梨さんに熱視線を送り、たまについた時は「ヘルパーが変わったくらいで、喜ぶわけがないだろ。全く田吾作は」と言いつつ口元が緩む。
ところが今日は小沢さんにとって大事な日である。ボーリング大会で百二十を出すには高梨さんでは不味い。
高梨さんは自己評価と周りの評価がある一点で一致しない。運動神経が悪いのである。本人は運動神経に絶対的な自信を持っている。車いすメンバーにとってポイントだけで言えば不幸だ。必ず負ける。低アベレージをたたき出す。
小沢さんは僕がアルバイトとして入職する前にボーリング大会で高梨さんが担当だったことがあるそうだ。当時、小沢さんのポイントは五十ほどで、藤堂さんにけちょんけちょんにされていた。
僕が入職し担当した時から小沢さんのポイントは上昇傾向を見せ、ついに入職一か月で小沢さんのポイントは五十もアップした。
これは微かではあるが、自慢の種だ。
さて、藤堂さんは小沢さんを見て早くも勝利を確信している。僕も確信していた。藤堂さんの勝利を。
「おい田吾作。ちょっと来い。佐藤なんかについていくな。俺を手伝え」
「無理無理。高梨さんと頑張ってね! 応援しているよ」
結果的に言えば藤堂さんの勝利、藤堂さんは試合に勝って勝負に負けた。
高梨さんは車いすメンバーのポイントがかなり低いが、小沢さん以外の車いすメンバーは言語コミュニケーションに障害を持つ人が多い。
ポイントが低くてもそのメンバーさん達からは一様に楽しそうな気配が漂ってくる。高梨さんは利用者さんを必ず満足させるのだ。
小沢さんはポイントでは藤堂さんに負けたが、女性ヘルパーの注目度が小沢さんは大勝利。
僕にとって重要なのは佐藤さんと楽しいキャッチボールが出来たことなのだが、それも達成させたので、今日のお出かけ会は成功だ。
「今日は負けたが、藤堂アイツ悔しそうにしていたな。田吾作なんでだと思う?」
「さぁ、なんでだろうね」
高梨さんは勤務時間が終わると家庭の都合で帰ってしまう。なので、送迎は僕がすることがほとんどだ。
「藤堂の奴、グループホームでどんな顔しているか楽しみだ」
そうこう話をしているうちにグループホームに到着した。今日は池波さんと話があったので、ホームの中に足を踏み入れた。池波さんはこまめで共用スペースはきれいに整頓されている。
「おう、小沢帰ったか。なんだ田吾作も一緒か。二人で仲良く帰って来たのか」
藤堂さんは横柄だが、落ち込んでいる時はやたらに素直だ。だから、この藤堂さんは小沢さんにすれば想定外である。
「小沢、お前が残していたプリン。もったいないから食ってやったぞ」
小沢さんの顔色がすぐさま悪くなった。
「おい、藤堂。何、人の物食っているんだ」
「プリンくらいいいじゃねぇか、ケチな奴だな。いつも自分の分のお菓子は人にやらずに、本当にケチだな」
「おい田吾作、お前も何か言え」
「プリンの件については藤堂さんが悪い」
「ほら見ろ」
小沢さんはニヤニヤしながら藤堂さんを見た。
「けれど」
「けれどなんだ、田吾作」
「小沢さんがお土産のお菓子を独り占めするのは良くないと思う」
「そうだぞ。小沢お土産はみんなのお土産だぞ」
「まぁその判断は藤堂さんじゃなくて、小沢さんの判断だけどね。でも確かに意地汚いところはあるよね」
「田吾作はどっちの味方なんだ」
「五十歩百歩の戦いだから、どちらにも加勢したくない」
「とにかく俺は謝らない」
「藤堂さん、そこは謝った方がいいよ」
「いいや、俺は謝らないぞ」
「池波さん? 分かりました。これを名村さんに渡せばいいですか?」
「おい田吾作、俺は謝らないぞ」
「そういうことでお疲れ様です」
「おい田吾作。早くこいつに謝らせろ。俺は怒っている」
「じゃあね。またね小沢さん藤堂さん」
「待て田吾作、俺は謝らないぞ」
「田吾作、早く謝らせろ」
扉は静かに閉まった。池波さん後はよろしく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます