第5話 初詣
「田吾作、山田さん探しに行くぞ」
「いやだよ。こんな寒いのに、大体今日はみんなでお雑煮食べるんでしょ?」
今日は成人式。今年最初の企画は利用者さんからの希望が多いお雑煮会、お餅は事業所の前で餅つき大会。のはずなのに。
「前みたいに直接的なことをしなければ大丈夫です」
施設長の長澤さん談である。
巫女さんを探しに行くんですよ……。
話は1月の3日までさかのぼる。
「田吾作、お参りをした後はおみくじだ!」
暇で彼女がいなくて家からも必要とされていないので、今日はグループホームの初詣の補助として入っている。
桜田さんとは別れた。理由はどこかの誰かのせいである。
規模としてはまずまずな神社、はぐれてしまわないように神経を使いながらもいやにテンションの高い小沢さんをぼぅっと見ていた。小沢さんの車いすは樽重さんが押している。池波さんは他の利用者の手を持っている。果たして僕が出動する意味はあったのか。
「ごめんね。田吾作くん、ちょっとお手洗い」
樽重さんがお手洗いに行くということなので、車いす押し係の交代。
「おみくじ引いてもらってね」
「田吾作、すごいな。たこ焼きの屋台出ているぞ。的あて楽しそうだな」
「ダメだよ、ここでお金使ったらおみくじやお守り買うお金なくなるよ。おみくじ引くんでしょ?」
「そうだそうだ。さっきから俺は気になっていることがある」
「まず引こうよ。恋愛運なんかあったかな」
「田吾作、聞け」
左手で小沢さんが僕の右手をつかんだ。あまりに力強くて、痛いなんてことはなく、意外に重い。
「田吾作、右から2番目の巫女さんがいい」
「また色恋? もう止めようよ。年齢考えようよ」
確かに右から2番目は可愛い……。ん、あれは。
「小沢さん、あれ山田さんだ」
「山田?」
「高校の同級生の」
山田の親はどこかの神社に勤めていると聞いたことあった。神社で巫女のアルバイトをしていてもおかしくない。
「田吾作行け」
「え、何? 何が?」
「ここで、お前の勇姿を見届ける。ほら行け」
「いやダメでしょ。僕、小沢さんの車いす押すのが仕事だし」
「樽重はまだか。青少年の恋路を応援しようとしているのに」
「分かった分かった。とりあえず右から2番目の列でいい?」
山田さんはこちらに気づかなかった。普通に笑顔でおみくじを渡され、不覚にも可愛いと思ったが、それ以上のダメージを小沢さんは負った。
「田吾作。あの子はなんて名前だ」
「誰が」
グループホームから事業所に行くときも、帰って来る時も、作業をしている時も休日のお出かけの時さえも、小沢さんは追及を僕にした。
「名前なんて知らないよ。アルバムもどっかやったし」
「名前が無いと始まらない。俺がとっておきの作戦を思いついた。田吾作は待っていろ」
そう言って、施設長の長澤さんの元ではなく、移動支援の責任者名村さんを呼んだ。
「何? 小沢さん、また女子高生の事が好きなの?」
「今度はちゃんとした愛だ」
「愛ね。そんで今度はどこの女の人?」
「巫女の山田さん」
「へぇ、探してきたら?」
「一人では行けない」
「田吾作君を連れて行ったらええやんか」
「え、僕?」
そして成人式から神社、5件目。
「もう無理だよ。絶対無理」
「ダメだ。恋路は粗末にしてはいけない」
ちなみに最近、小沢さんは事業所での仕事の帰りに歯科衛生士の深山さんが旦那さんとキスしているのを偶然見かけて、歯科医院の話はしなくなった。
「まぁ、次で最後だよ」
遠いところまで来たから帰りは電車かな。
「おい田吾作見ろ」
急に声を潜めてかがんだ。と言っても周りから丸わかりなのでかがむ必要性はあまりない。
「あ、山田さんだ。でもあれ彼氏だよね、しかもあれ」
この前、深山さんと一緒に歩いていた旦那さんが山田さんとすごいことをしていた。不倫だよ。不倫だよね。不倫だろう。
「小沢さん帰ろう」
「ダメだ。もっといよう」
「ダメ。帰る」
「なんでだ。あれはすごいぞ」
「長澤さんから電話」
「帰るぞ」
そうしているうちに山田さんとその深山さんの旦那に気づかれた。山田さんはともかく旦那は顔を真っ青にさせて近づいてくる。
「小沢さん、逃げるよ」
「おう」
後ろを振り返ることなく僕は車いすを押し駆けた。白雪が目に入った気がした。振り向くと旦那はいなかった。
「まけたな」
「まけたけど、明日から生活が心配だよ」
続
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