悪役令息とヒロインの娘 

私の名前はルチア・ヴァレンシュタイン。


父の名前はあろうことか、アドルフ・ヴァレンシュタイン。そして母の名前は信じられないことにエディット・ヴァレンシュタインだった――



「ルチア、パパがお仕事から帰って来たわよ」


部屋で本を読んでいると、私のママ……エディットが扉を開けて入って来た。


「本当? 帰って来たの?」


読んでいた絵本をパタンと閉じると、ママを見上げる。


「ええ、そうよ。リビングにいるから行きましょう……あら? ルチア。その本は……」


「え? あ、こ、これは……」


慌てて隠そうとしても遅かった。


「まぁ、ルチアはもうこんなに難しい本が読めたのね? まだ5歳なのに絵の無い本を読むなんて……流石はパパの子ね?」


ニコニコしながらママは私の頭を撫でる。


「う、うん……ありがとう」


だって読めるのは当然だ。何しろ私は……


「ただいま、ルチア」


すると、そこへヒョイとスーツ姿のパパが姿を現した。


「お帰りなさい、パパ」


「ルチア、今日もお利口にしていたかい?」


パパは満面の笑みを浮かべると、私を抱き上げて来た。


「うん。お利口にしていたわ」


「それじゃ、皆揃ったから食事にしましょう?」


「そうだね、エディット」


そして私はパパに抱きかかえられたままダイニングルームへと向かった。




家族三人揃っての夕食。

パパとママは私の向かい側の席に座って、仲良さそうに話をしている。それが未だに不思議でならなかった。


「ねぇ、パパ。ママ」


「どうしたの?」

「何だい?ルチア」


ふたりが同時に返事をする。


「どうしてママはパパと結婚したの? 別の相手の人、いなかったの?」


「「え‼」」


声を揃えるふたり。


「どうしてそんなことを聞くのかしら?」


「ルチア……パパじゃ不満なのかい……?」


ママは困惑し、パパは悲し気な顔をする。


「あ、べ、別に! そういう訳じゃなくて……! パパのことは大好きだよ? い、今幼稚園でそういう話が流行っていたから、それで……」


だって、ママは……別に運命の相手がいたはずだよね⁉


「あら、そうだったの? でもね、パパだって色々な女の子たちから人気あったのよ? ね?」


「そ、そんなこと無いよ。それよりも、ほら。折角ママが作ってくれた料理が覚めてしまうから、食べよう」


慌てるパパを見てクスクス笑うママ。

……それにしても謎だ。どうしてふたりは結婚したのだろう?


私はエディットとセドリック王子がを描いたはずなのに――




****


 私には二つの前世の記憶がある。


 一つ目はこの世界。私はここでしがない画家として生活していた。ようやく自分の絵が世間に認められ始めた頃……暴走した馬車に轢かれて死んでしまった。


そして二つ目の世界は、ここよりもずっと文明が進んだ日本という場所で暮らしていた。

前世の記憶がばっちり残っていた私の夢はやはり絵を描くことだった。そこで前世のこの世界を元に、『恋が叶うとき』という漫画を描き始めた。


ヒロインはエディット、そして彼女の婚約者アドルフはヒロインを虐める悪役令息。

そんな彼女を助けるのがヒーローであるセドリック王子。


この漫画『コイカナ』は爆発的にヒットした。これがきっかけで私の元には次から次へと原稿の依頼が舞い込み、私は寝る間も惜しんで漫画を描き続け……過労死してしまった。


そして、目覚めた世界が一度目に生を受けたこの世界。しかも何故か両親は私が描いた漫画のヒロインと、悪役令息だったのだから。



始め、私は自分の現状を受け入れられなかった。


何故⁉ どうして私のパパが、あの『アドルフ・ヴァレンシュタイン』なの⁉

私は悪役に虐められる娘として生まれてしまったのだと人生を嘆いたりしたものだ。


けれど……実際は違った。


パパは驚くほど優しかったし、ママはそんなパパに恋する目を向けている。



「はぁ~……全く人生って分からないものよね……」


引き出しからペンとノートを取り出すと、私は早速文章を書き始めた。


今度はこの世界のパパとママをモデルにした恋愛小説でも書いてみよう。実はママとパパは前世の頃から結ばれることが決まっていた運命の相手なんて設定はどうだろう?


いつか、この作品を書き終えたらパパとママに見せてあげよう。

ふたりとも、きっと驚くだろうな。


そのときが来るのが今からとても楽しみだ――




<完結>

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婚約者はこの世界のヒロインで、どうやら僕は悪役で追放される運命らしい〜another story 結城芙由奈 @fu-minn

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