2 湊の場合 5

 教室に入ると、それまでざわついていた生徒たちが一斉に静まり返った。


「おはよう皆!今日からこのクラスの担任になった榎本正雄だ。俺のことを知ってる生徒達もいるだろうが、改めて今日から宜しく頼む。それでは早速だが転入生の紹介をさせてもらおう。彼が今日からこのクラスメイトの一員になる佐々木湊君だ」


 すると、クラスメイト達の視線が一斉に僕に注がれると先生に軽く目配される。

 ああ、自己紹介城って事か……。


 緊張する面持ちで、一歩前に進み出ると大きな声で自己紹介をした。


「初めまして。佐々木湊です。今日から宜しくお願いします」


 そして頭を下げた。

 簡単な自己紹介だが……まぁ別に構わないだろう。取り立てて何か言うことも無いし。


 すると先生が次に生徒たちに話し始めた。


「佐々木君は東京から越してきたんだ。皆、仲良くしてやってあげてくれ。え~と、それじゃ席だが……皆、出席番号順に座っているよな?」


 先生は一番前に座っている眼鏡の女子生徒に尋ねた。


「はい」


「それじゃ、隣の席が空いている人はいるか?手を上げてくれ」


 先生の呼びかけに真っすぐ手を上げる女子生徒がいた。


「はい!先生!私の隣が空いています」


 え?

 その女子生徒を見て俺は目を見開いた。


 驚いたことに、その人物はこの間映画館で出会った女子だったからだ。



「そうか、確か氷室さんだったね?それじゃあの子の隣の席に座りなさい」


「はい」


 俺が席に向かって歩き始めると再び教室内は騒めき始めた。


「はい、皆静かにしろ~。まずは教科書から配って行くからな~」


 先生が話し始めた頃に席に着席すると、すぐに彼女が小声で話しかけて来た。


「佐々木君て言うんだね?今日から宜しく」


「う、うん。宜しく。……氷室さん」


「あ。もう私の名前覚えてくれたんだ?あの時はありがとう。お兄ちゃんが勇敢な人だったねって褒めてくれたよ?」


「そ、そうかな?別にそれほどでもないけどさ」


「またまた謙遜しちゃって~。何か分からないことがあったら何でも聞いてね?何て言ったって、恩人なんだから」

 

「恩人なんて、大袈裟だよ」


「そんなこと無いよ。周りの人たち、皆知らんぷりしてたんだから。助けてくれたのは佐々木君だけだよ?」


 彼女は笑いかけて来た。それはドキリとするほど可愛らしかった。


 この時になって、俺は初めてこの中学校に転校してきたのも悪くない……と思えた。


 やがて、その言葉は現実になった。



****


 氷室さんはとても頭が良く、クラスの人気者だった。


 転校初日から俺が彼女と親し気に話す様子から、すぐに俺にも友達と呼べる存在が出来た。

 クラスの雰囲気が良かったのも、クラス委員の氷室さんが良いリーダーシップを取っていたからだろう。

 

 今ではすっかり、この中学校は俺にとって居心地の良い場所になっていた。

それも全て氷室さんのお陰だ。



 そして、この気持ちが恋だと言う事に気付かせてくれたのも彼女だった――。

 

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