2 湊の場合 4

 4月5日――


 今日から憂鬱な新しい学校での生活が始まる。


「さ、それじゃ行くか。湊」

「新しい学校楽しみでしょう?」


 スーツ姿の両親がにこにこ顔で玄関に現れた俺に声を掛けてくる。二人はすでに靴を履いて出掛ける気満々だ。


「はぁ〜……」


 わざとらしくため息をつくと、スニーカーに足を入れて恨めしそうに両親を見た。


「せめてさ……新しい学校に入るまでに制服間に合わなかったのかよ」


 前に通っていた頃の紺色のブレザーにグレーのズボン姿の自分が嫌でたまらなかった。


「何言ってるんだ?お前、その制服すごく気に入っていたじゃないか?」


 玄関の扉を開けながら父さんが俺の機嫌を取ってくる。


「ええ、そうよ。格好いいだろ〜って去年自慢げに着ていたじゃない?」


 母さんもやたら笑顔を振りまいて俺の肩をポンポンと叩いてくる。


「その気に入っていた制服の学校から転校させたのは一体誰だよ」


 こんな一人だけ違う制服で登校なんて、いかにも自分は余所者だと周りにアピールしているようなものじゃないか。

 この両親はピュアで傷つきやすい思春期の子供の気持ちを全く理解できないんだ。

 恨みがましく、二人を交互に見ると流石に両親は同時に咳払いすると父さんが声を掛けてきた。


「ほら、行くぞ。湊。転校初日から遅刻したくないだろう?」


「ふん、どうせ遅刻って今日は無いだろ。校長室で挨拶してから担任教師と教室に入って行くわけなんだから」


「ええ、そうよ。良く分かってるじゃな〜い。さ、行きましょう」


 こうして俺は両親から背中を押されるように、いやいや新しい中学校へ向かった。


 それは悔しくなるくらい、空が青い日の朝だった――。




****


 

 この中学校の校長は女の人だった。年齢は……多分、母さんよりは10歳は年上だろう。

 やたら愛想を振りまきながら、この中学校は素晴らしいですと説明しているが俺は殆ど聞いちゃいなかった。


 それより時間大丈夫なのか?もうすぐ9時になるぞ?


 その時ノックの音が響き渡り、扉の外で声を掛けられた。


『すみません。担任の榎本ですが』


「ああ、榎本先生。どうぞ中に入って下さい」


 校長が声を掛けると「失礼します」と言って、男性教師が入ってきた。年齢は……うん。多分30代位かな?


「初めまして、この度佐々木くんの担任となりました榎本正雄と申します。宜しくお願い致します!」


 そうしてニカッと笑う担任教師は……見るからに熱血教師に思えた――。




**


 

 両親と別れた俺は担任教師と一緒に廊下を歩いていた。


「佐々木くんは2年1組になったよ。教科書は全て今日配布されるから問題ない。それにしても君は丁度良い時期に転校してきたね?」


「どこがですか?」


 ぶっきらぼうに尋ねた。大体俺は転校なんかしたくなかったのに……。


「何と言っても年度替わりだからね。ほら、学校によっては勉強する内容の順序が変わったりするだろう?その点、4月ならこれから新しく学年が変わって一から学ぶから問題ないってことだよ。あ、着いた。ここが今日から君の教室だよ」


「ここが……」


 教室の札には「二年一組」と書かれている。


 今日から、憂鬱な中学校生活が始まるのか……。再びため息をつくと先生が笑った。


「大丈夫だって!ここの生徒たちは皆良い子たちばかりだら、佐々木君もすぐに友だちが出来るさ!よし、それじゃ中に入ろう!」


 担任教師は元気よく教室のドアを開けて入っていく。俺も覚悟を決めて教室の中へ入っていった――。

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