人間が怖い

光籏 好

第1話 悲しい性




山を切り開いた団地、春日の窓側の外は見慣れた内海が見える。

寒い冬過ぎて、桜咲く年度末の三月が終わろうとしている。

四月の年度初め前、団地の総会の準備に役員会を開いていた。

室内は、まだまだ寒く暖房はガンガン利かせてていた。

道路を挟んだ裏山の見える席にいた町内会のメンバーの一人が

静かに話し合っている中で裏山の方を指さして「あっ!見て!

見て見て。ほら、ほら、子狸だ」と叫んだ。

日の当たる裏山の方をガラス戸越しに、みんな話を止め一斉に見る。

裏山の斜面で子狸が二匹こちらを見るでもなくキョトンとしている。

「うわー!可愛い!」と奇声をあげる者もいる。

勿論、距離もありガラス戸越しだから、子狸には室内の奇声など

聞こえるはずがない。

想定外の騒ぎになる。この町内会のメンバーの中に均二という男がいる。

均二は母親狸のタヌ子を知っていた。タヌ子は姿を隠し「子狸や、

早く巣穴へお帰り!怖い、怖い人間がやってくるよ。お散歩は、

お日様の沈んで暗くなった夜だよ」こう言っているに違いない。


タヌ子の巣穴は、此処の山を壊す前からこの位置にあった。

団地の造成は、巣穴の前まで迫り木葉の落ちる秋には立木の隙間から

透けて見えるようになった。そうして狸の一家は人目にさらされる

ようになった。

狸、いや、この山に住む生き物、皆の生活基盤を奪い狂わせた。

それと同時に獣道も消されてしまった。

タヌ子が消された道と思われる所を思い出し思い出したどると

真新しい家の壁に突き当たり行き止まりになった。

思案しながら引き返すタヌ子に悲劇は起こった。


迂回して元の獣道に戻るためアスファルトの道に出る。その時!

「狸だ! 捕まえろ!」と、でかい男二人に追いかけられた。

近くの民家の庭に飛び込み戸の開いた物置の隅に隠れた。

震えながらじっとしていると男たちの足音が通り過ぎ、次第に遠ざかった。

(すんでのところで命拾いしたな)とタヌ子はその時、思った。

ところが、物音を聞きつけたこの屋の主、均二に見つかった。

均二は手近にあった竹の棒のようなものを持った。

(あれで叩き殺されるんだ。万事休すとタヌ子は、目を瞑り観念した)

しかし、このまま為すがままに、甚振られるのも嫌。せめてもの抵抗

「うぅううう」と、牙をむいた。

しかし、均二は物置の戸を開けたまま逃げ道を作りタヌ子を

逃がしてくれた。


数日が経ち、狸のことなどすっかり忘れた闇夜の晩に一人で

テレビを何気なく見ていた。

トントン!ポンポン!と戸をたたく者がいた。

均二がカーテンを開けると人影のシルエットが現れ「こんばんわ」

という女性の声がした。均二は(おやおや?)と思い戸を開けた。

戸を開けると幽かに獣臭がして、狸の顔が目の前をよぎった。

上手に美人に化けても、狸であることに間違いはない。

「先日はありがとうございました」と狸、いや美人のタヌ子さんが

わざわざ礼に来るとは、均二はいたく感心した。


均二が感心しきっているところへ、点けっぱなしのテレビニュースが

聞こえてきた。

「レン国領内は、アイ国のミサイル攻撃で街は破壊されました」

テレビ画面には爆破される街、運び出される怪我人死人の様子が流れる。

「国境に近い村人は銃殺され、女性はレイプ、子供はアイ国へ連れ帰り

アイの教育をしている。とカラマール放送が伝えました」

そのテレビを見聞きしていたタヌ子は「オー怖い怖い人間って残酷だ」

均二のを見て「これも人間の悲しい性なんでしょうねー・・・

仏心で私を助けて下さった貴方様も人間。あるんでしょうね。同じ

悲しい性が。アッ言い過ぎましたかね。すみません・・・」

タヌ子はそういうと本来の狸の姿を残し、闇の団地に消えて行った。


狸の尻尾の消えた闇を、しばらく見ながら

「私はお前さんを助けたのだろうか?私も人間、持っているよ

切り離すことのできない…悲しい性を」均二はつぶやいた。





                           了







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間が怖い 光籏 好 @koubatakonomu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る