第71話酔ってもスルことは絶対に忘れない彼女
ある日のこと、夏樹が唐突に話しかけてきた。
「そういえば、同棲記念のお祝いとかしてないね」
確かにと思ったので、同棲を始めた記念でちょっと豪華な食事を用意して祝うことにした。
当然、飲み物もソフトドリンクではなくアルコールの方がいいだろう。
俺は普段は開けないシンクの下にある戸棚を見る。
そう、ここには俺の部屋で飲み会をしたときに余ったお酒類がしまってあるのだ。
「可愛いパッケージの缶酎ハイがいっぱいあるってことは女子も来てたんだね」
戸棚の中を見ている俺の背後から夏樹が淡々とつぶやく。
俺は誓って浮気というか、ほかの女の子に目移りしたことはない。
てか、女子を飲み会で俺の部屋に呼ぶときは、毎回お前に部屋に呼んでもいい? って断りを入れてただろ……。
何を嫉妬してるんだかと思いながら、俺は夏樹に言う。
「俺は別にこんなに要らないだろって言ったのに、女の子が来るからって浮足立った男どもが飲みやすそうなお酒をたくさん買ってきてな……」
「酔わせて判断を鈍らせていただこうって最低だね」
「まあ、無理矢理に勧めはしてないからな」
無理に飲ませてないからこそ、こんなにも女性が飲みやすそうなお酒が余っているんだと言わんばかりに言った。
「知ってる。湊はそんなことしない男ってくらいはね」
「にしても、夏樹はお酒を飲むの久しぶりなんじゃないか?」
「そうだね。向こうでは勧められても絶対に飲まないようにしてたし」
「久しぶりだからって、調子に乗ってがぶがぶ飲むなよ」
ちなみに、夏樹の身を案じると見せかけて、実は俺の身を案じるためだったりする。
なにせ今の夏樹が酔った場合、何をするか分かったもんじゃないからな。
俺は自分の身を心配をしつつ何を飲む? と夏樹にいろんな缶酎ハイを見せてあげるのであった。
※
同棲を始めた記念で美味しいご飯を食べながらお酒を飲んでいる。
夏樹は持っていた缶の中身がなくなったのか、俺に新しいのを持って来いと催促してきた。
冷蔵庫に取りに行き、俺は待っていた夏樹に渡してあげた。
「久しぶりに飲んだけど、案外平気なもんだね」
夏樹はケロッとした顔で俺からお酒を受け取った。
で、缶のままぐびぐびと一気に飲む。
凄い飲みっぷりだなと感心していると、夏樹が俺を煽ってきた。
「全然飲んでないね」
俺も馬鹿じゃない。
今日は絶対に酔った夏樹に襲われるに決まっているわけで……。
逃げられるようにと、わざと飲む量をセーブしているわけだ。
とはいえ、夏樹に楽しくないからお酒が進まないと思われないようにフォローを入れる。
「今飲んでるのは度数が高いからな」
「べろんべろんに酔っても面倒見てあげるよ?」
「……まあ、あれだ。夏樹は久しぶりの飲酒だし、今日は楽しませてあげようと思ってな。ほら、俺が酔って介抱なんてさせるの可哀そうだろ?」
もっともらしいことを言ってみた。
すると、夏樹はやっぱり酔ってはいたのだろう。
普段なら怪しんでくるところを、すんなりと信じてしまった。
「じゃあ、今日はいっぱい飲んじゃおうかな」
夏樹はそう言って、今度は度数の高いお酒を俺に渡すようにと要求してくるのであった。
※
夏樹とお酒を飲み始めてから、2時間後。
酔った夏樹はちょっとしたネガティブモードに入ってしまった。
「私、湊の彼女でいいのかな……」
「別にいいと思うぞ」
「ほんとに?」
「ああ、ほんとほんと」
どこかしょんぼりと落ち込む夏樹を俺は励ました。
だがしかし、面倒な酔い方をしてしまった夏樹は俺の励ましを素直に受け取ってくれやしない。
「とか言って、本当は私のことを迷惑に思ってるんでしょ?」
「思ってたら、別れてるって」
「……別れたら私に何されるのか分からなくて別れられてないんでしょ?」
確かに別れたら何をされるか怖いところはある。
しかし、今のところはというか今後先も俺は夏樹と別れる気はない。
「ほら、お酒を楽しく飲んでるんだから明るい話をしような?」
「だってさぁ……」
うじうじとする夏樹。
そんな彼女を黙らせるために、俺はおつまみのさきイカを口にねじ込んだ。
夏樹はもぐもぐと咀嚼し始め静かになった。
で、俺は今のうちにとお酒類をテーブルの上から片付けた。
「さてと、夏樹さんやい。今日はもう寝ちゃったらどうだ?」
目がとろんとして眠そうだし、寝たらどうだ? と促した。
「やだ。今日はまだしてない」
やっぱ、こいつ怖い。
なんでこんなに酔ってても、俺とスルことを忘れないんだよ……。
「ふらふらだし危ないから今日は駄目だ」
「別にフラフラしてないよ」
夏樹は全然平気と俺に見せつけるべく、その場で立ち上がって歩いて見せる。
もちろん、まっすぐに歩けない。
だがしかし、夏樹はそれすらわかっていないようで……。
「ね?」
自分は全然酔ってないよと自慢げに胸を張った。
うん、カワイイ。
動画撮っておいて、明日見せてあげたいくらいだ。
「全然だめだからな? ほら、今日は大人しく寝ろ」
「……湊のケチ。やっぱり、私のことが好きじゃないからしたくないんだ」
「ったく、こいつ……」
面倒くさい奴めと苦笑いしていると、夏樹はむっとした顔で俺に言う。
「わかった。今日はいい……」
拗ねた感じで夏樹はそう言ってベッドに寝転んだ。
よし、今日は夏樹に絞られないでゆっくりと寝れる。
そう思ったときであった。
ベッドに寝転んだ夏樹がむくっと立ち上がって俺に腕を伸ばしてきた。
「トイレ連れてって」
可愛らしくおねだりされたら断れるわけがない。
俺は夏樹を抱きかかえてトイレへ連れて行く。
「んじゃ、終わったら呼べよ」
そういって、俺はトイレから出た。
夏樹がし終わるのをドアの前で待つのだが……。
夏樹がトイレから出てこない。
何してるんだかと、ドアを開けて確認するとトイレの中で夏樹は……。
敏感な部分を自分で弄っていた。
「シテくれないから一人でしてるだけだから気にしないでいいよ……」
こいつ、ほんとエグイ欲求してるよな……。
はあ、しょうがない。
トイレで一人物思いに耽っており、俺に見られていようが全然やめる気のなさそうな夏樹に俺は言う。
「1回だけだからな?」
俺とスルまで満足して寝てくれそうにない夏樹のために、一肌脱ぐことにするのであった。
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