第68話540回の負債

 夏樹と本格的に同棲することになった。

 今まではなぁなぁと決めずにやってきたことも、これからはしっかりしなくちゃいけない。

 そう、例えば金銭面。

 俺は親からもらったものの、今は使っていなかったお財布を机の上に置いて夏樹に話しかけた。


「共同の財布を作ろうと思う」


 まだまだ言葉足らずだが、夏樹は察してくれたようだ。

 ああ、わかったかもという顔で言う。


「結婚資金は早いうちから貯めるに限るよね」


 うん、全然理解してなかったな。

 クールで素っ気ないが、割とボケをかましてくる夏樹に苦笑いしながら、俺はしっかりと説明した。


「これからの生活費だよ。ほら、食費とか電気代とか、今まではなぁなぁだったし」

「あー、確かに」

「で、夏樹は共同の財布を作るのはどうだ?」

「普通に作った方がいいんじゃない。まあ、将来的には私が財布を握って、湊にお小遣いを渡す形になるけど」


 俺を養う気しかない夏樹。

 そんな彼女は放置して、俺はいつも自分が使っている財布から1万5千円を出した。


「いつも俺が食費とか雑費で出してる金額の半分はこれくらいだな」

「じゃあ、私もそれと同じ金額を出せばいい?」

「ああ。あと、これ以外にも家賃の半分をくれると有難い」

「……湊と同棲するって決めた時から覚悟してたけど何気にお金がかかるね」


 どこか苦々しい顔をする夏樹だが、少しだけ笑顔も混じっている。


「なんで笑ってるんだ?」

「ちゃんと同棲してるんだって実感があって嬉しくなったから」

「……ちなみに、半同棲状態のときと違って、色々と俺も厳しくする予定だから覚悟しとけよ?」


 雑になっていたあれこれをしっかりする。

 そう夏樹に伝えたら、私もと言わんばかりに夏樹は俺の頬を撫でながら微笑む。


「そっか。じゃあ、私も同棲を始めたことだし、今まで以上に夜も厳しくしてあげるね」


 うん、知ってた。

 今も厳しいが、本格的に同棲を始めたら夏樹は俺をもっと可愛がる。

 夏樹に絞りつくされて殺されるかもな……。

 なんて、覚悟を俺はするのであった。


   ※


 夏樹と一緒の財布を作った日の夕方。

 シャンプーやハンドソープなどの日用品を買いにドラッグストアに来たのだが、夏樹が栄養剤売り場で俺に聞く。


「共同の財布から栄養剤のお金を出してもいい?」


 基本的に俺がお世話になることの多い栄養剤。

 まあ、夏樹も本気で俺を食らいに来るときは飲むが……。

 さすがに栄養剤を共同の財布からお金を出して買うのは違う気がした。


「ダメだな。その財布のお金は本当に生活するモノ以外に使うのはなしで」

「栄養剤なくて湊は生き延びられるの?」

「……いや、まあ、そうだけど。やっぱり共同の財布から絶対に普通に生きてたらいらないであろうモノにお金を出すのは違うだろ」

「本当に駄目?」


 夏樹と本格的に同棲を始めるあたって、夏樹は家賃の半額を入れてくれるようになった。

 留学から帰ってきたものの、まだバイトを再開していない。

 そんなことから、今の夏樹のお財布事情はよろしくはないのだ。

 栄養剤を買うのはあきらめるかな……と思っていたら、夏樹は買い物かごに栄養剤を普通に入れた。


「買わないぞ?」

「……自腹で買う」

「今、お金ないんだから無理するなって」

「大丈夫。このくらいを出せないほどは困ってないから」


 しかしまぁ、俺からしてみたら大事なお金を栄養剤には使って欲しくない。

 別のことに使えと説得を試みる。


「今はやめとけって」

「……まあ、そうだけど」

「何がそんなに不服なんだ?」

「180日してなかったし、その遅れを取り戻したいから」

「……取り戻すって、まさか180回プラスでするってか?」


 何を冗談をと笑うと、夏樹は真顔で俺に言い放つ。


「違うよ。1日3回換算だから、3倍の540回だけど?」

「……それを何日で取り返すつもりなんだ?」


 俺は恐る恐る夏樹の計画を聞いた。

 夏樹は俺の目を見て堂々と告げた。


「180日で」


 いや、無理だろ。

 180日間できなかった夜のお遊び。

 そのできなかった分を180日で取り戻そうだなんて……。

 ガチで俺の体がぶっ壊れちゃうからな?

 俺は飽きれた感じで夏樹に言った。


「なんでそんなに取り返すだのうるさいんだよ……」

「人生で出来る回数は決まってるし。できなかった分を取り戻そうって考えは普通でしょ」


 ハングリー精神旺盛な夏樹に俺はついていけなかった。

 とはいえだ。やるといったら、ヤル女である夏樹。

 ガチで540回を半年で取り戻そうとしてきそうだし、それは何としてでも阻止をする必要がある。


「夏樹よ。そろそろ、量よりも質を求めるべきじゃないか?」

「確かに質も大事かも……」


 ああ、わかってくれたか。

 だから、540回なんて馬鹿げた回数を取り戻そうとするのはやめような?

 夏樹を説得できたと安堵しつつあった。 

 しかし、俺は一気に汗をかいた。


も大事だけど、これからはも大事にしないとね」


 夏樹は量よりも質をとるんじゃなくて、量も大事にして質も大事にしようとしだしたのだから。

 うん、マジで余計なことを言っちゃった。

 これから待ち受けるであろうより一層と激しい性活に俺は泣きそうになった。




 

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