第60話かなり束縛の激しい彼女



 夏樹と一緒に夜ご飯を食べていた時だった。

 スマホにとあるメッセージが届いた。

 送って来た相手はバイト先の後輩からであり、明日のシフトを変わって貰えませんか? というものだった。


「誰から?」


 夏樹が疑い深い目で俺を見てきた。

 別にやましいことはないので、普通に俺は説明する。


「明日のバイトのシフト変わって貰えませんか? だってさ」

「変わってあげれば?」

「時間が早めのシフトだからなぁ……」

「じゃ、無理だね。今日は朝まで寝かせるつもりないし」


 やっぱり今日は寝かせてくれないらしい。

 ということで、後輩には悪いが、ごめん、無理。と返事をした。

 社員とかならまだしも所詮はバイトだし、私生活を優先しても問題はないはずだ。


「ところで、夏樹さんやい。そろそろ、俺の上から退いてくれませんか?」


 まるで父親に甘えるような子供みたいな感じで、胡坐をかいた俺の上に座っている夏樹にどいて貰おうとした。

 しかし、夏樹には何食わぬ顔で無視される。

 

「あっそ。てか、もっと食べさせて?」


 胡坐をかいた俺の上に座っている夏樹はご飯を食べさせろと命令して来た。


「ほんと、わがままちゃんになって……」

「しょうがないでしょ? 寂しかったんだから……」

「ま、可愛いから良いか。ほら、口開けろ」

 

 俺は二人羽織りをするかのように夏樹の口にお肉を運ぶ。

 夏樹はパクっと齧った後、口をもごもごとさせながら言った。


「何も考えずに食べさせてもらってたけど、湊は全然食べてなくない?」

「海外で食事が美味しくないって言ってたしな。俺の分も遠慮なく食べてくれ」

「申し訳ないから湊も食べて。じゃないと、口移しで無理矢理食べさせる」

「怖いこと言うなよ……」

 

 俺が食べなかったらガチで口移しで食べさせられそうだ。

 夏樹の言う通り、俺も普通にお肉を頂くことにした。

 イチャイチャして食べていたこともあり、すっかりと冷めて油が固まっている。

 美味しいは美味しいけど、こうなることを想定し、冷えても美味しい赤身肉を貰ってくるべきだったなぁ……とか思いながら、俺が肉を咀嚼していると夏樹は甘えた声をあげる。


「……半年ぶりに会ったけど、湊が私のこと好きでいてくれて嬉しい」

「ビデオ通話してたから、離れてた~って気はしなかったけどな」

「離れてた気がしないって、私への愛が足りないんじゃない?」


 愛が足りないと夏樹に怒られてしまった。

 苦笑いしながら、夏樹の頭をポンポンと撫でながら言う。


「愛が無かったら、こんな風に甘やかしてないっての……」

「そっか」

「さてと、ご飯を食べ終わったらどうする?」

「いっぱい食べさせて貰ったし、長めに休憩しよっか。せっかく、いいモノを食べたのに戻しちゃったら台無しだし……」


 戻すかもしれないくらい激しく動く気があるのか……。

 でも、長めの休憩はちょうどいいな。


「じゃあ、休憩中に一緒にデートする場所を決めないか?」

「あー、よく電話で私が日本に帰って来たら、一緒にお出掛けしようねって話してたっけ」

「ああ、そのためにお金も用意してある!」


 夏樹と会えないせいで生じた憂鬱な気持ちを紛らわせるためにバイトを増やした。

 母さんも扶養控除のことは気にしなくていいよというので、ガッツリとバイトのシフトを増やして稼がせて貰った。

 ゆえに、俺は夏樹に言う。


「できたら、2泊3日くらいの旅行に行きたいです」

「私、そんなにお金ないんだけど……」

「大丈夫だ。夏樹のために稼ぎに稼いだから俺が出す」

「私に養ってとか言ったくせに、ほんと養われる気がないね……」


 将来は俺を養ってくれと言ったことがある。

 それを感じさせないことを夏樹は突っ込んできた。


「まあ、わりと冗談だったからな」

「そうは言うけど、社会人になったら会える時間が減るし、1秒でも長く湊と過ごすためにも、湊を外に働きに行かせたくないんだけど?」

「そんなに俺と一緒に居られる時間が欲しいのなら、自由に勤務時間を決められるように自分で会社でも作ればいいんじゃないか?」


 というと、夏樹は少しばかり考えた後、ボソッと俺に言う。


「ありだね……」

「いやいや、通訳士になる夢はどうしたんだよ」

「あー、ならないことにした」

「……周りに通訳士に向いてないとか、ゴタゴタ言われただろ?」

「べ、別にそんなことないし」

 

 夏樹は芯があるように見えて、実は周りに振り回されやすい。

 特にちょっとでも理に適ったことを言われたら、ガチで気にしちゃうタイプだ。

 まあ、逆にちょっとでも理に適わなければガン無視を決め込むけどな。

 俺は膝の上に座っている夏樹を優しく抱きしめた。


「ったく、夏樹は他人に言われたことを気にし過ぎなんだって……」

「まあ、色々と言われて気にしちゃったのもあるよ。でもさ、何よりも通訳士になったら海外出張もあるかもしれないし、そのたびに湊と会えなくなるのが嫌。あと、湊を養うには通訳士の稼ぎじゃ物足りないかもね……って理由もあるから」

 

 かなり饒舌な口ぶりからして、夏樹はそれなりに考えた末に通訳士になるのをやめるという選択をしたに違いない。

 とはいえ、夏樹には後悔して欲しくない。


「まあ、夏樹が悔いが残らないようにな」

「ん、ありがと」

「にしても、今年から就活かぁ……」


 大学3年生となる今年から就活は本格化する。

 なるべく楽して稼げるというか、気楽に働ける会社に入りたい。

 俺はそのための努力を惜しむつもりはない。


「大学を卒業したら、すぐに私のヒモになるんじゃないの?」

「いやいや、さすがに1回は就職するから……。大学を卒業した流れで、未来のお嫁さんに養って貰うのはさすがにちょっと情けないだろ?」

「もうすでに、私に後ろを弄られて情けないところ見せてるけどね」


 夏樹は俺を養ってあげるというよりも、俺に働かないで欲しいといった感じな気がしてならない。

 俺はその理由を聞いた。

 すると、夏樹は冷静沈着な声色で俺に話し出す。


「湊が私から簡単に逃げられないようにするため。ほら、お金なかったら、私から逃げたくても逃げられないでしょ?」

「お、おう」

「ま、私は湊のことを可愛がって飼うつもりだし、ちゃんと逃げたくならないように躾けるけどね」


 俺を手放したくないという鋼の意志を感じる。

 ちょっと悪ふざけで俺は夏樹に冗談を言った。


「悪い。さすがにちょっと重すぎるし、夏樹とはもう付き合い切れないかも……」

「あっそ」

「いや、なんでそんな反応が軽いんだよ」

「冗談にしか聞こえなかったからね。というか、次、そんな質の悪い嘘をいったらお仕置きするよ?」


 もし、次に似たようなことを言ったらどうなるか覚えておけよ? と怖い顔で夏樹に釘を刺されてしまった。

 怖いなぁ。ほんと、怖い。


「ちなみに、俺が夏樹を養うってのは無しなのか?」

「お小遣いは月に1億円。私に構う時間は1日最低12時間。休みの日は寝るとき以外はずっと私に構う。湊の体を好きに弄ってもいい。そんな感じなら、大人しく湊に飼われてあげてもいいよ」

「……そんなに、俺に養われたくないのか?」

「だって、好きな人を外に出して、誰かに傷つけられたり、盗まれたり、壊されたりしたら、本当に無理だからね」


 夏樹にとって俺は大事な宝物なようだ。

 しかし、俺に取っても夏樹は大事な宝物である。

 正直に言うと、前までは俺のことを養って欲しいと言っていたが、今となっては逆で俺は夏樹に苦労をさせたくない。


「俺も夏樹を外に出して、誰かに傷つけられたり、盗まれたり、穢されたりされるの嫌なんだけど?」

「……何、本当に私を養う気なの?」

「ああ、そのつもりだ」


 これ以上俺は情けない姿を夏樹に見せたくない。

 夏樹との幸せのために、俺は覚悟を決めてそう言った。

 しかし、夏樹はどうやら不服なようで……。



「そんなに働きたいのなら、一生働けないようなにしてあげる」



 どうしても俺に働いて欲しくない夏樹は、恐ろし気な剣幕で脅してきた。

 冗談なのか、冗談じゃないのか、わからないのがほんと怖いんだよなぁ……。

 などと思いながらも、ずっと俺の膝の上に座っている夏樹の頭を優しく撫でた。

 





 




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