第50話180日後に帰ってくる彼女

 今日は夏樹が日本を離れて海外に行く日。

 俺と夏樹は空港のロビーで別れを惜しむように会話をしている。


「あと、時間は何分くらい平気なんだ?」


「早めに出たから15分くらい平気」


「そっか。で、俺と会えなくなる前に何か言いたいことは?」


「浮気したら怒る」

 夏樹はとんでもない怖い目で俺を睨みつけてくる。

 そんな彼女に苦笑いしながら言い返した。


「そっちこそ、浮気しないでくれよ?」


「いや、留学先で恋人を作るとかあり得ないでしょ」


「ちょっと調べたけど、留学先だと知り合いもいないし、開放的になって軽い感じで浮気するって人が多いらしいぞ」

 ちょっとしたネットに転がっている情報をひけらかした。

 すると、夏樹はわざとらしく悩ましげな顔をしてボソッと呟く。


「確かに留学先って知り合いが居ないし浮気してもバレないのかもね……」


「ちょっ!? バレないからって浮気しないでくれよ? マジで泣くからな!」


「しないって。何でそんな不安なわけ?」


「俺よりも魅力がある人多いし……。俺と会えなくなったら、そっちに目移りするんじゃないかな……って」

 俺は勉強と日常生活に困らない英語が話せるくらいしか取り柄がない。

 俺の上位互換なんてこの世にはごまんといるのだ。

 人はより魅力的な人に惹かれるのがつねである。


「相変わらず卑屈だね。勉強と英語が喋れる時点でもうすでに上澄みだよ?」


「上澄みだとしても、夏樹は上澄みの中の上澄みだろ」


「あのさ、湊も上澄みの中の上澄み側だから」


「いや、そうは言うけど、夏樹と違ってルックスはそんなに……」


「ルックスは普通だね。でも、湊も勉強と英語以外でも、他の人と比べて明らかに勝ってるところがあるでしょ?」

 少しばかりの間、俺は無言になって他人よりも優れている部分を考える。

 しかし、思い当たる節は全然ない。

 時間がもったいないので、俺はあっさりと諦めることにした。


「降参だ。答えを教えてくれ」

 自分のこともわからないの? と言わんばかりな呆れた様子で、夏樹は俺に答えを教えてくれた。


「絶倫なところ、湊はもっと誇ってもいいんじゃない?」


「あー、確かに……」

 欲張りさんな夏樹にしつこく襲われたことで気が付いたのだ。

 普通の人よりも硬い状態を長く維持できるし、こなせる回数も多いし、回復する速度もかなり速いことに。

 夏樹の言う通り、俺が絶倫なのは紛れもない事実だと思う。

 だけどまあ、勉強と英語の次に誇れる部分が、しもの方とは何とも言えない気分だな……。


「せっかく絶倫なのに体力と筋肉がなさすぎるのが本当に勿体ない。というわけで、はいこれ」

 夏樹は持っていたカバンの中からメモ帳を取り出して俺に渡してきた。

 メモ帳には筋トレの仕方について色々と書かれている。

 これを読んで筋トレを頑張れということなのだろう。


「……頑張ります」


「ま、素人の私が書いたアレコレだから参考程度でよろしく。無理は絶対にしないでよ?」


「お、おう。やけに心配してくれるんだな」


「……まあね。てか、湊は私に半年間でしておいて欲しいことってある?」

 夏樹に会えない間にしておいて欲しいことかぁ……。

 恥ずかしがったり、嫌がったりはするだろうけど、俺の頼みは断らなくなってしまった夏樹には迂闊な発言は出来ない。

 とか思ったのは一瞬で、俺は欲望のままに願望を口にしてしまう。


「髪の毛を伸ばして欲しい」


「お手入れが大変だから嫌なんだけど……」


「そこをなんとか! ボブヘアーも好きだけど、ロングヘアーも見てみたい!」


「はぁ……、いいよ。留学中は切らずに伸ばしてあげる」

 半年後の楽しみがまた一つ増えた。

 俺のことが好きで文句や小言は言うが、なんでもしてくれる最高な彼女。

 気が付けば、俺は欲望のままに夏樹にお願いをしてしまった。


「できれば下の方も……」


「変態」


「いや、だって、ツルツルじゃない夏樹のアソコは見たことないし、男としては何だかんだで彼女のアソコに毛が生えてる所が見てみたいわけで……」


「……はいはい。わかった、わかった」

 雑な感じであしらわれるも、答えはyesというのが何とも夏樹っぽい。

 こういうところが夏樹の可愛くて魅力的なところだよな……。

 などと、彼女の魅力を再確認していると、夏樹が仏頂面で俺に話しかけてきた。


「下の毛を伸ばさせておいて、見たときに汚いって言ったら蹴るからね」


「絶対に汚いって言わないから安心してくれ。ちなみに、夏樹は筋トレ以外で、俺にしておいて欲しいことはあるのか?」


「強いて言うなら、部屋を綺麗にしておくとか?」


「了解。ちゃんと綺麗にしとく」


「あと、勝手に捨てないでよ?」


「……な、なにを?」


「湊に使う用のおもちゃ」

 俺は夏樹が俺の後ろを責めるために用意したおもちゃを、居ない間にしれっと捨てようと思っていた。

 しかし、俺の考えなんて夏樹にはお見通しだったようだ。


「す、捨てるわけないだろ? 夏樹の大事なモノなんだから」


「まあ、別に捨ててもいいよ」


「いいの?」

 思いがけない言葉に俺は驚いた。

 しかし、次の瞬間に夏樹のおもちゃを絶対に捨てちゃダメだと思い知らされる。


「うん、もっと太いのを買い直すだけだから」


「よし、絶対に捨てないから安心してくれ」


「そっか。それは残念」

 夏樹はしっかりと残念そうな顔で俺を見てきた。

 もし、勝手に捨ててたら……俺はとんでもない目に遭っていたのかもしれない。


「は、話は戻るけどさ、俺にしといて欲しいことは他に何かあるか?」


「んー、私が居ない間は自分で慰めるの禁止とか?」


「しれっと、とんでもないお願いしてくるな」


「髪の毛はまだしも下の毛を剃らないで欲しいってお願いしてくるお前には言われたくないんだけど?」


「俺の真似?」

 ○○なお前には言われたくない。

 最近の俺の口癖を真似るような感じで夏樹に言われたので聞き返した。


「どう? 意外と似てたでしょ」

 可愛いことしてくれるなぁとか思いながら、俺はスマホで時間を確認した。

 どうでもいいコトをあーだこーだと夏樹と話していたら……。

 あっという間にお別れの時間がやって来てしまったようだ。

 俺は軽く息を整えてから、夏樹に言う。


「あー、あれだ。そろそろお別れだな……」

 俺の言葉を聞いて夏樹はスマホで時間を確認する。

 夏樹はお別れの時間がやって来たという事実を受け止めて、どこかはかなげに笑った。

 そして、甘えたような声で俺にお願いをしてくる。


「ねえ、キスして?」


 空港はたくさんの人でごった返している。

 こんなところでキスするのはちょっと恥ずかしい。

 でも、気が付けば――

 

 夏樹の柔らかい唇にキスをしていた。


 周りには人が居るということもあり本当に優しいキス。

 しかし、それでもいつもよりもドキドキとしてしまう。

 人気ひとけのある場所ということもあり、長くはキスをしていられない。

 そっと優しく夏樹から離れたのだが……。

 俺にキスをされた夏樹はどこか不満げな顔であった。


「キスしてって言わなきゃよかった」


「なんで?」


「湊とお別れするのが寂しくなっちゃったから」


「わがまま言うなって。ほら、乗り遅れるぞ?」


「……うん」

 夏樹はぎこちなく頷いた後、パンパンと両手で自身の頬を叩いて気を引き締めた。

 そして、夏樹はシャキッとした顔で俺に面と向かって言う。


「お見送りはここまででいいよ」


「本当にここでいいのか?」


「ここでいい。これ以上湊と一緒にいたら、本当に留学に行きたくなくなっちゃうし」

 搭乗ゲート付近までは夏樹に着いていこうと思っていた。

 でも、夏樹がこれ以上は着いて来なくていいと言うんだからしょうがない。

 俺は寂しさをグッと堪えて、夏樹にお別れの挨拶をすることにした。


「俺は日本で成長した夏樹が帰ってくるのを楽しみに待ってる。だから、あれだ。向こうでも頑張れ!」

 

「うん、頑張ってくる」

 夏樹は俺に背中を向けて搭乗ゲートに向けて歩き出した。

 これから寂しくなるなぁと思った瞬間、夏樹が俺の方に戻ってくる。

 そして、夏樹は俺の股間を右手で強めにギュッと握りながら耳元で囁いた。




「浮気したらだからね?」




 浮気なんてしないから安心しておけ。

 俺がそう言おうとしたときには、すでに夏樹は俺のそばにはいなかった。

 さてと――



「半年後に再会するのが楽しみだな」



 夏樹とは別れてないんだし、また会える日を楽しみに待とうじゃないか。

 俺は前向きな気持ちで、去っていく夏樹の背中を見守るのであった。

 


 

 













(あとがき)

 ひとまず1章は終了です!

 途中までは書籍化を狙っていたものの、気が付けば書籍化なんて狙わなくてもいいやとなり、やりたい放題にここまで突っ走りました。

 ここまで読んで頂いて本当にありがとうございました。

 最近、ちょっとペースは落ちていますが、これからも少しづつ更新していくので、

 良かったら、フォロー、評価、レビューなどしてくださると嬉しいです。

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