第48話旅立つ前日だろうが容赦なく襲ってくる4年目の彼女
夏樹にこってり絞られた俺が起きたのは14時過ぎのこと。
一緒に寝たはずの夏樹の姿はない。
どこに行ったんだろう? と部屋を探すと机の上に書置きが置いてあった。
『さすがに家に帰るね』
まあ、留学前だしな。
そもそも、夏樹が俺の部屋で過ごしていた方がおかしい訳で、本当なら家族と過ごすのが普通だ。
置いてけぼり感を感じながらも、俺はベッドの上から降りる。
「いててて……」
夏樹よりかは動いてないが、俺も動いたには動いた。
体中のありとあらゆる部分が悲鳴をあげている。
痛む体を庇うように歩いて俺は冷蔵庫の元へと向かい、買ってあった水を取り出そうとしたのだが……。
冷蔵庫の中に入っていたモノを見て俺は絶望した。
「きょ、今日もなのか?」
買い置きしてあった栄養剤は無くなったはずだ。
なのに、俺の目の付く場所にわざとらしく効きそうな栄養剤が置いてあった。
今日もするから、これを飲んで回復しておけということなのだろう。
限界の限界までお遊びしたし、留学前はもうシないと思っていたのにな……。
俺は頬を引き攣らせながら夏樹についてボソッと口にする。
「病院に連れて行くべき……か?」
あまりにも回数が多いし、依存症なんじゃないか? とちょっと心配になる。
俺が夏樹に許しちゃうだけで、夏樹は我慢しようと思えば我慢できるし、本当にただ単にシたがりなだけなんだろうけどさ……。
まあ、俺とデキないせいで、日常生活も落ち着かないって感じになったら連れて行けばいいか。
などと、シたがりな彼女のことを考えていると……。
半年間は夏樹と会えなくなるのが本当に悲しくて泣きそうになる。
こんな辛い気持ちをするのなら、いっそのこと別れちゃった方がいいんじゃない? という選択をするカップルの気持ちは分からなくもない。
パンパン!
「弱気になるのは良くないな」
ネガティブな思想に囚われそうになった俺は、自分の頬を手でパンパンと叩いて負に飲まれないように気を紛らわせた。
※
16時頃。久しぶりに一人を満喫していると、夏樹がやってきた。
俺に栄養剤を用意したのだから帰ってこないわけがないよな……。
「お帰り」
「ただいま。といっても、留学前のお別れをしに来ただけだからすぐ帰るよ」
「で、準備は終わったのか?」
「終わったよ」
「……これから寂しくなるな」
しんみりとした気持ちがとめどなく俺を押しつぶしてくる。
正直なところ、夏樹と離れ離れになりたくない。
最近はまるで夫婦かのようなくらいの共同生活を送っていた。
それがまた俺の気持ちに拍車を掛けている。
「まあね」
「そういや、冷蔵庫にあった栄養剤はなんのために置いていったんだ?」
「普通に頑張った湊を労うために用意しただけ」
「……今日もするためじゃなくて?」
「いや、さすがにシないから」
まじまじと夏樹の目を見ると、そっと目を逸らされた。
うん、あわよくば俺とする気はあるんだな。
何ともわかりやすい夏樹を見て俺は呆れたような感じで答えた。
「ほんと、留学先で大丈夫か?」
「別に大丈夫だし」
「欲求不満で身近な男性を襲ったとかしたらマジで泣くからな」
「は?」
ちょっとしたジョークのつもりで言ったのだが、夏樹が身に纏う雰囲気がガラリと変わった。
「じょ、冗談だって」
「気分良くない冗談はやめて」
「はっ、はい!」
夏樹に怒られた俺は背筋をピンとして返事する。
しかし、夏樹の怒りは収まらなかったようで俺をネチネチと責め始めた。
「湊こそ浮気しないでよ」
「しないって」
「ふーん。そうは言うけど、ゼミ合宿のときは私以外の女からお肉を食べさせてもらってたよね?」
あのくらいは別に普通だ。
と言いたくなったが、最近の夏樹は狂っていると言っても過言ではないくらいに、俺のことが好きで嫉妬しやすいお茶目さんである。
きっちりと言葉を選んで返事をした。
「まあ、あれは悪かったと思ってる。彼女が見てるから、やめてくれ~って言うべきだったな」
「へー、私が見てないところなら別にいいんだ」
「こ、言葉の綾だ。夏樹が見てなくてもちゃんと断るからな?」
面倒くさい夏樹にしっかりと言ったことの内容を訂正した。
「なら良いけど。あと、義妹とは最近はどうなわけ?」
「あー、そういやお前に話してなかったっけ」
「何を?」
「理沙ちゃんは俺に会うのを禁止されたんだよ」
「なんで?」
興味深そうな顔で聞いてくる夏樹に俺は苦笑いしながら答えた。
「親に裏垢の存在がバレてたらしくてさ……。で、俺に下着を買わせた投稿を母さんもお義父さんも見ちゃったらしい。ガチで俺に手を出すとは思ってないけど、念のために俺に接触するなって、理沙ちゃんに接触禁止令を出したんだってさ」
「へー、親に裏垢バレてたんだ」
ひょうひょうとした顔で俺の話を聞いている夏樹に俺は気になることを聞いた。
「夏樹はSNSの裏垢は俺にバレてるのに、なんで投稿が続いてるんだ?」
「別にバレたけど投稿は続けてもいいかなって」
「そうだけどさぁ……。最近のお前の投稿がちょっとあれで……」
「何の投稿?」
俺はスマホを弄って夏樹が裏垢に投稿している内容を見せつけた。
なつき
『彼氏のMくんが今日は珍しく喉奥まで突っ込んできて凄く良かった♡』
「いや、うん。義妹である理沙ちゃんも知ってるアカウントで、俺との情事の内容を赤裸々にするのは本当に恥ずかしいからやめてくれ」
「そういや私の裏垢のこと理沙ちゃんは知ってたっけ」
「理沙ちゃんに会うのマジで気まずいからやめてください」
「わかった」
俺が頼むや否や、夏樹はすんなりと裏垢を削除してくれた。
しかし、夏樹は悩ましげな顔で俺に聞いてくる。
「湊は次の裏垢の名前って何がいいと思う?」
「裏垢で変な投稿するのをやめる気はないんだな……」
「まあ、日記みたいなもんだからね。過去の投稿を遡ると、あのときはあんなことしたな~とか、あのときはアレをシテ見たかったんだっけ……とか、色々と懐かしめて楽しいし。で、アカウント名は何がいいと思う?」
「適当に『なっちゃん』でいいんじゃないか?」
雑に答えてあげると夏樹は俺の言う通りに新しく『なっちゃん』という名前のアカウントを作る。
で、夏樹は新しいアカウントをすぐに使いだした。
なっちゃん
『明日から留学だし、お別れの前にたっぷりと彼氏のM君としたけど、今日も気持ち良くなりたいし襲っちゃお♡』
新しい裏垢に投稿された内容を読み終えた後、俺は恐る恐る夏樹の顔を見た。
そしたら、夏樹は俺を見てほくそ笑んだ。
「な、夏樹さん? さすがに体調をしっかりと整えるためにも、激しい運動は……し、しない方がいいんじゃないでしょうか?」
「大丈夫。今日はちゃんとほどほどで終わらせるから」
絶対にほどほどで終わるわけがないんだよなぁ……。
とか思いながら、俺は夏樹との戦いに身を投じるのであった。
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