第38話惚れた理由を教えてくれる4年目の彼女

 スマホのタイマーは1分30秒で止められている。

 5分にセットしたので、3分と30秒が経過したところで止められたわけだ。

 とまあ、つまりは――


「あんなに強がってたのにね」

 勝利を確認しタイマーを止めた後も、俺を弄りに弄ってきた夏樹が俺を笑った。

 いやいや、むしろアレを3分30秒耐えた俺を褒めて欲しいくらいだ。

 でもまあ、負けは負けだ。


「で、俺に勝利したお前は何が欲しいんだ?」


「留学したら毎日ビデオ通話1時間して欲しい」


「……わかった」

 そのくらい別に頼まれなくてもしてあげるつもり、と言ったら何か別のお願いをされてしまうので俺は素直に頷いた。


「まあ、理想は毎日だけど、私か湊が疲れてる日はなしで」


「無理して通話しても相手に気を使わせるし、疲労も次の日に残るからな……」


「そういうこと。あと、長電話もしないから。絶対に1時間で終わらせる」

 せっかくの海外への留学。

 俺と遊んでばかりじゃもったいないのは言うまでもない。


「なんか本当に寂しくなるな……」


「だから、今こうして寂しくないようにたわむれてるんでしょ?」


「とはいえだ。夏樹は……大丈夫なのか?」


「何が?」


「今は毎日のようにしてるけど、留学したら……」

 余計なお世話かもしれないが、今の夏樹は欲望に取りつかれた化け物である。

 海外ではどのようにストレスを発散するのかを聞いたら、とんでもない返答が返ってきた。


「しないよ。そもそも、滞在先の壁は薄いらしいし出来ない」


「し、しなくて平気なのか?」


「我慢する。で、帰って来たら我慢してたのを湊にぶつける。そっちの方が、なんか燃えそうだし」

 ぶるっと背筋が震えた。

 日本に帰って来たら、我慢していたものを一気に俺にぶつけるって……。

 今でも割と死にそうなくらい、俺は夏樹に絞られてる。

 俺、死ぬ……のか?


「ま、まあ、ストレスを溜めすぎてイライラするようなら、声を抑えて……しちゃった方がいいと思うぞ」

 俺は死を回避するため適度に発散するのをおススメした。

 しかし、夏樹は断固拒否の姿勢を取る。


「絶対に我慢する。それに、防音バッチリな湊の部屋でヤリまくったせいで、声出すの我慢できなくなったし……」


「こ、声を出さないで出来なくなったって?」


「家に帰ったときに自分の部屋でしたけど、隣の部屋にいた妹にうるさい! って突撃された」


「いや、なにしてんだよ」


「がっつり見られて死ぬほど恥ずかしかった……」

 妹にストレスを発散しているのがバレたのが凄く恥ずかしかったのか、夏樹は枕を抱きかかえて悶えだした。

 夏樹は普段はクールで素っ気ないし、誰かに恥を晒すことで負ったダメージは人一倍に大きいに違いない。

 枕を抱きかかえながら、妹に見られてしまったのを恥ずかしがる夏樹の頭をポンポンとして俺は慰めてあげる。


「まあ、ドンマイ」


「……はぁ。ほんと、家でするんじゃなかった」


「てか、一人でするときはどんな感じなんだ?」

 何の気なしに聞いた。

 すると夏樹はつらつらと一人での事情について話してくれる。

 内容要約すると、俺との行為が物足りなくならないように、道具は使わずに俺への想いを滾らせてソフトな感じにやっているとのことらしい。


「ちなみに、湊はどうやってるの?」


「いや、普通に画像や動画を用意して……」

 

「へー、私以外の女でやってると」


「……夏樹さん?」

 なんか嫌な予感がしてきた俺は夏樹の顔色を窺った。

 最近の夏樹は俺への愛に狂っているわけで……。

 夏樹は俺が他の人のアレコレで、猛りを発散するのが許せないようだ。


「もう二度と私以外で発散するの禁止」


「いや、それは……」


「何、文句ある?」


「いえ、ないです……」

 俺は勢いに押されてしまい、夏樹でしかやらない宣言をしてしまう。

 とはいえ、夏樹も鬼じゃないようだ。


「ま、イラストや漫画は許してあげる」


「……なんで?」


「絵の女の子はこの世に存在しないから浮気じゃない」

 束縛の激しい夏樹に実在する人のアレな画像で俺がアレするのを禁じられた。

 なんというか、面倒くさい子になって来たなぁ……という印象だ。

 しかし、俺から言わせてみれば――

 夏樹はので全く問題はない。


「てか、夏樹こそ、俺以外のアレな画像でアレをしたことはないんだろうな?」


「は?」

 

「……えっと、マジで俺だけなの?」


「当たり前でしょ。一人でするようになった高1の春から、ずっと湊だけを想ってるんだけど?」

 さも当たり前かのような感じで夏樹に言われた。

 嬉しいには嬉しいのだが、高1の春からと言われたのが気になって仕方がない。

 だってまあ、高1の春から俺を想ってスルようになったってことは……。


「いつ好きになったの? って聞いても教えてくれなかったけど、高1の春から俺のこと好きになってたのか?」


「……まあ、うん」

 夏樹はむすっとした顔になった。

 なぜ、俺にそんな風な態度を取るのかは容易に想像がつく。


「俺に惚れっぽい奴って思われたくなかったから、俺のことを好きになった時期を教えてくれなかったんだな」


「あー、うるさっ……」

 俺になら何をされたって構わない夏樹だが、別に恥じらいを捨てたわけじゃない。

 出会って間もないのに簡単に惚れてしまったことを、俺に弄られて拗ねた。


「てか、何が決めてで俺を意識するようになったんだ?」


「……ま、今更だし隠さなくていっか」

 長い年月をかけて夏樹の恥じらいは消え失せた。

 今さらになって、俺のことを好きになってくれた理由を知ることができるようだ。

 ワクワクとした感じで待ち構える俺に夏樹が教えてくれる。



「私に英語を教えるために、わざわざ英語の勉強してくれてたのを知った瞬間に、湊のことを意識するようになった」



 通訳を夢見ていた夏樹に頼まれ、帰国子女だった俺は英語を教えていた。

 が、しかし、帰国子女だからって、別に英語のテストが全て解けるわけじゃない。

 テストを解くためには、勉強が必要なのだ。

 だがしかし、夏樹は帰国子女というものを少し勘違いしていたようで、英語ならと思っていたのだろう。

 

 夏樹は英語のことを何でも俺に質問してきた。


 俺は必死に夢に向かって頑張ろうとしている夏樹を応援したかった。

 ゆえに、俺は夏樹にされた質問を全て答えられるようにと、しっかりと日本の高校生が習う英語を予習していたわけだ。


「……そっか。まあ、自分のために他人が頑張ってくれるって嬉しいもんな」


「私のために湊が必要以上に英語を勉強してくれていたのを知ったとき、本当に衝撃が凄かった。あ、この人は私のために尽くしてくれてたんだって。もちろん湊への申し訳なさもあった。でもさ、それ以上に本当に嬉しかった……」

 素っ気ない彼女がいつもよりも饒舌になる。

 それがまあ、俺の背中をむず痒くする。


「そんな大袈裟おおげさに言うなって……」


「別に大袈裟じゃないから」


「いやいや、大袈裟だって……」


「大袈裟じゃない。だって、湊が私のために頑張ってくれたのを知った日の夜なんて、興奮が収まらなくて初めて自分で自分を慰めちゃったんだよ?」


「……」


「急に黙ってどうしたの?」


「俺に遠慮なくなってから、いい雰囲気をぶち壊すの得意になったよな……って」

 最後の最後で余計な一言を言って雰囲気を台無しにした夏樹のことを、俺は冷ややかな目で見た。

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