第32話とんでもないお遊びを始める4年目の彼女。

 夏樹に大事なモノを奪われた。

 そんなことがあった次の日。

 俺は夏樹を泣かせるべく、同じことをしようとしたのだが……。


「よくよく考えたら、留学の直前にすることじゃなくね?」


 漫画とかだとシタ後は、特に何事もなかったかのような感じで終わっているし、リスクなんてお構いなしかと言わんばかりに描かれることがほとんどだ。

 しかし、俺が生きている世界はどこまでいっても現実でしかないので、リスクを恐れる必要がある。

 そんなわけで、俺は夏樹のを奪うのを先延ばしにした。

 だがしかし、そんな俺に夏樹はぶーぶーと文句を言ってくる。


「入念にやれば平気でしょ」


「……いや、そういうもんか?」


「わかった。実は弄るのに抵抗があるんでしょ?」

 抵抗のある行為と言えば、抵抗のある行為だ。

 正直なところ、付き合い始めて1年目にやってくれと言われたら、『さすがにそれは……』といった感じで断った可能性はある。


「抵抗があるはあるけど、デキなくはないからな」


「じゃあ、なんでやらないの?」


「だから、夏樹は海外に行く前だろって。日本に帰って来たら、好きなだけやってやるから今は諦めてくれ」


「今日はされるかもって、すでに綺麗にした後なんだけど?」


「俺、お前の前で綺麗にしたのに……」

 逃げるからと言われ、俺は夏樹の前で全てをした。

 しれっと一番恥ずかしい部分を済ませていた夏樹に文句を言った。

 すると、夏樹は俺に聞く。


「湊の前でして欲しかったの?」


「いや全然?」

 なに、そんなところ見て楽しいの? って感じである。

 正直、すでに済ませてくれていたのはありがたい。


「はぁ……。結局なしってことでいい?」


「ああ、なしだ。留学前なのに怪我させちゃったら大変だからな。にしても、本当に『まだこれでも我慢してるんだけど?』ってのは嘘じゃなかったし冗談でもなかったんだな」


「まあね?」

 わかる、わかるぞ。

 俺は夏樹の裏垢の投稿を口にしながら言う。


「口移しで食べ物食べさせたいとか、いつかは24時間連続でとか、俺に言ったら引かれるもんな」


「そ、だから、隠してた」


「まあ、ほとんど隠しきれていなかったけどな」


「てか、どこまで見たの?」


「全部。お前の最初の投稿まで一気に見た」

 夏樹が俺をじーっと見つめてくる。

 そして、真顔で俺に言った。


「私も大概だけど、湊も大概でしょ」


「まあな。お前が男と二人で一緒にお出掛けしようものなら、絶対に後ろからついて行くし、なんなら絶対に行くのを阻止すると思う」


「ストーカーじゃん」

 そう言うお前だって、俺は知ってるんだからな?

 俺は裏垢の夏樹の投稿を口にする。


「彼氏のスマホに位置情報を特定するアプリいれよっかな? っていう、お前には言われたくない」


「そ、それは……。そうかも?」

 夏樹は伏し目がちで俺から目をそらした。

 まるで、何か後ろめたいことがあるかのようだ。

 って、まさか!?

 俺はスマホを弄り、非表示化されているアプリがないかチェックした。


「なんだ。俺の考え過ぎか」


「あのさ、さすがの私もアプリを使って湊の場所を確認するわけないから」


「悪いな、俺が疑い過ぎた。とでもいうと思ったか?」

 アプリと口にした夏樹を見て俺は確信した。こいつは絶対にナニかしていると。

 俺はお出掛けのときに使っているショルダーバッグを手に取り、何か怪しい物が仕込まれていないか調べた。

 そして、普段は使ってないポケットからとあるものが出てきた。

 青りんごのロゴで有名な会社が作っている忘れ物防止用に開発されたタグが。


「ね、アプリは使ってないでしょ?」


「それは詭弁すぎやしないか? てか、そんな安くないものなのによく買ったな」


「友達に誕生日プレゼントで貰ったやつ」


「夏樹って、忘れ物とか絶対にしないのになんでくれたんだ?」


「彼氏に付けとくと便利だよ? って感じで」

 夏樹の友達はどうやら、夏樹が俺を好き過ぎるのを重々承知らしい。

 なんて思いながらも、位置情報をスマホに送信することのできる電池で動いているタグを見た。


「俺の自由はどこへ……」


「あー、ごめん」


「いや、別にいいけど」

 俺は再び位置情報を送信するタグをショルダーバッグの中に仕舞った。

 見ていた夏樹は俺に言う。


「私のこと好き過ぎない?」


「ああ、お前にアソコを弄られても怒らないくらいにはな?」

 皮肉交じりにそう言った。

 すると、夏樹は裏垢がバレたからにはもう隠す気は無くなったのかとんでもないことを俺に頼んでくる。


「私のことを好きなら、口移しで湊にご飯食べさせてもいい?」


「……いや、それはちょっと。せめて、液体でお願いします。てか、投稿を見たけど、俺のご飯に唾液仕込んだって書いてあったよな?」

 なんてことを隠れて俺にしていたんだと問い詰めた。

 夏樹は少しうっとりとした顔で俺に言う。


「出来心でやった。スリルもあって興奮が凄かった」


「ちなみに、何に入れたんだ?」


「……さあ?」


「いや、なんではぐらかすんだよ」


「まあ、うん。何回もしてるから」


「……」

 夏樹のレベルの高さに俺は黙ってしまった。

 無言になり数十秒が経った頃、夏樹が沈黙を破る。


「ちなみに初めて湊の食べ物に唾液を混ぜたのは、バレンタインの時だから」


「い、いつの?」


「高校2年生のときの」


「もう、俺、お前が怖い……」

 夏樹は叩けばどんどんほこりが出てくる。

 出なくなるのはいつ頃になるんだろうな……と思っていた時だった。


 ピンポーンと部屋の呼び鈴が鳴った。


 ネット通販で買ったものが届いたのかもしれないと思い、俺はそそくさと玄関へ向かう。

 どうやら、俺の予想通りでやって来ていたのは配達員の人だった。

 荷物を受け取り、俺は部屋の中へ戻る。


「何買ったの?」


「お前へのプレゼント。だからちょっとだけ、目を閉じて両手の手の平を前に出してくれ」


「ん」

 夏樹は言う通りにしてくれた。

 俺は届いた荷物が入った段ボール箱の中からとあるものを取り出す。

 そして、夏樹の手の平に載せ……ない。


「最近、好き放題されたからな?」

 そう言って、俺は夏樹におもちゃの手錠をかけた。


「……ふーん」

 なにしてくれてるの? という怖い目つきなる夏樹。

 ふっ、そんな目をされようが別に怖くない。

 さすがに、いくらフィジカルお化けだろうが、自由の利かないお前に負けるわけがないからな?

 夏樹にキーリングで束ねてある手錠の鍵を見せつけながら、俺はいきる。


「最近はよくも好き勝手にやってくれたな?」


「あのさ、これ緩くない?」

 いとも簡単に手錠の拘束から夏樹は逃れた。

 丈夫ではあるものの、サイズ調整機能がないことがアダとなったようだ。

 

「あの~、ジョークです。たまにはこういうお遊びも……」


「そ? じゃあ、私も遊んでいい?」

 夏樹はこれ見よがしに見せつけていた手錠の鍵を俺から奪う。


「手、背中に回す」

 言われるがまま、俺は手を背中に回してしまった。

 すると、夏樹は手際よく手を背中に回した状態の俺に手錠をかける。

 

「夏樹さん? お、俺に、な、何をする気なんでしょうか?」


「いや、なにもしないけど。ただまあ、ちょっと遊んであげようかなって」

 夏樹は、キーリングのついた手錠の鍵に除菌スプレーをかけた。

 綺麗になった鍵を、夏樹は自身の体のある部分に仕舞う。


「んっ……、なんか、ちょっと変な感じ……」


「おまっ、なんてとこにれてるんだよ……」

 手錠を掛けられてはいるものの、指は動く。

 カギをれた場所に手を伸ばしたときだった。


「手使うの禁止だから」


「じゃあ、お前からどうやって鍵を取ればいいんだ?」

 夏樹は人差し指を俺の唇に当てながら言った。



「お、く、ち」



 鍵を取るルールを説明した夏樹はベッドの上に座る。

 そして、これみよがしにと言わんばかりに足を広げた。

 力づくで鍵を取り返すのは無理。

 俺は素直に夏樹の指示に従い、ずっと前から俺に舐められたいと言っていた場所に隠された鍵を必死で口で取ろうとする。

 夏樹はうっとりとした目付きで、必死に口と舌を動かす俺の頬を撫でる。




「必死な犬みたいで可愛いよ?」




 誰のせいだ。

 と言いたくなったが、言ったら難易度をあげられそうなのでやめた。

 



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