第27話外堀を埋めていく4年目の彼女
お風呂場を出て脱衣所へ。
先にお風呂から上がっていた夏樹は、律儀にもメイド服に着替えていた。
どうやら、今日はメイドさんという約束を守ってくれるようだ。
「俺の体を拭いてくれたりなんて……」
「はぁ……、そんなこと言われる気がした」
「さっき、めっちゃ頑張って舐めただろ?」
「……いや、私も舐めたじゃん」
とか夏樹は文句を言いいながらも、タオルで俺を拭き始める。
ちょうど拭く場所が下半身に差し掛かったとき、夏樹は俺に聞いた。
「また綺麗にしておく?」
「あー……」
今回はカミソリ負けしなかったからよかったが、次もそうとは限らない。
赤くなったり、チクチクしたり、痒くなるかもしれない。
剃ることのリスクを恐れて言い淀んでいたら、生えかけの部分を夏樹が触りながらボソッと言った。
「口に毛が入るの嫌なんだけど……」
「じゃ、剃ってくれ」
俺は即答した。夏樹が嫌なんだからしょうがない。
決して、夏樹に深々と舐めて貰いたいから……なんて理由じゃないからな?
で、なんやかんやでメイド服を着た夏樹は、俺の体を拭くどころか洋服まで着せてくれた。
うむ、これはローションストッキングに耐えた甲斐があるな。
などと偉そうに胸を張っていたら、夏樹が俺にとんでもないことを言いだした。
「介護ってこんな感じ?」
「もうそこまでの未来が見えてるのかよ……」
「結婚するんだから、考えておかなきゃでしょ」
「いや、そうだけど。気が早すぎるって」
なんてことを話しながら、俺と夏樹は脱衣所を出た。
で、冷房の効いた部屋に戻ってきた。
ベッドの上にあったスマホを夏樹は拾って弄り出した。
弄り始めて少し経つと、夏樹が俺に話しかけてくる。
「お父さんが一緒にご飯食べないかだってさ」
「へー、行って来いよ」
「ちなみに、湊も誘われてる」
「お、俺もなのか?」
「部屋には私が入り浸ってるし、湊に挨拶をしておきたいって」
俺は夏樹の親とは一回も会ったことがない。
4年も付き合っていて、むしろ今の今まで会わなかった方が奇跡だ。
それにまあ、結婚するつもりはある。
親に挨拶もしたのに別れちゃったなどと気まずくなるって可能性は低いと思う。
なのに、いつまでも会わないってのもおかしな話。
俺は勇気を振り絞って、夏樹に返事をする。
「わかった。行く。えっと、お母さんは?」
「お父さんは湊とゆっくり話したいから、今日はお母さんはいないって」
「それはそれで怖いんだけど……」
彼女の親と会う。
どんなことを聞かれるんだろうなぁと思うと、自然と胃が痛くなった。
※
夏樹に連れられて、俺はレストランにやって来た。
お店に着き名前を言うと、夏樹のお父さんが待っている席へ案内される。
「君が湊くんだね?」
夏樹が運動大好きなのは父親の影響らしい。
夏樹のお父さんはそれが良くわかる体型をしていた。
もう、怖くて震えが止まらない。
俺は緊張しながら、夏樹のお父さんに挨拶をした。
「は、初めまして。夏樹さんとお付き合いさせていただいてる。
「ああ、そんな緊張しなくていいから。さ、立ってないで座ったらどうだい?」
気さくな笑顔でマッチョな夏樹のお父さんが俺に笑いかける。
ふぅ、『娘はお前にやらん!』とか怖いことを言われる覚悟をしてきていたが、どうやらそんなことはないようだ。
「し、失礼します……」
俺は椅子を引いて座った。
本当に他愛のない話をしていると、料理がテーブルに運ばれてきた。
料理をひとしきり楽しんでいくと、急に夏樹のお父さんの目つきが鋭くなった。
「二人は結婚する気は?」
うぐっ、聞かれる覚悟をしてきたけど、まさか本当に聞かれるとは……。
俺は吐きそうになりながらも、ありのままを伝えるよとするも……。
緊張で中々に言葉が出てこない。
だけど、俺は何とか振り絞って想いを口にした。
「結婚するつもりです」
「それならいいんだ。さすがに結婚する気がないのに、半同棲状態はいかがなものかと私も思っていてね……」
「その件は本当にすみません。心配させないようにちょくちょく帰れとは言ってるんですけどね……」
と言うと、夏樹が余計なことを言うなと睨まれてしまう。
俺と夏樹を見て、夏樹のお父さんは笑う。
「仲が良くて何よりだ。ところで、湊君は大学を卒業した後のことはどう考えてるんだい?」
「まだこれと言って決まってないです」
見栄を張らずにありのままを伝えた。
すると、夏樹のお父さんは俺に名刺を渡してきた。
代表取締役と書かれた質感の凄いやつだった。
で、俺に怖いことを言ってきた。
「就職が決まらなかったら、遠慮なく私を頼ってくれていい」
「あ、はい」
「私達はもう家族も同然。何か困ったら相談してくれていいからな」
「あははは……。いざとなったら頼らせて貰います」
今日は本当に軽い気持ちで挨拶をしようと思ってたのに、夏樹のお父さんの距離の詰め方がエグすぎて吐きそうだ。
そして、俺はとんでもない事実を知ってしまう。
「にしても、まさか湊君の方から、『娘さんと半同棲状態にありますし、しっかりと挨拶をしておきたい』と言ってくるとは思いもしてなかったよ。いや~、今時の子にしては、本当に礼儀があって感心だ」
「……あははは、ありがとうございます」
その場のノリで頷いた後、俺は夏樹の方を見た。
そしたら、私は知らないと言わんばかりに夏樹はそっぽを向いた。
夏樹には『部屋には私が入り浸ってるし、湊に挨拶をしておきたいって』って言われた覚えしかない。
俺は後で絶対に問い詰めてやると心に誓う。
そして、問い詰めるチャンスはすぐにやって来た。
「申し訳ないが、ちょっとお手洗い行かせて貰おうかな……」
夏樹のお父さんは席を立つ。
そして、俺は夏樹と二人きりになった。
「なあ、なんで俺からお前のお父さんに挨拶を……ってことになってたんだ?」
「お父さんに湊の顔を見せておきたかったから『彼氏の湊がちゃんと挨拶したいって』って伝えただけ。なに、ダメなの?」
「いや、まあ、ダメじゃないけど。それ相応に彼女の親に挨拶をするのは勇気がいるわけで……」
「私は普通に湊の親と会ってるんだけど?」
「……」
正論を言われてしまい、俺は黙ってしまう。
そして、夏樹はそんな俺にとんでもないことを言った。
「あと、湊の親にも改めて挨拶に行くから」
「ん、俺の親に挨拶?」
「そ、今日みたいに湊の親にも、私達が本気だって挨拶をしといた方がいいでしょ?」
急に冷汗がドバっと体の穴という穴から噴き出した。
嫌な予感がした俺は、最近の夏樹の行動を振り返った。
俺の部屋でほぼ同居状態。
夏樹は何度も俺に結婚する意志を確認してきた。
そして、今日、親に挨拶をしたというか、させられた。
いや、まさかな……。夏樹は取り返しのつかないところまで、俺を引きずり込もうとしているのか?
冗談みたいな感じで、何を狙っているのか聞こうとしたときだった。
夏樹が俺の目を見て笑う。
「まだ婚約指輪はいらないからね?」
なんのことだ? なんて惚けられるわけがなかった。
なにせ、証拠は十二分にある。
どうやら、俺は気が付かないうちに――
夏樹と婚約してしまったらしい。
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