第23話絶対に別れる気のない4年目の彼女


「だらしない顔……」


 夏樹はベタベタした手で満身創痍な俺の頬を触る。

 誰のせいでこんな風になっているんだと言いたいが、その気力すらわかない。

 そう、俺が浮気したと勘違いした夏樹におしおきをされた。

 ローションとストッキングを用いた行為は想像以上に『おしおき』という言葉が相応しかった。

 気持ちいいけど、あれは相当なM男しか耐えれないレベルだ。

 手足を縛られていなきゃ、すぐに逃げ出していたに違いない。

 あんな激しい責めは二度とされたくない。

 でも、次はきっとあると思う。


「必死に声を抑えてたの可愛かったよ」

 夏樹はご満悦な顔で俺を見つめてくるのだから。


「……そろそろ、ほどいてくれ」

 やっとこさ落ち着いて来た俺は夏樹に手と足を縛る紐を解いてくれと言った。

 夏樹も随分と冷静に戻っていることもあり、すんなりと俺の手足を解いてくれた。

 俺は夏樹による容赦ないおしおきのせいで汚れた部屋を見渡した後、酔いが冷めて素面しらふに戻っているであろう夏樹を見た。


「この後始末はどうするつもりだ?」

 

「湊が浮気したのが悪いんでしょ」

 まだ誤解しているのか夏樹は悪びれた素振りは一切見せない。

 こいつめ……。

 まあいい、余裕ぶっていられるのも今の内だからな?


 さあ、これからは復讐のお時間だ。


「夏樹さんよ。これを見てもまだ俺が浮気したとでも?」

 髪の毛が理沙ちゃんの物である証拠を裏付けるために、俺は母さんとのメッセージのやり取りをスマホに表示させて見せた。


「……」


「ほら、無言になってないで何か言ったらどうだ?」


「いやっ、だって……。湊がもっと強く言い返してくれば……」

 いつもはハキハキと喋る夏樹が珍しく言い淀む。

 そんな彼女を見て、俺はニヤニヤと笑いが止まらない。


「お前がちゃんと話を聞こうとしなかったんだろ」


「……ちがっ、それは」


「さっさと、ごめんなさいを言ったらどうだ?」

 落としどころを作ってあげると、夏樹は俯きながらボソッと謝ってきた。


「す、すみませんでした」


「ん、わかった。ただ、謝るにしては態度がデカいような気がするのは俺の気のせいか?」


「何が言いたいわけ?」


「いや、お詫びはないのかな~って」

 ローションとストッキングはマジできつかった。

 ちゃんと根に持っているわけで、さすがに『すみませんでした』の一言で許せるほど俺は甘くない。


「……何すればいいの?」


「例えば、俺のお願いを何でも叶えてくれるとか?」

 俺は強きで夏樹に迫った。

 普段なら、夏樹は馬鹿言わないでと言ってくるのだが……。


「……わかった。それでいい」

 何も悪くことをしていない俺におしおきしてしまったのを反省していることもあり、夏樹は何の文句も言ってこなかった。

 夏樹に何をお願いして叶えて貰おうか……とその前にだ。

 俺は汚れた部屋を見ながら夏樹に言う。


「まずは掃除だな」


「なんか、ほんとごめん」


「ああ、まったくだ。さてと、こいつめ……。よくも俺を酷い目に合わせてくれたな?」

 俺は床に落ちていた宿敵であるストッキングを拾った。

 ストッキングはちょっと破れていて普通には使えないし、恨みもある。

 俺は勢いくストッキングをゴミ箱へ投げようとする。

 しかし、夏樹にストッキングを奪われてしまった。


「洗って掃除道具にするから捨てないでいいよ」

 嘘つくな。絶対にまた俺に使う気だろ……。

 あまりにも夏樹が白々しいので、俺は苦笑いするしかなかった。


   ※


 部屋の掃除が終わりシャワーを浴びた後、俺と夏樹はひとまず寝た。

 で、昼過ぎに起きた。

 先に起きた夏樹はそわそわと俺の方を見ている。


「どうかしたか?」


「別になんでもない」


「いや、俺に何をお願いされるのか気になってしょうがないんだろ?」

 俺は夏樹に何でもお願いできる権利を得た。

 それが、どう使われるのか夏樹は気が気じゃないのだ。


「……で、私に何して欲しいの?」


「一日、メイド服を着て過ごすってのはどうだ?」

 去年、文化祭でメイド喫茶をやった友達がいた。

 興味本位で『メイド服って文化祭が終わったらどうするの?』と聞いたら、『欲しいならあげるけど?』という返事を貰った。

 というわけで、夏樹に着せたら可愛いだろうな~と思いメイド服を貰った。

 でも、御存じの通り夏樹はクールで素っ気ない彼女。

 メイド服を着て欲しいと頼んだが、恥ずかしいから無理と着てくれなかった。

 今日こそは、メイド服を着て貰おうというわけである。


「あー、そんなんでいいんだ」


「えっ、あんなに恥ずかしいから無理って言ってたのに?」


「高校の制服と裸エプロンを見せたし、競泳水着で湊を誘惑もしたし、今さらメイド服なんてあれでしょ……」


「なるほど。んじゃ、メイドさんのロールプレイのおまけ付きで」


「ちっ、余計なこと言わなきゃ良かった……」


「ご主人様にそんな態度を取って良いのか?」


「はいはい、すみません。ご、しゅ、じ、ん、さ、ま!」

 夏樹は投げやりに俺をご主人様と呼んできた。

 うん、なんというか普段は偉そうにツンとしている彼女が下手したてに接してくるのは悪い気分じゃない。

 いや、めっちゃいい気分だ。


「メイド服を今出すからちょっと待て」


「はぁ……。なんでこんなことになったんだろ」

 ため息を吐く夏樹を尻目に、俺は引っ越す際にちゃんと持ってきたメイド服を棚から取り出そうとした。

 えーっと、たしか普段使ってないこの棚の中に仕舞った記憶が……。

 引っ越してから全然触ってない棚を開けた。

 俺は衝撃的なものを見つけてしまい固まってしまう。


「あの~、夏樹さん? このおもちゃは一体?」

 そう、俺の知らぬ間に棚の中には大人用のおもちゃがあった。


「知らない」


「いやいや、知らないってのは無理があるって……」


「はいはい、言えばいいんでしょ?」

 夏樹は事細かにおもちゃの使い方を説明してくれた。

 ちなみに使い方は、俺の口からはおぞましいので絶対に言えない。

 まあ、夏樹もおもちゃは本気で使うつもりはないらしい。



「本気で使う気はないから安心していいよ。湊が浮気したとき、懲らしめるために用意しただけだから」



 ローションとストッキングで済まされたのは運が良かっただけ。

 わりと貞操の危機が迫っていたのを知り、俺は冷や汗を流す。

 貞操の危機もそうだが、俺が浮気したとしても『別れる』ということを一言も口にしないのも、嬉しいには嬉しいんだけど何か怖いんだよなぁ……。


「か、仮にだけどさ。俺が本当に浮気したときって、別れようとか思わないわけ?」


「は? 別れないし。もう二度と、私以外の女の子に目を奪われないように、ちゃんと躾けるに決まってるじゃん」


「で、ですよね……」

 夏樹と半年会えなくなったとしても、俺は絶対に別れない。

 そう言った日から、どんどん夏樹の愛が重くなってきている気がしてならない。

 そのうち、躾と称して軟禁とかされそうで怖くなってきたんだけど……。

 とまあ、将来に一抹の不安を感じながらも、俺は夏樹に着せるためのメイド服をごそごそと探すのであった。


 



 

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