第22話浮気は絶対に許さない4年目の彼女

 夏樹の髪型は短めのボブヘアー。

 なのに、彼氏である俺の部屋に綺麗な長い髪の毛が落ちていたらどう思う?

 自分以外の誰かを部屋に連れ込んだと思うに違いない。

 手足を縛られた俺の股間をぐりぐりと夏樹は踏みつけながら問い詰めてくる。


「夏樹さん。そこをそんなに踏んだら潰れちゃう……」


「で、コレはなんなの?」

 部屋に落ちていた綺麗な長い髪の毛を見せつけてくる夏樹。

 まあ、焦ることはない。別に俺は浮気などしてないのだから。

 やましいことは一切ないし、俺は余裕な表情で夏樹を説得しにかかる。


「落ち着け。俺は浮気してない」


「……うそつき。じゃあ、この長い髪の毛はなんでココにあるわけ?」


「それを今から話す」


「あっそ、私は聞きたくない」

 夏樹は聞く耳を持ってくれず、浮気をしていないと信じて貰えない。

 4年も付き合ってるのに……と思ったら、俺はとあることを忘れていた。

 俺の股間を人質と言わんばかりに、足で踏んづけてくる夏樹の顔をよく見る。


「あの~、送別会でどのくらいお飲みに?」


「グラスで5杯。あと、お店を出る時にもったいないから残ってた日本酒を一気に飲んだ。何、私が冷静な判断ができてないとでも言いたい?」

 めっちゃ飲んでる。俺の想像以上に飲んでたんだが!?

 お酒で酔っぱらっていて判断力が鈍っている中、彼氏の部屋に自分以外の長い髪の毛が落ちていた。

 うん、マジで冷静さを事欠いても致し方ないな。

 普段はクールで素っ気ない彼女である夏樹は、ヒートアップすると止まらない。

 俺はすぐに長い髪の毛が落ちていた理由を説明しなかったのを後悔する。


「義妹の理沙ちゃんがさっきまで来てたんだよ。髪の毛は理沙ちゃんのだ」


「夜遅くに義妹の理沙ちゃんが来るわけないでしょ」

 うん、ごもっともだ。


「父さんと喧嘩して家出で俺のところへ……」


「家出ならなんで居ないの?」


「母さんを呼んで連れ帰って貰った。さすがに兄妹とはいえ義理だし、ここに泊めるのはあれだろ?」


「ふーん」

 おっ、ちょっとは聞く耳を持った。

 あとちょっとだ。あとちょっとで誤解が解けそうだ。

 俺はホッと安心する。

 が、俺の安心した表情が火に油を注いでしまうかのような行為に、夏樹には見えたらしい。


「あのさぁ……、私のこと上手く騙せた……って思ってるでしょ」


「思ってない。まじでそんなの微塵も思ってないから!」


「あっそ」

 素っ気ない態度で夏樹は言う。

 そして、喉が渇いたのか冷蔵庫から缶酎ハイを取り出した。


「夏樹よ。それはダメだ。それ以上はいけない」


「浮気されたんだし、飲まずにはいられないでしょ」


「……はぁ。もういいや」

 俺は夏樹を煽り立てるような開き直った態度を取る。

 どうやっても正確な情報を夏樹に伝えることができそうにないので、俺は諦めた。

 今日は好き放題夏樹にやられてしまおう。

 そして、夏樹の酔いが冷めて落ち着いた頃にしっかりと浮気してないという証明をしようじゃないか。

 今日はたまたま運が悪かっただけ、普段の夏樹は聞きわけは良い。

 きっと、浮気が自分の勘違いだと知ったときは凄く反省してくれる。

 俺にしたに比例するほどにな。

 なので、今日は我慢する日だ。

 我慢して耐え抜けば耐え抜くほど、夏樹は俺に後ろめたくなっていく。

 そして、俺への申し訳なさを上手いこと利用して――


 普段はしてくれないことをして貰う!!!


 今日は我慢だ。

 そして、明日は夏樹に復讐をしてやろうじゃないか。


「もういいやって何?」


「教えても無駄だろ。聞く耳を持ってくれない酷い彼女なんだから」


「そう言うこと言うんだ。反省するなら許してあげようと思ったのに」

 浮気しても許してくれるとか、俺のこと好き過ぎかよ。

 ちょっと嬉しいと思っていたら、夏樹は俺を逃がすまいと踏んでいた足をどけた。

 夏樹はムカついていそうな顔で俺に近づいて来る。

 そして、縛られて動けない俺の下腹部をそーっと撫でるように触れながら言う。



「浮気するってことはさ、まだまだしぼり足りなかったんだよね?」



 背筋がゾクッとして、さ~っと血の気が引いていく。

 今までにない危険な雰囲気を漂わせている彼女に俺は恐怖する。

 今日は我慢して、明日は夏樹に復讐する。

 そんな覚悟は一瞬にして揺らいだ。


「本当に浮気してないから。マジで話を聞こう。いや、聞いてください!」


「あっそ」

 開き直った風な演技をした俺に煽り立てられた夏樹は、もう俺の話に聞く耳を持ってくれない。

 だがそれでも、俺は必死に待つように迫った。

 すると、夏樹の手がピタッと止まった。

 た、助かった……。

 安堵したのも束の間のことだった。

 夏樹は俺の元から離れて、なにやらごそごそと部屋を物色し始める。

 時間にして3分も経たないくらいだろうか? 夏樹はナニかを手にして俺の前に戻ってきた。


「そ、それは?」


「男の子って、これを使われると泣いちゃうくらいに気持ち良くなれるんだって」

 夏樹の手にはローションとストッキング。

 どっかで聞きかじった行為を俺にするつもりらしい。

 なんとなくだけど、どういうことをされるのかは分かっていることもあり、俺は必死に夏樹を説得しに掛かる。


「好きだから、マジで夏樹が大好きだ。だから、そんなことはやめような?」


「じゃあ、責任取って結婚して」


「ああ、する。何回でも結婚してやる」


でも? 結婚は1で十分なのに?」


「いや、それは言葉の綾で……。そう、生まれ変わってもまたお前と絶対に結婚してやる! 的なあれだ」

 なんて言ったら、夏樹は満更でもなさそうな顔で口元を隠した。


「私のこと好き過ぎでしょ……」

 活路が開けた気がした。

 俺は再び夏樹に愛を囁いた。


「夏樹のこと本当に愛してる」


「……それがなに?」

 とはいうものの、夏樹は明らかに嬉しそうな顔だ。

 このまま、愛を囁き続ければ夏樹に許して貰えるかもしれない。

 必死に俺は夏樹に色々と言った。

『好きだ』『可愛い』『もっと近くでお前の顔が見たい』『今すぐに抱きしめたい』などなど。

 俺は思いつく限りの愛の言葉を絞り出した。

 その甲斐あってか、夏樹は満更でもない顔になっている。


「他は?」

 夏樹がまだまだ足りないと俺を見てきた。

 さすがに俺のレパートリーが……。


「早く」


「ねえ、私のこと好きじゃないの?」

 この面倒くさい酔っ払いめ。

 何かないか? 夏樹を喜ばせる言葉は……。

 ふと、この修羅場の原因となった胸のデカい理沙ちゃんが頭によぎった。

 早く言えと急かされていたこともあり、俺の口は滑った。



「どんなにお前の胸が小さくても俺はその胸が好きだ」



 場の空気が凍った。

 夏樹は再び、冷ややかな目で俺を見てくる。


「浮気相手は胸デカいの?」


「いや、えっとその……」


「……はぁ。湊を信じかけてた私って馬鹿だね」

 夏樹はそう言って、

 床に無造作に置かれていたローションとストッキングを手にした。


「あの~、何をするつもりで?」

 恐る恐る俺は夏樹に聞く。

 夏樹は軽蔑しているかのような目つきで、ゆっくりと口を動かした。





「お し お き」





 クールで素っ気ない彼女はそう言って、俺のベルトに手を掛けた。

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