第19話珍しく膝枕してくれる4年目の彼女

「ヨシヨシ……」

 夏樹は膝枕している俺の頭を撫でながら、棒読みで赤子をあやすように『よしよし』と言っている。

 昨日の合コンで、俺は夏樹以外の女の子は怖い生物だと再確認した。

 もう、夏樹以外の女の子は絶対に信用しない。

 合コンで傷ついた心を癒すために、クールで素っ気ない彼女に頼んで膝枕をして貰っているわけだ。

 なお、普段は頼んでも『重いから無理』と断られることが多い。

 なのに今日は――

 少し後ろめたそう? な顔をした後『いいよ』とすんなり膝枕をしてくれた。

 本当に珍しいこともあるもんだ。……裏がありそうでちょっと怖い。

 とまあ、こんなどうでも良いことはさておき、俺は夏樹に聞きたいことを聞いた。


「ぶっちゃけた話、デートどこ行きたい?」


「この前、俺が考えとくって言わなかったっけ?」


「4年目だし、一周回ってどんなデートをすればいいのか分かんなくなった」


「今まで行ったのは、遊園地、水族館、プール、夏祭り、さくら祭り、イルミネーション、川下り、日光東照宮、京都の神社とかお寺……」

 夏樹は俺を撫でながら、今までに俺とデートで行った場所を羅列していく。

 にしても、あれだ。めっちゃ色んなところに行ってるな……。

 そりゃあ、どこに行こうかという候補も、すぐには思いつかなくなるわけだ。


「色んな所に行ったな……。で、どうする?」


「夏らしく花火大会とかでいいでしょ」


「そんな雑に決めて……と言いたいけど、花火大会ならお金もあんまり掛からないしちょうどいいか」

 だらだらとデート先を決めていたときだった。

 夏樹がこんなことを言いだす。


「あー、サウナ行ってみたいかも」


「サウナって、あの熱いやつか?」


「そ、最近流行ってるあれ」


「にしても、デートにサウナってあり……なのか?」

 夏樹の言っていることがいまいちパッとせずに理解できない。

 そんな俺に夏樹は補足を付け加えてくれた。


「友達が彼氏と行った場所はサウナっていうよりも、水着で入れるスパリゾートで、岩盤浴、温水プール、お食事処とかもあるって言ってた。ま、わりと楽しめるんじゃない?」


「確かにそう聞いたら悪くないのかもな」

 夏樹の言うことを聞いていたら、デートでサウナというかサウナのある『スパリゾート』に行くのはありな気がしてきた。


「あと、少人数やカップルで利用可の貸し切りの個室サウナも今は増えてるらしい」


「カップルで個室のサウナ……って、色々と平気なのか?」


「あのさぁ……。カップルならどこでもヤルって思ってる?」

 貸し切りサウナで致すという馬鹿みたいな想像をした俺に夏樹は呆れた。

 

「……すみません」


「ま、デキるところもあるみたいだけど」


「やっぱりあるじゃねぇか……。で、夏樹的にはサウナがメインの個室サウナかサウナも楽しめるスパリゾート、どっちがいいんだ?」

 デートとしてありな気がしたので、俺は内容を詰めていくことにした。


「んーーー」

 思い悩んでしまい、夏樹は中々に答えを出さない。

 今現在も慰めて貰うために夏樹に膝枕して貰っている俺は、暇なのでぐりぐりと夏樹の太ももに顔を埋めて遊んで待つ。

 で、待つこと30秒ちょっと。夏樹は答えを出したようだ。


「最近の湊はお疲れ気味だし、リラックスできる個室で。あと、場所は私が選んでも平気?」


「俺が疲れてるのは、一体誰のせいなんだろうな?」


「……さあ?」

 夜にごそっと俺の精気を吸い取ってくるくせに、夏樹は何も知らないふりをする。

 というか、待て。

 場所は決めてもいいって言ったけど……。


「お、お前が行こうと思ってるサウナはヤってOKな場所じゃないよな?」


「いや、普通の貸し切り。ヤろうと思えばここで好きなだけできるのに、わざわざお金を払ってする必要ないでしょ」

 確かに、わざわざサウナに行ってまでする必要はないか。

 どうやら、夏樹はサウナを純粋に楽しみたいようだ。


「……何か楽しみになってきた。俺の友達にもサウナにハマってる奴がいてさ、今日も整いに行ってくる! ってうるさい奴いるし」

 生まれてこの方、実はサウナなんて経験したことのない俺。

 夏樹とのサウナデートに俺は思いを馳せる。


「あ、サウナ行ったあとにご飯食べて帰る?」


「もちろん。サウナで整った後は美味しいご飯。あれだ、サウナデートって思ったよりも悪くないデートなのかもな」


「かもね。ところで、まだ撫でた方がいい?」

 俺を膝枕している夏樹は疲れてきたのか、足をくねらせながら言った。

 気が付けば、かれこれ20分くらいはして貰っている。

 名残惜しくも、俺は枕にしていた夏樹の太ももから顔を離した。


「ん、ありがとな。女の子から無視されて傷ついたけど、優しい彼女のおかげでめっちゃ元気出た」


「……どういたしまして」

 夏樹は歯切れが悪そうに言った。

 なんか怪しい……、ま、いっか。


「さてと、バイトの用意するか……」


「珍しいね、こんな時間に」


「夏休みだからな。昼間もちょくちょくシフトを入れられてる」

 今日のバイトは13時~17時の4時間。

 昼間のパートのお姉さん(子持ち)は、夏休みで家にいる子供を遊びに連れて行ってあげる日とのことで、大学が休みで暇な俺が代わりにシフトに入ったわけだ。

 さてと、本当にそろそろ準備をしないと遅刻しそうだ。

 そそくさと俺は着替えや歯磨きを済ませたり、カバンにバイト先で使う物を詰め込んでいく。

 で、準備が終わったので家を出ようと玄関で靴を履いていた時だった。


「冷たっ!?」

 首筋に冷たい何かが当てられた。

 気になって後ろを振り向くと、俺の首筋に当てられた冷たい物体は……。

 説明不要な栄養剤であった。


「これ飲んで頑張れ」

 冷蔵庫で冷やされていた栄養剤のビンを持った夏樹が言った。

 昨日は休めたので、実はそんなに疲れてはいない。

 でも、合コンで負った傷を夏樹に慰めて貰ったので、今日の夜はそのお礼として頑張るつもりだ。

 それにまあ、俺も体力が欲しい。

 今日はいつもは嫌がる膝枕を夏樹はしてくれたし、いつもと違うことを頼んだら、高確率でしてくれそうな気がするのだから。

 なんてことを考えながら、俺は勢いよく栄養剤を飲み干した。


「ふぅ……。んじゃ、行ってきます」


「いってらっしゃい」

 行ってきますと言ったら、いってらっしゃいと言って貰える。

 なんか良いなとか思いながら、俺は家を出た。












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