第17話シたくなったので帰っちゃう4年目の彼女
のどの渇きを感じたので、冷蔵庫から水を取り出そうとドアを開けた。
すると、衝撃的な光景に俺は言葉を失ってしまう。
「……」
「どうしたの?」
冷蔵庫の近くにあるキッチンでお昼ご飯を作っている夏樹が、無言になった俺に
「なあ、さすがにこの量は買い過ぎじゃないか?」
マムシ&すっぽんエキスと書かれた栄養剤がたくさん入っていたら、無言にもなる。
てか、あれだ。昨日、夏樹が冷蔵庫の前でゴソゴソとしてた原因はコイツか……。
「有効期限が間近のポイントが残ってたからね」
「別のに使えよ……」
使ったであろうポイントは薬局かなんかので、使い勝手は悪くないと思う。
いくら何でも、こんな栄養剤に使わなくても使い道はあったはずだ。
ちょっとしたお小言を漏らしたら、夏樹は何とも言えない顔で俺に教えてくれる。
「ポイントの期限切れもそうだけど、消費期限切れ間近のワゴンに入ってて安かったってのも理由」
「あー、こういう商品って売れ残ってるもんなぁ……」
試しに一本手に取ると、裏面には値引き用のバーコードが貼られていた。
値引き率は驚異の90%オフ。
この値引き率と期限切れ間近のポイントの二つの要素が揃ったとき、商品に手が伸びるのもわからなくはない。
だって――
「プラシーボ効果だろうけど、効いてたみたいだしね」
前に飲んだ時、ちゃんと効果を実感できたのだから。
「いや、多少の効果もあったと思う。ただ、眠気も結構取れるみたいでさ、そこら辺は気を付けないとな……」
カフェインの含有量はそんなんでもないが、飲んだ時に眠気と頭がスッキリとした気がした。
夜に飲んだら、終わった後でも寝れないのはちょっと困ってしまう。
そんな風に思っていると、夏樹は素っ気ない感じで俺に言う。
「夜じゃなくて今飲めば?」
「今日はしないのに?」
「しなくても体力は回復するでしょ」
「……いや、まあ、そうだけど」
こういうのって体に悪そうだしなぁ。
などと、冷蔵庫から取り出した栄養剤を飲むか悩んでいた時であった。
ひょいと栄養剤のビンを夏樹に取り上げられる。
「飲まないなら私が飲むからいいよ」
男向けな商品を女性が飲んでも何かしらの効果は得られるはずだ。
今でさえ夏樹は元気いっぱいなのに、これ以上元気になられたらヤバい。
プラシーボ効果を受けやすい夏樹のことだ。
栄養剤を飲んだし、『まだまだできそう……!』と凄く張り切ってしまう未来が容易に想像できる。
「いや、俺が飲む!」
と言ったときには、もう遅かった。
豪快にグイっとビンを傾けて、中身を全て口に含んでいた。
が、夏樹は栄養剤を口に含んだものの一向に飲みこみない。
「もしかして嫌いな味?」
夏樹は頬を膨らませたままコクリコクリと頷く。
パッケージにマムシ&すっぽんエキス配合と書かれている栄養剤の味は強烈だ。
俺は平気だったが、夏樹には相当に嫌な味だったようだ。
「……」
しかめっ面で夏樹は口に含んだ栄養剤を飲み込まない。
あー、いるよな。嫌いな食べ物を口には含めるけど、飲み込むまでは無理って人。
なるべく舌に触れないようにと栄養剤を頬に溜め、餌を頬に溜めているハムスターみたいな顔をしている夏樹を俺は笑ってしまう。
「ったく、出せばいいだろ。出せば」
夏樹はポケットからスマホを取り出し文章を打った。
『もったいない』
口から出すというのは捨てるということ。
いくら90%offで安かったとはいえ、捨てたくはないらしい。
どうしろってんだ? と困った顔で俺は夏樹を見る。
すると、夏樹は自分の唇に人差し指をあてた後、その指を俺の唇にもあてる。
まさか……。口移しで飲めってことか?
「……んっっ」
早くしろと夏樹が催促してくる。
デキなくはないけどさぁ……。
さすがに、何かを口移しで相手に与えたり貰ったりしたことはない。
俺は頬を掻いて恥ずかしがっていたら――
「んっつ!?」
一刻も早く口の中にある液体を処理したかったのか、夏樹は俺の口にキスをし強引に独特な味のする液体を流し込んできた。
「じゅっ……んっっ……じゅるっ……んふっ、んあっ……じゅっっ」
液体を口に含んだ状態でのキスは、いつもと少し違った音を立てる。
漫画で出てくるオノマトペかのような凄い音が部屋に響く。
俺達は口の端から液体を垂らしながらキスをする。
相手の口に液体を流し込むコツなんて夏樹は知らないし、俺も相手の口から飲み物を貰うコツなんてわからないのだから。
俺が喉を鳴らして口の中にある液体を飲み込むと、夏樹はそっと離れていく。
「まっず……」
夏樹は嫌そうな顔で口の端から垂れている液体を拭った。
俺も垂らした液体を拭いながら、夏樹に文句を言った。
「なんで一気に全部口に含んだ」
「栄養剤ってグビって飲むイメージない?」
「いや、パッケージには、変な味がしそうな文章が書いてあるんだし、最初はちょびっとにしろよ……」
「……はいはい」
夏樹はまだ口に味が残っているのか不快そうな顔をしている。
そんな彼女に俺は水を渡した。
「ありがと」
「にしても、あれだ。マジで音ヤバかったな……」
「……あのさ」
「ん、どうした?」
夏樹は口元に手を当てて、身をよじらせながら言う。
「シたくなってきたから帰る」
さっきのキスでスイッチが入ってしまい、シたくなってしまったらしい。
とはいえ、今日はシないお約束。
俺を無理して襲うのはさすがに駄目だと、夏樹はわかっているようだ。
だから、『帰る』っていうわけだな。
夏樹は身支度を整えて、本当に俺の部屋から出ていった。
一人になった俺はボソッと呟く。
「目、怖かったなぁ……」
俺を襲いたい感情を必死に押さえつけていた夏樹の目は、まるで餓えた獣を彷彿とさせるかのようだった。
まあ、夏樹がああなってしまったのも頷ける。
口に液体を含んだ状態でのキスは――
いつも以上に刺激的で凄かったのだから。
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