第16話朝からご機嫌な4年目の彼女

 明日は休みにするし、明日はバイトもないよね?

 冷静沈着な声音で夏樹はそう言い、4日連続で疲れていた俺にトドメをさすかのような激しい攻めを繰り出してきた。

 気持ち良さと辛さを同時に味わうという、頭が馬鹿になりそうな夜を経験した次の日の朝。

 俺は少し気怠い感じで目を覚ました。


「ふぅ……。今日は絶対にシない」

 覚悟を口にして、俺はベッドから降りる。

 すると、俺に釣られて横で寝ていた夏樹も起きたようだ。


「おはよう」


 俺が朝の挨拶をすると、夏樹はジーっと俺の顔を見る。

 夏樹は寝起きの細い目で、くいくいっと手招きをして俺を呼ぶ。

 近くによると、夏樹はおはよう代わりの軽いキスをしてくる。匂いなんて多少臭かろうが気にしない、と確かめあった日からずっとこうだ。

 そして、軽いキスをした夏樹は何事もなかったかのようにベッドから起き上が、キッチンへと向かった。


「……紅茶飲むでしょ?」


「紅茶なんて俺の家にあったっけ?」


「昨日、家から持ってきた」

 夏樹は手提げ袋から、ちょっといい紅茶の茶葉が入った袋を取り出した。


「じゃあお言葉に甘えて」


「んっ」

 夏樹は返事代わりの軽い吐息を漏らした。

 紅茶を飲むかと聞かれて6分くらい後、出来上がった紅茶を夏樹は『気を付けて』と言って俺に手渡してくる。

 ふーふー、と俺は紅茶に息を吹きかけて冷ましてから口に含む。

 さすが、ちょっといい茶葉なだけある。香りはとても爽やかで鮮烈、味もしっかりとしている。

 そして、渋みは全然感じない。


「ふぅ……」

 ホッとした気分になり吐息がこぼれた。

 夏樹と引っ付いて寝ていることもあり、俺の部屋の冷房の温度は低めに設定しているからか、温かい紅茶が身に染みる。

 マグカップに入っていた紅茶が無くなると、夏樹はストレッチをはじめた。

 俺はそんな彼女の真似をする。


「いててて……」

 あまり運動をしない俺は体が硬いこともあり、体は思うように曲がらない。

 それを見ていた夏樹はしょうがないなぁという顔付で、ぐいぐいっと俺の背中を押してくる。

 硬い体を夏樹にほぐされながら、念のために俺はあのことを確認しておくことにした。


「今日はシないんだよな?」


「湊がどうしてもって言うならシてもいいよ」


「……いや~、それはないです」

 俺は苦笑いで夏樹に答えた。


   ※


 紅茶を楽しんで、ストレッチをした後のこと。

 夏樹と俺は一緒にシャワーを浴びているのだが……。

 いきなり、俺の局部に夏樹の手が伸びてきた。


「ちょっ、しないんじゃないのか!?」

 ストレッチをして少し汗ばんだので、シャワーでも浴びるか~なんて口にしたら『私も一緒に浴びても平気?』と夏樹は可愛いことを言ってきたなと思っていた。

 それはどうやら俺の勘違いだったらしい。

 本当に今日はしないつもりなので、慌てて俺は夏樹から逃げた。

 お風呂場の片隅に追い詰められた俺に夏樹は呆れた顔で言う。


「はぁ……。剃った後の具合を確認しようとしただけ」


「なんだ。そういうことか……」

 この前、俺はお風呂場で夏樹にツルツルにされた。

 誰しも生きていれば、毛根が死なない限りは毛が伸びる。

 あー、わかった。

 夏樹は生え具合と肌荒れで大変なことになってないかをチェックしてくれるために、一緒にシャワーを浴びようなんて言ってきたわけか。

 そうそうこれだよ。これこそ、俺が求めていた可愛さってやつだ。

 そして、うんうんと頷く俺の下腹部を夏樹はしっかり見てくる。


「変にブツブツにもなってないし、肌の赤みもなしっと」


「まあ、優秀な彼女のおかげだな」

 剃られてツルツルになった俺を夏樹は入念にケアしてくれている。

 昨日の夜もシャワーを浴びた後に保湿クリームを塗ってくれた。

 全然肌荒れを起こしていないのは、夏樹による完璧なアフターケアのおかげなのは間違いがない。


「私のせいで肌荒れしたら、どうしよって思ってたけど安心した」


「心配はしてくれてたのか。可愛い彼女め……」


「……別にそんなんじゃないから」

 クールで素っ気ない彼女は照れ隠しで否定した。

 そんな彼女に俺はもう一つの心配事を口にする。


「で、ツッコまれたアッチの方は心配してくれないのか?」


「先っちょだけだし平気でしょ。あー、もしかして何かあった?」

 夏樹は不安そうな目で聞き返してくる。


「何もなってないな」


「……心配させないで欲しいんだけど?」


「悪かったな」

 気が付けば、なぜか俺が謝っていた。

 しかし、クールで素っ気なくても、夏樹はいい子だ。

 申し訳なさそうにそっぽを向きながら小さな声で謝ってきた。


「ごめん……。さすがにアレはヤリ過ぎたと思ってる」


「ま、俺もそんなに気にしてないから気にするな」

 そう言って、俺はシャワーを浴びるのを再開した。

 ジャーと水が流れる音の中、ボソッとした声が聞こえてくる。


「今度はちゃんと言ってからツッコも……」

 キュッと蛇口を捻って水を止める。


「ん? 今なんか言ったか?」


「何も言ってない。湊の気のせいでしょ」

 今度はちゃんと言ってからツッコむなどという不吉なことが聞こえてきたが、どうやらそんなことはなかったらしい。

 

「ならいいけど……」

 俺は再び蛇口をひねってシャワーを浴びる。

 夏樹は俺がシャワーを浴びている間に、銭湯でよくある小さなプラ製の椅子に座って髪の毛を洗い出した。

 ある程度シャワーを浴び終え綺麗になった頃、俺は夏樹に聞く。


「髪の毛、お湯で流すか?」


「……おねがい」

 シャワーヘッドを手に持ち、夏樹の可愛いボブヘアーに向ける。

 そして、優しく撫でるように髪の毛に着いたシャンプーを流していった。

 綺麗さっぱりに流し終えると、俺は夏樹の髪の毛の水気を絞る。

 で、リンスを手に取って髪に馴染ませる。

 一緒にシャワーを浴びる時は、こんな感じで俺が夏樹のお世話をしてあげることが多い。

 面倒じゃないかって?

 まあ、確かに面倒だけどさ……。



「ふふん、ふふーん♪」



 俺に髪の毛のお手入れをされている夏樹は、楽し気に鼻歌を歌っている。

 そう、多少面倒でも夏樹の可愛い姿が見れるので全く問題はない。

 

 

 



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