第11話体力の回復を目論む4年目の彼女

 母さんが俺の部屋にやって来た後のこと、程なくして夏樹はバイトへと向かった。

 母さんと俺だけになると、母さんに俺の大学の成績や、せっかく海外に住んでいたということで身に付いていた英語力が衰えていないかなどを、厳しくチェックされた。

 母さん曰く、『あんたは陰キャ。コミュニケーション能力が低くいなら、他で補いなさい』とのことらしい。

 重箱の隅を楊枝でほじくられていたら、あっという間にいい時間。

 俺はうんざりとした顔で母さんが帰るのを見送る。


「じゃあ、またな」


「また様子を見にくるからちゃんとしておくのよ?」

 俺を心配そうな目で見る母さんは部屋を去っていく。

 それは時刻にして20時を過ぎた頃のことだった。

 彼氏の母親と出くわすのはまあまあ気まずかっただろうし、俺は夏樹にメッセージを送っておく。

『母さんは無事に帰った。今日は悪かったな』と。

 もうバイトが終わったのか夏樹からすぐに返信が来た。


『ううん、何度もあってるから別に平気。これからそっち行っていい?』


『あー、さすがに一度帰ったらどうだ?』


『大丈夫。バイト前に一度帰った』


『外泊続きだし、親になんか言われたら普通に家に帰れよ?』


『何も言われてないから平気』


『じゃ、気を付けてな』

 と言った感じで、俺は夏樹とのメッセージのやり取りを終えた。


   ※


 夏樹とのメッセージを繰り広げてから30分後。


「ただいま」

 スーパーの買い物袋を持った夏樹が俺の部屋にやって来た。


「おかえり。随分な荷物だが、何を買って来たんだ?」


「料理の材料とか、色々」

 夏樹は袋を広げて俺に見せてくれた。

 全ては見えないが、それなりに色々な料理ができそうな食材が入っている。


「夏樹って、そんなに料理するタイプじゃないのにどういう風の吹きまわしだ?」


「留学したら外食だけだとお金がきつそうだから……。練習しとこうと思って」


「あー、向こうって外食すると高くつくもんな……」


「そういうこと。ま、料理を食べてる湊の顔を見るのが好きってのもあるけど」


「お、おう。きょ、今日は何を作ってくれるんだ?」

 どこはかとなく嬉しいことを言われた俺は、たじろいながら夏樹に聞いた。


「今から作るには遅いし、さすがにお惣菜」


「ちょっと待て。机を片付ける……」

 部屋の真ん中にあるローテーブルを綺麗にする。

 すると、夏樹は袋から夕食として買ってきた半額シールの張られたお惣菜を机に広げていった。

 カキフライ、レバニラ炒め、スタミナ丼、サラダ。

 あからさま過ぎるお惣菜のラインナップに俺の頬が引き攣ってしまう。

 そして、極めつけは……


「あと、湊にはこれ」

 すっぽん&マムシエキス配合と書かれた凄く効きそうな栄養ドリンクが俺の前に置かれた。

 こ、これは今日の夜も頑張れってことか?

 などと冷汗をかいていたら、俺はスタミナ丼の存在に気が付いた。

 スタミナ丼にはニンニクがたっぷり入っている。

 食べたら、ちょっとやそっとじゃ消えないニンニクの香りが残るわけで……。

 そんな状態な俺を夏樹が襲ってくるようなことは過去に1度もない。


 つまり、今日はゆっくりと寝れる。


 俺はホッとした顔で、夏樹が買って来てくれた料理を食べることにした。

 早速、スタミナ丼に手を付けて食べると、夏樹が俺の方をじーっと見てくる。


「……な、なんだよ」


「そう言えば、スタミナ丼はニンニクが入ってるのを思い出した」


「は、入ってたら不味いのか?」


「……」

 私が何を言いたいかわかってるんでしょ? と夏樹は無言で俺を睨みつけてきた。

 というか、あれだ。


「今日もする気だったんだな」


「あー、今の内にたくさんしておきたい。……できれば毎日?」

 クールで素っ気ない彼女だが、別にエッチが嫌いなわけじゃない。

 というか、あれだ。むしろ、俺よりも好きだと思う。

 そんな彼女に対して、俺は頭を下げて許しを請うた。


「さすがに毎日は勘弁してください」


「いや、毎日は冗談だから」


「いやいや、7、8割くらいは本気に思えるくらいの目つきだったぞ?」

 さっさとスタミナ丼に手を付けて正解だったな……。

 自分の咄嗟の判断を褒めながら、まだ残っているスタミナ丼を手に取る。

 すると、夏樹が手を伸ばして俺に言う。


「どうせ今日はしないし、私もそれ食べたい」


「ん、うまいぞ」

 俺は味の感想を言いながら、夏樹にスタミナ丼を渡した。


   ※


 今日の予定はもうなく、残すところは寝るだけ。

 夏樹と一緒にベッドに入り、俺達は眠ろうとしたのだが……。

 ちょっと臭い。

 ニンニクたっぷりなスタミナ丼を食べたこともあり、俺達はよく歯を磨いた。

 でも、それでも、どこはかとなく香ってくるのだ。


「……くさい」


「気になるなら離れて寝るか?」


「いや、自分も臭いし相手も臭いなら変わんないでしょ」


「にしても、あれだ。昔はあんなに俺も匂いに気を使ってたのにな……。慣れって怖いもんだ」


「具体的にはどうしてたの?」


「めっちゃブレスケアや噛むブレスケア食ってた」

 陰キャ特有な過剰なまでの相手への気遣いをしていた。

 そんな過去を赤裸々に語ると、夏樹は優し気に俺を笑いながら罵る。


「馬鹿でしょ」


「うん、マジで馬鹿だと思う」


「普通、好きな人が多少臭くても嫌いになんてならないから」

 わかってる。

 だからこそ、俺は2年前から馬鹿みたいにブレスケアを消費するのはやめたし。


「あー、お前も匂いはあんまり気にし過ぎなくてもいいからな……」

 俺がそんなことを言ったときであった。

 4年目にして、完全に遠慮を失いつつある夏樹は大胆に俺を攻めてくる。


「んっ、ちゅっ、んっっつ……」


 夏樹が激し目にキスしてきた。

 こんな匂いの私でも嫌わないでくれる? と言わんばかりに。

 ちょっと匂うが、あんまり嫌という感じはしない。

 臭くても嫌じゃないと伝え合うかのように、俺達のキスは長く続いた。

 そして、長いキスを終えると、夏樹は冷静沈着にとんでもないことを言う。




「これからはニンニク食べた日でもできるね」




 いや、うん……。マジか……。

 彼女の強欲っぷりに俺は冷汗をかいた。


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