第9話寝かせてくれない4年目の彼女
2泊3日のゼミ合宿はあっという間に終わった。
ゼミ合宿は現地集合、現地解散。
俺は帰りも車を運転できる吉永に家の近くまで送って貰った。
「吉永、ありがとな。てか、本当にガソリン代はいいのか?」
「おうよ。十分、お前らに飲み物とか昼飯を奢って貰ったからな。んじゃ、気を付けて帰れよ」
邪魔にならない場所とはいえ路上に車を止めていることもあり、吉永はそそくさと車を走らせ消えていった。
で、道端に残された俺はなぜか横にいる奴に話しかけた。
「で、なんで俺と一緒に降りたんだ?」
「彼氏の家に寄り道ってしたらダメなの?」
「いや、いいけどさ……」
最近の夏樹は暇さえあれば俺のところへやってくる。
まるで付き合い立てで離れるのが寂しくて一緒に居たがる彼女のようだ。
「ほら、行くよ?」
「わかったって」
俺の部屋に向けて夏樹と歩きはじめる。
すると、夏樹は指先は絡めないで手の平で俺の手を握ってきた。
いつもは恥ずかしいからと言って俺から夏樹の手を握らなきゃ、絶対に手なんて繋いでくれないのにな。
「……珍しいな。お前から俺の手を握ってくるなんて」
「ダメだった?」
「いや、ダメじゃないけど……」
夏ということもあり、俺の手を握る夏樹の手は
一体、こいつは今どんな顔をして俺と手を繋いでいるんだろうか。
普段は表情は硬くてクールで素っ気ない彼女は――
少しぎこちない顔をしていた。
「恥ずかしいなら離してもいいぞ?」
「別に……」
夏樹は俺の手をより一層と強く握って来た。
最近、クールで素っ気ない彼女がべたべたと近づいてくる。
そりゃあ、気になってしまうわけで……。
「最近、どうしたんだ?」
「何が?」
「いや、なんかこう俺に近いっていうか……」
「あー、うん」
何かあるかのように言い淀む夏樹。
そして、観念したのか夏樹は儚げな顔で話し出した。
「私の夢ってさ……、ほら、通訳でしょ?」
「ああ、よく知ってる。だって、高校生の時なんて俺が帰国子女だからって、お前はしつこく英語を教えてくれって頼んで来たもんな」
ちょっと懐かしい気分になる。
だって、今は教えていない。素人な俺が教えられるのにも限界があるからな。
「であ、まあ、本気で活躍できる通訳になりたいっていうなら海外でしっかりとした発音を身に着けたり、コミュニケーション能力を養うためにも海外での生活経験したり、した方がいいと思ってる。だから……」
いつもはクールで素っ気ない夏樹は珍しく饒舌だ。
そして、夏樹は家に向けて歩くのを急にやめて俺に告げた。
「秋から半年の間、海外留学に行くことにした」
今なんて言った?
秋から半年間って、てか秋っていつの秋だ?
意味が分からない状況だが、俺は夏樹にひとまず文句を言う。
「おまっ!? なんでそんな大事なことを俺に言わなかったんだ?」
すると、夏樹は苦笑いで核心に触れる。
「半年間も会えないなら、別れるって言われても無理ないでしょ?」
「いや、別れるって……」
何を大袈裟なと言ったら、夏樹は少し震えた声になった。
「半年は会えないんだよ?」
「……半年か」
半年、6カ月、180日、1年の半分。
その間、俺は夏樹と会うことができない。
人によっては別れるっていう選択肢を選んでもおかしくはないと思う。
それこそ、俺と夏樹みたいに4年目も付き合って『なぁなぁ』な関係に落ち着いていたカップルなら猶更のことだ。
ああ、そうか。夏樹は……。
「ごめん、最近の私ってうざかった?」
夏樹は俺に振られる覚悟をしていたんだ。
海外に留学すると切り出せば、俺にフラれるかもしれない。
でも、好きな気持ちは変わらないわけで、別れる前に……。
夏樹は俺との思い出をたくさん作ろうとしていた。
「そうだったんだな……。色々納得した」
「で、別れる?」
夏樹は憂いた表情で俺に迫ってくる。
……なんて顔してんだか。
俺はふぅと大きな溜め息を吐いた後、夏樹に笑いながら告げる。
「別れない」
「いいの? 遊び盛りな大学生の半年だよ?」
「……いやいや、言っただろ。俺に恋人ができたのは運が良かっただけ。だから、夏樹とは絶対に別れる気はないってさ」
「でも、またあるかもよ?」
「何がだよ」
「私の都合で会えないこととか色々。湊は……、それでも大丈夫?」
夏樹は痛いくらいに俺の手をぎゅっと強く握ってきた。
自分を優先し、彼氏と会えないなんて人によっては無理という人が居ても普通だ。
夏樹の夢は通訳として世界中の至るところで活躍すること。
それに振り回される覚悟を夏樹は俺に問う。
人の愛を重いとか言ったくせに、お前も十分重いじゃないか。
俺は夏樹としている手の平繋ぎをやめる。
「だよね」
夏樹は寂しそうに笑った。
ちょっ、勘違いするなって!
俺は慌てて夏樹の手を握った。
今度は手の平繋ぎじゃなくて、指先を絡め合うように繋ぐ恋人繋ぎで。
「絶対に離さないから」
付き合って4年目の彼女に俺は覚悟を伝えた。
夏樹は目尻に涙を溜めながら、俺を小馬鹿にするようなことを言ってきた。
「おっもいなぁ……。ほんと愛が重すぎでしょ」
「ったく」
俺の覚悟を馬鹿にした夏樹に悪態を吐く。
すると、夏樹は淡々とした口調で俺に言った。
「でも、そういうとこ大好きだから」
※
合宿の帰り道、俺はクールで素っ気ないはずの彼女が、最近は俺にベタベタだった理由も知った。
俺に全てを告白したことで、夏樹はスッキリとしたとはいえ……。
まだ引きずっているようだ。
「今まで黙っててごめん」
俺の部屋でシャワーを浴び終えて暑いからという理由で下着姿の夏樹が、また謝ってくる。
「気にすんな。俺もお前の立場だったら、お前と同じことしそうだし」
俺も夏樹に振られるような弱みは言いたくないし見せたくない。
だがしかし、夏樹は思っている以上に引け目を感じているみたいで……。
「何か私にして欲しいことってある?」
「留学前にイチャイチャしたい。正直、半年は会えないのマジでキツい……」
俺は夏樹がシャワーを浴びていた時に用意していたモノを夏樹の前に突き出した。
突き出されたモノを見て、夏樹は目を丸くする。
「合鍵……。あんなに頂戴って言ってもくれなかったのに……」
「いやまあ、会えなくなる前にたくさん会いたいし」
夏樹が海外留学に行くのは9月からだ。
それまで、夏樹となるべく一緒の時間を作りたいので、俺は自由が犠牲になるとしても部屋の鍵を渡すのも躊躇わない。
「こんなことなら、もっと早くに留学するって伝えたらよかったかも」
「ああ、そうだぞ?」
「ねえ、湊は私が将来日本以外のところに住みたいって言ったら湊は着いて来てくれる? もちろん、私がちゃんと養うと仮定して」
夏樹は俺の愛を確かめるかのような発言をする。
俺も愛が重い自覚あるけど、お前の方が重いだろ。
心の内でそう思いながら、俺は冗談を言った。
「養ってくれるのか……。よし、
と俺が言ったときであった。
暑いからという理由でまだ下着しか着けていない夏樹が、俺の方へじりじりと距離を詰めてきた。
「ふーん。私のモノなんだし、ナニしてもいいんだよね?」
「あ、ああ」
勢いに押され、俺は迂闊にも咄嗟に返事をしてしまった。
すると、夏樹は俺の胴に腕を回して抱き着きながら囁いた。
「私のモノなら好き放題してもいい?」
ふと、俺の頭にとある夏樹の言葉がよぎった。
『家に帰ったらお仕置きだから』と。
ヤバい、あれだ。ほんと、ヤバいかもしれない。
興奮でドクンドクンと俺の心臓の鼓動が徐々に早くなっていく。
「イッたのに弄られ続けるのってマジでキツイわけで……」
これから夏樹にされるであろうことを口にして、俺は容赦を求めた。
が、効果はない。
「つまり、嫌よ嫌よも好きの内ってこと?」
「いや、ちがっ……そう言う意味で言ったんじゃ。てか、あれだろ。お前、キャラ変わり過ぎだって!」
「ま、付き合って4年目。これからは遠慮しなくていいかなって」
夏樹は俺のズボンのベルトに手を掛ける。
やばい、マジでやばいって……。
「やめてくれないと別れる。本当にお前と別れるぞ? それでもいいのか?」
「別れるなんて微塵も思ってないくせに」
くっ、まあそうだよ。
たとえ、俺が泣いてしまうほどに夏樹に激しく責められても、大好きだから絶対に嫌いになんてならない。
ああ、もう無理だ。諦めよ……。
「どうかお手柔らかにお願いします」
「うん、大丈夫。湊がどんなに情けない姿を見せようが、死ぬまで私が面倒見てあげるから安心して?」
――俺は朝まで夏樹に責められ続けた。
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