第8話嫉妬してないけど嫉妬している4年目の彼女
ゼミ合宿で泊まるセミナーハウスに辿り着いて4時間が経った。
担当教授による容赦ない難しい講義で、俺達はくたくたになっている。
しかも、最終日には理解度を測るためのテストもあるらしい。
しかし、今日の講義はもう終わりで、これからはお楽しみの時間。
俺達はセミナーハウス内にあるバーベキューができる場所へとやって来ていた。
「もっと炭の高さを高くする?」
「遠火じゃないと生焼けになるから丁度良いでしょ」
「皆、何か飲み物いる?」
と言った具合で、女子の集いはわりと楽しそうだ。
一方男子はと言えば……。
「おい、まだ焼けないのか?」
「焼けてそうな肉貰っとくな」
「焼肉のたれってどこにある?」
などと、非常にせっかちだ。
「お前らちょっとは手伝えよ……」
俺はジャンケンで負けたこともあり、ずっと肉や野菜を焼く当番をしている。
バーベキューコンロの前にさっきからずっと立っていることもあり、さっきから汗が止まらない。
汗がじんわりと額に浮かんで、すーっと顔を撫でるように落ちていく。
軍手をしていてトングを持ち、火力が強くしすぎたので肉や野菜を頻繁にひっくり返さないといけないこともあり、タオルで拭く暇すらない。
そんな俺を見かねたのか、女子グループにいた金髪で派手な
「うわ~、かわいそ。みんなから、肉を焼けって脅されてんの?」
「虐めじゃないから。ジャンケンで負けただけだ」
「あちゃー、それは災難だね」
「でも、さすがにちょっとくらいは手伝えっての……」
「ま、頑張れ。よし、汗吹いてあげよ~」
俺が首にかけていたタオルを使って三月さんは俺の顔に滴る汗を拭ってくれた。
そして、三月さんは肉が焼けるまで他の料理をつまんでいる男子どもを叱る。
「ほらほら、ジャンケンで決まったとはいえ、湊くんに全部やらせないの!」
「……だな。さすがにこれ以上はあんまりか」
「ああ、そうだな」
ギャルに
あたかも自分達から率先して手伝いに来たかのように。
お前ら……絶対に三月さんに言われなかったら来なかっただろ……。
「火力がまだ強いから結構頻繁にひっくり返すのがコツだからな」
と、言いながら俺に近寄って来た奴にトングを託す。
そして、俺は数十分ぶりに日の前から離れることに成功した。
「ふぅ、三月さん、飲み物ってどこにあるんだっけ?」
「あっちの自販機で買ったよ~」
三月さんはバーベキュー場からちょっと離れた場所にある自販機を指さした。
ああ、あそこで買ってるんだな。
俺はポケットに入れていた財布を……って、財布を部屋に忘れた。
「小銭って貸して貰えない?」
「しょうがないなぁ……」
三月さんは小銭入れから2枚の100円玉を取り出して俺に貸してくれる。
ありがとうとお礼をし、俺は自販機に飲み物を買いに行くのであった。
※
で、飲み物を買いに行き帰ってくると……
「お前ら、俺に残そうって気はないのか?」
バーベキューコンロの網の上には、焦げた野菜の欠片だけが寂し気に残っていた。
「……俺はちゃんと残しておいたぞ?」
「俺も湊の分あるし、ちゃんと加減して取った」
「ったく、誰だよ?」
さすがに大学生ともなればやっても良いことと悪いことの区別くらいつく。
俺の分が無くなっていることを笑って誤魔化すような奴はいなかった。
たぶんだが、誰かが余っていると思って手を付けてしまったのだろう。
犯人捜しで険悪な雰囲気にしたくなかったので、俺は周りの奴らに言っておく。
「ま、しょうがないな」
俺はもう諦めていて、犯人捜しなんて必要ないかのように振舞った。
すると、女子グループの場所から男子グループの場所で飲み食いをしにやって来ていた三月さんが俺に近づいて来た。
「聞こえたよ? 誰かに全部食べられちゃったんだって? まったく、湊くんが一番頑張ってたのにね。というわけで、お裾分け!」
串に刺さった肉が俺の口に触れる。
ここで断るのもあれなので、俺は串に刺さったお肉を齧り取った。
しかも、俺に差し出されたのは教授が追加で買ってきたちょっと値段のするお肉。
口いっぱいに肉汁と旨味が広がっていく。
なるほど、これは俺の分まで食べちゃった犯人を捜すレベルの味だ。
「ありがとな」
わざわざ俺に肉をくれた三月さんにお礼を言ったときである。
夏樹が俺の方を見ている事に気が付いた。
三月さんも同様に気が付き、苦笑いで俺に告げた。
「あちゃ~、彼女いる男の子にあーんは不味かったかな? まあ、弁解を頑張れよ少年!」
ごめんね? と申し訳なそうに三月さんは俺の元から去っていく。
そして、変わりにと言わんばかりに俺の元にやって来たのは……。
「随分と楽しそうなことで」
真顔の夏樹だ。
「ごめん。さすがに俺が
恋人が自分以外の誰かと必要以上に仲睦まじい姿を見て、嫌な気分にならないなんてことはあまりない。
俺は素直に夏樹に頭を下げた。
「はぁ……、別に怒ってないし」
「お、怒ってないのか?」
「……怒って欲しいの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
俺が言い淀んでいると、夏樹は網の片隅に避けていた炭と化した野菜の欠片を箸で摘まんだ。
何をする気だ?
「はい、あーん」
焦げた野菜をぐりぐりと夏樹は俺の口に押し付けてきた。
「やっぱり怒ってるだろ」
「ううん。怒ってない。ほら、食べて?」
「すみませんでした」
「だから、怒ってないって。はい、あーん」
怒ってないと言い張る彼女は、俺に無理矢理焦げた野菜を食べさせようとする。
くっ、俺が迂闊だったわけで夏樹は何も悪くない。
覚悟を決め、俺は炭と化して原型が残っていない野菜だったモノを口にした。
苦い、ただひたすらに苦くて、野菜の味なんて何もしない。
俺はちょっと涙目になりながら、食わせてきた夏樹の方をちらっと見る。
「ふふっ、本当に食べた」
夏樹は怪しげな笑みを浮かべていた。
制服姿で俺を激しく責め立て、悦に浸っていたときと同じ顔だ。
まさか、本当は怒ってないけど、俺が苦しんでいる姿を見たくて焦げた野菜を食べさせたのか!?
いやいや、俺の彼女はそんなSっ気が溢れるような子じゃない……はずだ。
にしても、苦すぎて飲みこめない……。
口に含んだ野菜というか炭を俺がいつまでも飲むことができないでいると、夏樹は申し訳なさそうな顔でティッシュを手渡してきた。
「さすがに健康被害のある奴はダメだでしょ。ほんと、ごめん」
「いや、気にするな。俺が悪かったんだし」
そう、彼女がいる前で別の女の子とイチャついた俺が悪い。
そんなことを言ったら、夏樹は何食わぬ顔でとんでもないことを言ってきた。
「じゃ、帰ったらお仕置きで」
「いや、お仕置きはあるのかよ」
場の雰囲気的に冗談を言われたと思い俺が笑っていると、夏樹は去り際に俺にだけ聞こえるように囁いた。
「ヤメてって言っても責めるのやめないから」
「じょ、冗談だよな?」
俺は震えた声になる。
だって、制服姿でやられていた時でさえ、わりとキツかったのだから。
「……」
夏樹は困惑する俺の質問には答えないで、女子グループの元へ戻っていった。
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