第7話彼氏自慢する4年目の彼女

 今日から2泊3日のゼミ合宿が始まる。

 開催場所は大学が提携している収容人数が60人程度のセミナーハウス。

 俺達が通っている大学のセミナーハウスは山中湖の近くにある。

 そして、合宿場所へは現地集合。

 俺は仲の良い吉永よしながの運転する車に乗せて貰う予定である。

 というわけで、待ち合わせ場所の大型スーパーの駐車場へやって来ていた。


「お、あれか」

 吉永の運転する車に近づいていく。

 すると、運転席に座っている吉永は窓を開けて俺に話しかけてきた。


「よっ、一番乗りだな」


「まあ、待たせるのもあれだと思ってな。早めに家を出た」


「荷物は後ろに積んでくれ」

 俺は吉永が運転する車の後部にあるトランクルームに荷物を詰め込んだ。

 車の中に荷物を詰め込んだ後、俺は吉永の車に乗る前に……。


「スーパーで飲み物とか色々買ってくる」


「あー、俺はコーヒーで。無糖ならなんでもいいぜ」


「んじゃ、行ってくる」

 待ち合わせ場所として駐車場をお借りしているので、ちゃんとスーパーで買い物はするのは当然のことだ。


 15分後。


 スーパーで買い物を済ませた俺が車の元に戻ると、合宿所まで一緒に向かうメンバーが全員揃っていた。

 助手席には田中さんがいて、後部座席の2列目には堺さんと近藤。

 そして、3列目のシートには夏樹が座っていた。


「よし、全員そろったし向かうか」


 こうして、俺達はゼミ合宿のために山梨県に向かうのであった。


   ※


 車に乗り込んでから20分後。

 車内は会話が絶えず、和気藹々とした雰囲気で賑わっている。


「んで、湊は夏休みはどうなんだよ?」

 運転慣れしている車好きな吉永が俺に話を振ってきた。

 

「今んとこは特に思い出がないな」


「へー、意外だな。皆城さんとデートとかしないのか?」

 ゼミ内で俺と夏樹が付き合っているのは周知の事実だ。

 吉永はずけずけと俺と夏樹の夏休みについて聞いてくる。


「ま、引っ越したばかりで湊の財布がね……」

 ため息交じりに夏樹が答えた。

 うん、悪い、マジで夏樹には悪いと思ってる。

 二人で夏祭りに行ったり、遊園地に行ったり、夏らしいことをする気はあった。

 でも、それは俺のせいでお預けとなってしまったのだ。


「にしても、珍しいな。大学2年生になってから一人暮らしなんてよ」

 吉永が不思議そうに俺に聞く。

 なので、俺はありのままのちょっと怒りを込めて答えた。


「親が再婚して連れ子の女の子が年頃でな……。一緒に住むのはだしってことで家を追い出されたんだよ」


「へー、そんな理由だったんだな」


「……ま、それ以外にも大学までが普通に遠かったってのもある」

 などと、俺の話で盛り上がっていたときだ。

 助手席に座る田中さんわざと俺を困らせるようなことを口にする。


「ま~、彼女とイチャイチャする場所ができたんだし、よかったんじゃない?」


「まあ、そうだけどさ」


「いや~、通い妻ってなんか憧れるよね? で、どうなん? 嬉しいの?」

 田中さん、お前は男か。

 頭が思春期な男子寄りな田中さんに、俺は呆れた感じで返答をした。


「恋人のあれこれにずけずけと踏み込む奴は嫌われるぞ?」


「あはははは! いいじゃん、いいじゃん。ね~、夏樹?」


「そうだね」

 雑にあしらう夏樹。

 そう、俺と夏樹は……付き合ってから4年も経っている。

 周りからこんな風に弄られるのには慣れている。


「なんか、夏樹ってずるいよね。そういうクールで動じないとことか」


「別に普通でしょ。弄られて慌てるとか子供じゃあるまいし」


「ぷっ」

 夏樹は澄ました顔で言うので、俺は笑いそうになってしまった。

 だって、今でこそ弄られても動じないが……。

 昔は普通に俺とのことで弄られると、顔を真っ赤にしたり露骨に視線が下を向いたりと、動揺しまくっていたのだから。

 で、俺が笑いそうに気づいた夏樹は俺の腕をつねってくる。

 わかった、わかった。

 お前が昔はあれだったことは言わないから、辞めろって……。


「というかさ、夏樹と湊くんって何がきっかけで仲良くなったの? ほら、あれ。二人ってタイプ全然違うのに……」

 田中さんにそう言われたこともあり、俺は夏樹との出会いを思い出してしまった。


   ※


 放課後の図書室で俺はぼーっとしていた。

 くじ引きであたりを引いてしまい、図書委員となった俺は貸し出しカウンターで本を借りに来る人や返しに来る人を待っているわけだ。

 そんな俺の横にはクラスメイトの――


 皆城夏樹さんがいる。


 彼女も俺と同じく図書委員で、今日の貸し出し当番だ。

 暇なので図書委員による本の貸し出し業務なんて一人で十分なはずだった。

 が、過去に暇だからと言って仕事を放棄した奴のせいで、当番は二人体制となっているらしい。


「なに?」

 俺が皆城さんをちらっと見ていたのがバレてしまう。

 急に話しかけられた俺はしどろもどろで答えた。


「いや、暇なのに二人もいる意味あるのかなって」


「あー、そうだね」

 納得した様子で皆城さんは答えてくれる。

 同じクラスだというのに、あまり話さないのでなんか緊張してしまう。

 だって、俺は冴えない陰キャで皆城さんはおしゃれで活発な陽キャなのだから。


「……」「……」

 再び、図書室は静まり返る。

 俺と皆城さんは何も話さない。

 いや、話す理由が特にこれと言ってないのだからしょうがない。

 早く時間が過ぎて欲しい……。

 自分とは相容れない存在と静かな空間で二人きりは本当に気まずい。


 気まずさに耐えながら、俺がスマホを弄っているときであった。


 皆城さんが今流行りの無線式のイヤホンを耳にした。

 何を聞くんだろう? と思っていた時だ。

 どうも、スマホとのペアリングが上手くいっていなかったようで、イヤホンからではなくスマホのスピーカーから音が流れる。


『Effect』


 皆城さんのスマホから鳴った音は英単語だった。

 ああ、英語の勉強をしているのか。

 随分と勉強熱心なんだなと思っていたら、皆城さんが俺に話しかけてきた。


「ごめん」


「いや、別にいいけど……。熱心なんだな。皆城さんって」


「あー、あれ。将来的に英語を話せるようになりたいから」


「へー、凄いな。まだ高校1年生なのにもう将来のことを考えてるんだな……」

 つい、思ったことを口にしてしまった。

 しまった、陰キャが出過ぎたことを言ってしまったか!?

 冷汗をかきながら、恐る恐る皆城さんの反応を俺は見る。


「別に普通でしょ」

 大したことじゃないかのように言う皆城さん。

 でも、言い終わった後の皆城さんは少し俯いて口元に手を当てている。

 まるで照れているかのような仕草を見せる皆城さん。

 俺が彼女に持っていたイメージは陸上部の期待の新人。

 そして、クールで動じずにおしゃれで顔が可愛くてスタイルがいい完璧な人だ。

 そんな風に思っていたからこそ、照れ隠しのような仕草がとても可愛く見えた。

 気が付けば、俺は皆城さんの方をじっと見つめてしまっていた。


「……なに?」


「え、あ、えっと」

 皆城さんに見惚れていたなんて言えるわけもない。

 俺は数少ない自分の取り柄を用い、皆城さんを見つめていた理由をでっちあげる。


「俺、中学3年生の夏まで海外に住んでて英語は人よりもできる方なわけで……。ほら、あれ、何かわからなかったら教えられるよって言おうかどうか迷ってさ」


「なにそれ。凄いんだけど」


「いや、そうでもない。ほんと、ちょっと話せるくらいだし」


『あなたの名前はなんですか? あと、趣味と特技を教えてください』

 唐突に、皆城さんは俺に英語で話しかけてきた。

 イントネーションこそ、本場のモノと違うがしっかりと勉強をしていると言えるくらいに綺麗な発音だな……。


『私の名前は御手洗みたらいみなとです。趣味は漫画やゲーム、特技は見ての通り英語を少しだけ話せる所です』

 数少ない取り柄を駆使して俺は英語で答えると、本当に喋れるんだと半信半疑だった皆城さんは目を真ん丸にして驚いた。


「……ガチなやつじゃん」


「いや、そうでもないって……。このくらい誰でもできるって」

 などと謙遜していたら、皆城さんは呆れた顔になった。


「そんなに自分を下に見せなくていいから」


「いや、そんなつもりは……」


「あのさ、私との間に勝手に壁を感じてるだろうけど、別にそんなのはないから」

 ハキハキと堂々と皆城さんは告げた。

 皆城さんはクールな見た目で格好いいことを言われた。

 が、しかし、それがより一層と俺との壁を感じさせてくる。

 皆城さんと違って、俺はおしゃれなんてわからないし、空気も読めないし、運動だってできないのだから。

 と内心では思っていても、陰キャは陽キャの言葉には逆らえない。


「皆城さんの言う通り壁なんてないのかもな……。変に身構えちゃってごめん」

 愛想笑いで俺は皆城さんの言葉を肯定した。

 そしたら、俺の言葉通りに皆城さんは『俺と皆城さんの間に壁なんて本当にない』かのように振舞ってくる。


「ねえ、海外でよく使う英語を教えて欲しいんだけど」


「えっと、それは……」

 俺が海外でよく使っていたお礼の言い方を何種類か皆城さんに教えた。

 すると、皆城さんは違う質問をしてくる。

 何度も質問をされるうちに、図書室での時間はあっという間に過ぎていった。

 で、気が付けば当番の時間も終わりを向かえていた。


「もう時間か……、鍵は私が職員室に返しとくから先に帰っていいよ」


「え、あ、今日は俺がやるからいいよ」


「わかった。じゃあ、次は私が返しに行く。じゃあね」

 と言って、皆城さんは図書室から出ていった。

 一人残された図書室を戸締りしながら、俺はぼそっと呟いてしまう。


「陽キャ怖い……。めっちゃ話しかけてくる」

陽キャは隙を見せようものなら、めっちゃ話しかけてくることに俺は恐怖を覚えていた。

 気の合わないタイプの人と話すのは結構苦痛だ。


「……まあ、意外と悪くなかったけどさ」

 苦痛だったが、陽キャが俺の数少ない英語が話せるのを褒めてくれる。

 それは意外と悪くなかった。



 この時の俺はまだ知らない。



 皆城さんと話していく内に仲良くなってしまい、異性として好きな感情を抱いてしまうことを。


   ※


 夏樹との最初はこんな感じだったよなぁ……。

 ゼミ合宿の場所へ車で向かう中、俺は随分と懐かしい記憶を思い出してしまった。

 さてと、田中さんに出会いと仲良くなったきっかけをどのように話したものか……。

 少し黙って返答を考えていたら、夏樹が俺の代わりに口を開いた。


「英語を教えて貰ったのがきっかけかな」

 随分と端折ったな……。

 いや、正直に全部話したら深堀されていくし、ちょうどいい落としどころか。


「へー、湊くんって英語できるんだ」

 意外そうな声音の田中さん。

 ああ、少しだけなと言おうとしたら、何故か得意げに夏樹が答える。


「湊は帰国子女だから凄く話せると思う」


「えー、でも住んでたのは前なんでしょ? もう、忘れちゃったんじゃ……」


「今もできるから。ほら、話して?」

 と言われたので、俺は適当に英語を話した。

 すると、本当に流暢に話せるなんて信じてなかった車内にいる奴らは驚く。


「……すげーな」


「できる彼女にはやっぱりできる彼氏なんだね……」

 周りから素直に褒められて、俺はちょっと背中がムズ痒くなる。

 お前のせいで恥ずかしいだろ……と、俺は夏樹を軽く小突いた。


「別に恥ずかしいことじゃないでしょ」

 自分が小突かれた理由を察している夏樹は、何食わぬ顔で俺に言った。

 くっ、この根っからの陽キャめ……。根が陰キャな奴は褒められるのに慣れてないから、褒められたら変な気分になるんだからな? と抗議をするべく、俺は夏樹を睨んだ。


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