第5話遠慮という壁を乗り越えていく4年目の彼女

 夏休みも始まって10日が経った頃のこと。

 18時くらいを過ぎたころだろうか、夏樹が俺の部屋にやって来た。


「ただいま」


「今日は何の用だ?」


「プレゼント」

 と、夏樹はカバンからおにぎりとパックのお茶を取り出した。


「なんでこんなものを?」


「お昼の残りを貰ってきた」


「あー、なるほどな」

 今日は俺達が通っている大学で高校生に向けた説明会があった気がする。

 夏樹はそれのお手伝いをすると言っていた。

 で、学校側が用意してくれたであろうお昼ご飯のおにぎりとお茶が余ったので、それを貰ってきたのだろう。


「いらなかった?」


「いや、普通に食事代が浮くし助かる」

 食費も馬鹿にならないので助かるな~と思いながら、俺は夏樹のカバンから出てきたおにぎりとお茶を冷蔵庫に仕舞っていると……。

 背後から夏樹が俺に今日のことを話しかけてきた。


「説明会に来てた高校生の制服姿を見てたら懐かしくてさ……。私にもあんな頃あったっけって」


「もう制服を着なくなって1年以上経つもんな……」


「今、着たらキツそ……」

 俺は今の夏樹が制服を着ている姿を想像してしまった。

 ハリつやのある肌はそのままで、顔も別に老けたわけでもない。

 普通に今でも制服姿は全然イケそうな気がする。


「試しに着てみたらどうだ?」


「……絶対に嫌なんだけど?」

 夏樹は少しキレた目つきで俺を見る。

 あー、これって……夏樹が言ったキツそというのはビジュアル面じゃなくてサイズ面の話だったか?


「いや~、今も夏樹は若々しいから制服姿でもおかしくないだろ」

 本当にデブったのかどうかを確かめるために着てみたら? という煽りではないのをしっかりと伝えた。

 すると、夏樹の顔はどんどん穏やかになっていく。

 危ない危ない、増えてきた体重を気にしている夏樹を怒らせてしまう所だった。

 ホッと一息を吐いていると、夏樹は俺に釘を刺してきた。


「頼まれても着ないから」

 実際、俺は夏樹に制服を着て貰いたくなっていたので残念な気持ちになる。

 が、しかし、俺は知っている。

 ツンツンしている夏樹は、ちょっと押せば意外とちょろいことを。

 俺は少し残念な顔をしながら、ちょっとしたお小言を漏らす。


「正直な話、着ても平気なのって後1年くらいなんだろうな……」


「ん?」


「いやさ、まだ大学2年生だけど、大学3年生になったらサイズ面じゃなくて、ビジュアル面の方がだいぶ大人になるわけで……。そうなったら、制服を着るのなんて本当にキッツ……! ってなると思ってな」


「あー、湊は1年でこれだしね」

 夏樹は俺の頬を指でツンツンと触ってきた。

 そう、俺の顔は高校3年生の頃に比べて、明らかに老けてきているのだ。

 夏樹は俺の顔を触りながら続けて言う。


「まだ可愛いうちに湊の制服姿を見たいかも……」

 ふっ、引っ掛かったな馬鹿者め。


「あー、お前も着てくれるなら着てもいいぞ」


「無理。サイズもそうだけど、見た目もたぶんキツい」


「そう言われると俺も着るの恥ずかしくなってくるな……」


「……そっか」

 夏樹は少し残念そうな表情を浮かべる。

 そう、夏樹はここ1年で俺の可愛げが無くなってきているのを知っている。

 俺の髭がドンドン濃くなっているのに気が付き、髭剃り跡と肌荒れが気にならないようにって『化粧水』をプレゼントしてくれるくらいにはな。


「まあ、本当に似合わなくなる前に着てみるか……」


「無理しないでいいんだけど?」


「いやいや、逆に今を逃すのはもったいないだろ。本当にあとちょっとで制服を着たらコスプレ感が凄くなるってわかってるんだしさ」


「まあ……、ね……」

 制服を着るなら今のうち。

 そんなポジティブな考えを表にだし、別に恥ずかしくないどころか、今制服を着ないのはもったいないという雰囲気を前面に押し出していく。

 よし、仕込みはこんなもんで良いだろう。

 ここいらでさっき断られたことを言ってみる。


「とまあ、俺も着るんだ。夏樹も着てみないか?」


「あー、まあ、似合わなくなる前に、似合う服を着て楽しむのもいいかもね……」

 言い方がちょっと回りくどいが制服を着るのは多分OKということだろう。

 うん、俺の彼女ちょろい。

 詐欺師に騙されないか心配になってくるほどにな?


   ※


 夏樹の制服姿を見たいと言った次の日。

 いつもよりも大き目なカバンを持って、夏樹は俺の部屋に遊びに来た。


「大荷物だな」

 なんて能天気に言うと、夏樹は呆れた顔になる。


「湊のせいでしょ」


「ん? って、もしかして……。その中には制服が?」

 制服姿を見たいと言って、見せて貰うというような話をした。

 でも、わりと冗談のようなもので、忘れられてもおかしくがないと思っていた。

 まさか、本当に制服姿を見せてくれるとはびっくりである。


「あー、見たいって冗談だった感じ?」


「いや、普通に見たいぞ。てか、サイズは大丈夫だったのか?」


「少しキツかったけど平気だった」


「そりゃよかった」


「……」「……」

 話が一区切りつき、俺と夏樹は無言で見つめ合ってしまった。

 俺は沈黙の中、恐る恐る夏樹に言う。


「で、いつ着るんだ?」


「着替えてくる」

 どうやら今すぐに着替えてくれるらしい。

 夏樹は俺の前を離れ、お風呂場へと向かった。

 普段は俺の視線なんて気にせず、堂々と俺の前で着替えるというのに。


「なんかドキドキして来たな……」

 久しぶりの夏樹の制服姿。

 高校を卒業した今、着る理由のない服を趣味嗜好を満たすためにまた着る。

 それは背徳的で官能的なのは言うまでもない。


 そして、夏樹が消えて4分くらいが経った。


「……お待たせ」

 そう言って廊下から現れたのは、ブレザーの制服を着た夏樹だ。

 しかも、わざわざ靴下も学校によく穿いて来ていたニーソを穿いていた。

 夏樹の制服姿を最後に見たのは約1年と4カ月前。

 俺は久しぶりに見た夏樹の制服姿に興奮を隠せなかった。


「なんかいい、凄く良いな……」


「……変態」

 変に褒められ恥ずかしくなった夏樹は俺を変態と罵る。

 それがまた、俺の興奮を煽っていく。

 そして、俺は気が付いてしまった。

 この興奮は4年も一緒に居る夏樹だからこそ、得られるものだと。


「前見たときはコスプレじゃなかったのにな……。今はコスプレでしかないわけで……」


「コスプレって言うな。恥ずかしいから!」

 床に座っていた俺を足で蹴ってくる夏樹。


「ちょっ、ガチで蹴るなって」

 割と本気目の蹴りを食らって、俺は口では辞めて欲しそうに言っているが……。

 実際のところ、シチュエーションも相まってか、意外と夏樹に蹴られるのも悪くない気がしていた。

 もしや、俺は変態なのでは? と少しばかり思っていたら……。

 俺以上にヤバい奴がいた。


「ふっ、はぁ、はぁ……」

 少し息を荒げて俺を踏む夏樹は、どこか光悦とした表情を浮かべている。

 そんな彼女は、素っ気なくてクールだろうが常識人。

 Sっ気を見せることこそあれど、俺にSな振る舞いはしないというかしちゃダメなことくらいわかっている。

 が、しかし、俺達は4年も一緒にいる。

 それが意味することは、遠慮などするような間柄ではなくなってきているということである。


「ヘンタイ……。彼女の制服姿で喜ぶとかあり得ないでしょ……」

 4年目にして遠慮という束縛を乗り越えた夏樹は俺の頭を足でぐりぐりと踏む。

 そして、どこか危なげに微笑んだ。

 

 

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