第4話部屋を侵食する4年目の彼女

 夏樹が遊びに来た次の日。

 朝から夜までの長時間なバイトを終えて、俺はヘトヘトな状態で家に帰宅した。

 そして、夏樹が作ってくれたカレーを食べながら適当にテレビを見たり、ネットで調べ事をしたりしているときだ。

 時刻にして23時を過ぎた頃のこと。

 鍵がしまっている玄関をガタガタと強引に開けようとしている音が聞こえてきた。

 いつもなら、不審者か? と疑うが、事前に色々と聞いているので、誰が玄関をガタガタしているのかは容易に想像できる。

 といっても、用心に越したことはないのでドアについている覗き穴から外を見た。

 ――玄関の前に居たのは少し眠そうな目をしていて機嫌?が悪そうな夏樹だ。

 不審者ではないし、俺は鍵を開けてあげる。


「ただいま……」

 玄関を開けるや否や、夏樹はすぐに部屋に入って来た。

 まだ普通に終電があるんだよなぁ……。

 でも、夏樹は見るからに不機嫌そうで何かがあったみたいだし、さすがに帰れとは言えなかった。


   ※

 

 飲み会の後、俺の部屋にやって来た夏樹。

 少し眠そうな感じこそあるものの、そんなに酔ってはいないと思う。

 それよりも、俺が気になっているのは不機嫌そうな顔をしているところだ。


「今日は楽しかったか?」


「あー、まあ……普通?」

 何とも歯切れの悪い返答をする夏樹。

 普通とは言っているが、これは絶対に何か不満なことがあったに違いない。


「シャワー浴びるか?」

 俺がそう聞くと、夏樹は自分の服の胸元をすんすんと軽く嗅いだ。


「……浴びる」

 どうやら匂いが少し気になったようだ。

 俺は後でタオル持っていってやるからと言い、夏樹をお風呂場に押し込んだ。

 で、タオルを用意する前に……

 一緒に呑んでいたであろう夏樹の女友達の田中さんに『夏樹が不機嫌だけど、なんかあった?』とメッセージを送ってみる。

 すると、すぐに返事が返って来た。


『あー、空気読めなくてうざいと有名な先輩に絡まれてた。結構、イラっと来てたっぽいし、慰めてあげなね~』

 とのことらしい。

 で、私も絡まれた~だの、ほんと飲み会に来ないで欲しいなど、田中さんが色々と愚痴ってくる。

 普段温厚な田中さんを愚痴らせるということは、相当にうざかったんだろうなぁと思いながら、俺は不機嫌な理由を教えてくれたお礼のメッセージを送った


『教えてくれてありがとな』


『いいよいいよ。気にしないで~。んじゃ、彼女の介抱頑張れ』

 と、田中さんとのやり取りを終えた。

 さてと、タオルを持っていくって言ったからな……。

 シャワーを浴びている夏樹の元へタオルと着替えを持っていく。


「悪い待ってたか?」

 夏樹はシャワーを浴び終えて浴室から脱衣所に出ていた。


「ううん、今出たとこ」


「なら、良かった。で、聞いたんだが……。うざい先輩に絡まれたんだって?」

 タオルで水滴を拭く夏樹に気さくに話しかけた。

 すると、夏樹はふっと鼻で笑いながら俺に言う。


「まあね」


「まあ、夏樹は可愛いしな」


「あいつ、誰でも狙ってる感じでほんとキモイ……」


「お前がキモイって言うって相当だな」

 俺はよく夏樹にキモイって言われる。

 でも、それは俺が他人じゃないから。

 夏樹は素っ気なくてクールな感じだが、普段の夏樹は他人には礼儀正しいのだ。

 そんな彼女だからこそ、絡んできた先輩が相当になことがわかる。


「はぁ……。嫌われてるって気づかないのが本当に質悪いんだよね……」


「で、今日は何を食べたんだ?」

 とまあ、いつまでも暗い話はおしまいにして明るい方へ話を持っていく。


「あんまり食べれなかった」

 話の雰囲気を明るくしようとした。が、ダメ。

 やっぱり話は暗い方へと戻っていった。

 ……ま、今日は愚痴をたくさん言わせてあげる日にしよう。


「カレー残ってるけど……」


「食べる。あと、冷蔵庫に入ってる酎ハイ貰っていい?」

 この前、友達と宅飲みしたときに残ったお酒を呑んでもいいか? と聞かれた。

 イマイチ楽しめなかったので、ここで仕切り直そうってわけだな。


「んじゃ、用意してくる」

 髪の毛を乾かすためにドライヤーを手に取った夏樹に言った。

 ふぅ、バイトで疲れてるけど、彼女を慰めるのも彼氏の役目。

 飲み会で散々な目に遭ったという夏樹を今日は甘やかしてあげようじゃないか。


   ※


 眩しい太陽の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。

 俺はその光を浴びて目を覚ました。

 そして、横からうめき声が聞こえてきた。


「うぅ……」

 もちろん、うめき声をあげているのは夏樹だ。

 

「……ったく、ヤケ酒なんてするから」

 俺は夏樹の背中を優しく擦ってあげる。

 そう、夏樹はうざい先輩に絡まれたフラストレーションを解消するべく、俺の部屋でヤケ酒をした。

 しかも、飲んだのは9%のストロング系の酎ハイだ。

 そりゃあ、二日酔いで苦しくなって当然と言えよう。


「仕方ないじゃん。うざい先輩に絡まれて機嫌悪かったんだから……」

 

「分かってる。だから、こうして背中をさすってやってんだろ」

 目が覚めて10分くらい夏樹の背中を擦ってあげた後、ベッドから降りコップに水を入れて夏樹に渡した。


「ありがと……」


「二日酔いって何が聞くんだっけ?」


さきが言うにはシジミの味噌汁がいいってさ……」


「酒豪な田中さんが言うなら間違いがないな。で、あるけど飲むか?」


「……うん」


「ちょっと待ってろ」

 電気ポットに水を入れ電源を点けた。

 お湯が沸くまで時間があるし、その間にトイレに行き、流れるように洗面台で顔を洗い、髭を剃って夏樹がプレゼントしてくれた化粧水を馴染ませた。

 さてと、朝の支度も終わったな。

 俺はキッチンに戻り、お椀にシジミの味噌汁の素を入れ、沸いているお湯を注ぐ。

 そして、ベッドで苦しむ夏樹の元へシジミの味噌汁を運んだ。


「ほら、溢すなよ」

 溢すなよと言ったからか、夏樹はだるそうにベッドから降りて、ずずっと音を立ててシジミの味噌汁を啜る。

 ホッとした顔つきで味噌汁を飲んだ夏樹は……俺に文句を言う。


「味薄くない?」


「手間を掛けさせておいて、それはないだろ」


「ごめん。今のはさすがにない」


「……で、味噌汁以外になんか欲しい物はあるか?」


「……歯ブラシ? 昨日、磨くの忘れて気持ち悪い」


「あー、あると思う」

 旅行のときに貰ったアメニティセットに歯ブラシが入っていたはずだ。

 棚の元へ向かい、どこに仕舞ったんだろうかとガサガサと漁る。


「ねえ、みなと


「ん? なんだ?」

 背中を向けたまま夏樹に聞き返す。

 すると、夏樹は俺の一人暮らしを脅かす一言を告げてきた。


「部屋に着替えとか色々置いてもいい?」


「……泊まったときに困らないようにってか?」

 ダメだと言いたい。

 もしも、置いていいよと言って着替えが常備されるようになったら……。

 夏樹が俺の部屋に入り浸る頻度が増えそうな気がする。


「ダメ?」


「あったぞ」

 はぐらかそうと夏樹の言うことを軽く無視し、歯ブラシ本体と小さな歯磨き粉が入った袋を夏樹に渡した。

 

「で、答えは?」


「……1セットまでな」


「なんで1セット?」


「お前、何着も洋服を置いたら家に帰らなくなるだろ……」

 今まで以上に、部屋に入り浸るのはご免である。

 いや、2日連続で泊まられているので今さら感はあるけどな。

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